06_本当の事
ヤバい。
ぐるっと360度、どこを見てもライカがいる。一、二、……多分三十人はいるだろうか。いきなり現れた大量のライカに、あたしは完全に逃げ道を塞がれてしまった。
「ハハハ、俺様の分身魔法だ!!どーだ、すげぇだろ!!」
三十人ものライカ達は、立ち往生したあたしを見下ろし、勝ち誇った表情を浮かべている。
四方からライカが話しかけてくるのも怖い。なにこれホラー?
……いや分身魔法らしいけど。
確かにすごい。すごいけど。
絶対に使いどころを間違えてると思う。
「…………なんか酔う。気持ち悪いからしまってよ、おぇ」
「何だと!?元はといえば、お前が逃げるからじゃねーかッ!!」
「うんそうだね、魔法すごいねー……」
「ああん!!?三十人も分身出せるヤツなんて、王宮の魔法師にもそうそういねーんだからなァ!!!」
大声で文句を言いながら、ライカはスッと手を振って分身を消した。
はあ。良かった。
今、明確にわかった事がある。どんなに好きな相手でも三十人は要らない。
「つうかお前、なんで俺から逃げんだよ!」
「いきなり後ろから声かけられたら誰だって驚くよ……それより、何か用があって来たんでしょ。預かってた石を返してほしいとか?」
「それは……いい。石はお前にやる。そうじゃなくて……」
ライカは何か言いたげに視線を泳がせ、頭をかきむしったかと思えば、いきなり「だーーーーッ!!」と叫んだ。
鼓膜がキーンとして、思わず手で耳を押さえる。
「ちょ、うるさい!ホント何なの突然。あたし、配達帰りで忙しいんだけど!」
「うるせー!今言うから、ちょっと待ってろ!」
「はぁ、仕方ないわね。ちゃんと待つから、先にあたしが言いたい事言ってもいい?」
あたしはすっと息を吸った。
そして、もし会えたら言おうと思っていた言葉をひと息に告げた。
「王女様に見初められたんだってね。玉の輿なんてやるじゃん、おめでとう。末永くお幸せに!」
「は………?」
ライカはなぜか、呆気に取られてポカンとした。それに構わず、あたしは残りの言葉を吐き出した。
「あとあたし、あんたの事が好きだったみたい。その噂聞いて、なんだかショックだった。
でも、王女様と結婚するなら吹っ切れるわ。だって手が届かなすぎるもん。もう会わないと思うけど、元気でやってね」
「す……………」
「えーと、喧嘩ばっかしてたあたしが、好きとか言って気持ち悪かったよね、ゴメン……で、あんたの用って何?」
言えた!
さらっと言えた!!
もはや後悔はない……と清々しい気持ちでいたら、なぜか、ライカが生まれたての小鹿のようにプルプルと震えはじめた。
「今……俺を好き、つった……?」
「え?言ったけど…………」
「イヴァンの求婚は………」
「申し訳ないけど断ったよ。だって好きなのはライカだし……ていうか、そんなに震えるくらい嫌だった……?」
「ちっ……げえよ……!!!」
ライカは否定したが、何だかこっちが心配になるくらい動揺している。大丈夫かな。
じーっと見つめていると、ライカの端正な顔がじわじわと真っ赤に染まった。
「ねえ、熱でもあるの……?」
「ッ、うるっせぇ!俺が言おうと思ってたセリフ、盗ってんじゃねぇよゴラァ……!!」
今度はあたしが動揺する番だった。どういう意味だそれは。
「待ってよ……あんたは王女様に見初められて、婚約とか、結婚するんじゃないの……?」
「するわけねーーッ!!王女に気に入られたのは事実だが、相手はまだ六歳だ!!俺はロリコンじゃねぇぇぇ!!」
六歳……それは知らなかった。
確かに若いなんてもんじゃないけど……絶対に無理な年齢差ではない。
「だ、だけど!十年後には二十五歳と十六歳じゃん!不可能って訳じゃないよね!?」
「俺は同年代がいーんだよ!あと、身分が違いすぎる。どう考えても釣り合わねーよ」
「でも、貴族令嬢と結婚した"深月の聖魔導師"っていう前例があるじゃない!」
「ハッ、後見人の伯爵から聞いたんだが、そいつら、今は別居状態らしいぞ」
なんと。
ライカが言うには、かの有名な逆玉婚は、早々に破綻し、現在はそれぞれ恋人がいて、別居生活を送っているそうだ。
しかし誰もが知るラブストーリーになってしまった手前、彼らの離婚申請は却下され、表向き仮面夫婦を続けているらしい。"深月の聖魔導師"の成功は、魔法師の卵を集める国策に、大きくプラスのイメージを広めることになったからだ。
つまり大人の事情で、事実は隠されていた、と。
世知辛いというか、夢も希望もないというか……
「だから後見人からも、王女は適当にあしらっとけって言われてんだよ」
「そ、そーなんだ。まあ六歳なら、そのうち気が変わりそうだもんね……」
「だろ。だから俺は、王女と結婚なんて絶対しねぇ!……で、話は戻るが」
どちらともなく、ゴクリと喉が鳴った。
「俺が、好きなのは……」
「……………」
「すっすきなのは…………」
「……………」
「す……………」
「…………」
「…………」
「あぁーーーーもうじれったいわね!!いくらなんでもヘタレすぎない、ねえ!!?」
「うっせえな!!俺はヘタレじゃねえ!!!」
「瞬間湯沸かしケトル」ことあたしは、あまりのじれったさについブチ切れてしまった。しかし売り言葉に買い言葉で、ライカはここに来てようやく意を決したようだった。
すーっと息を吸い込んで、誰もいない二人きりの路地裏で、銀髪の少年は叫ぶように言った。
「お前が好きだ!!結婚してくださいゴルァ!!!!」
「ぷはっ」
ムードも何もないプロポーズである。
ゴルァ!も余計だ、と思ったけれど、これがライカの精一杯なんだと思うと笑えるし、許せてしまう。
クスクス笑っていると、ライカは「クソッ、笑うなよ!!」と余計に真っ赤になってふてくされた。
ひとしきり笑ってから、こっちを見ようとしない彼に向き合う。その耳はまだ赤い。
「いーよ、あたしも好き」
「…………」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「…………ああ、約束する」
「ありがとう」
嬉しくてふわふわする。
……だけど、いったん現実に戻らないと。
取りあえず、諸々はのちのち決めるとして。
じゃあ仕事に戻るね、と言いかけた時、ライカがあたしの腕を掴んだ。
そしてあたしを引き寄せて、ぎゅうっと抱き締めると、耳元でもう一度、「好きだ」と呟いた。
◇◇◇
──そうして、あたしとライカは、喧嘩相手から婚約者という関係に変わった。
婚約者ができたとしても、今日も今日とて働かねばならない。
あたし達が十六歳になるのはもう少し先。
それまでは別々に暮らして、それぞれのやるべき事をやるのだ。
ライカは次の春に学院を卒業し、正式に魔法師の資格を得て、王宮の採用試験に挑戦するという。結婚はその結果が出てからになるだろう。
今日はパン屋さんが朝から忙しかった。それがようやく一息ついた頃。
「やあ、ルーナ」
「あ、いらっしゃい!……あのねイヴァン、ちょっと話したい事があって……」
パンを買いに来たイヴァンに、ライカと婚約した事をこそっと報告すると、「やっぱりね、こうなるかなって思ってた」とあっさり返された。
「そ、そーなんだ。あたしはすごくびっくりしたんだけど……」
「はたから見て、お互い好きなのが丸わかりだったからね。すれ違ったままなら僕がルーナをかっさらってやろうと思って、虎視眈々と狙ってたんだよ。ま、婚約は残念だけど仕方ないかな」
イヴァンがニコッと笑いながら肩をすくめる。
そうだったのか……
というかこの幼馴染、本当に食えない性格してたんだなぁ……
「ライカが嫌になったら、いつでも僕の所においでよ。大歓迎だよ」
「それは……」
「…………そんなんぜってえ許さねええぇぇええ!!!」
バン!と勢いよくドアが開いて、店に乱入してきたのは、ちょうど話題に上がっていたライカだった。
まるで毛を逆立てた猫のように、フシャーッと怒りをあらわにした彼は、紫の目を鋭くして、イヴァンにメンチを切っている。
「ハハ、婚約者が来たようだから、邪魔者は退散するよ。あ、結婚式には遠慮せず呼んでね」
カラリと笑って、イヴァンは手をひらひらさせながら帰っていく。
ライカはその後ろ姿を睨みながら、「……マジで油断も隙もねえ」と舌打ちしたのだった。
その日は仕事が終わってから、ライカと晩御飯を食べに行った。
婚約してからは、時々ライカと一緒に出掛けたりする。ご飯を食べに行ったり、広場のベンチで話をしたり、休みの日は買い物に行ったり。そんな健全なお付き合いが続いている。
すっかり寒くなって、モコモコに着ぶくれしたあたしの手を引いてくれるライカは、以前よりずっと優しくなった。
屋台であったかいミルクティーを買って、広場のベンチに座り、とりとめのない話をしていたが、ふと気になった事を尋ねてみた。
「ねえ、いつからあたしを好きだったの?全然わかんなかったよ」
「…………初めて会った時からだよちくしょう」
ライカは顔を赤くして、呻くように告白した。
あたしはパチパチと目を瞬かせる。
「それ本気で言ってる?最初からブスブス言ってたのに?」
「あれは……素直になれなかっただけだ!その、悪かったとは思ってる……すまなかった」
「へえ、本気で反省してるの?」
「……してる」
「じゃ、ブスって言ったのと同じくらいかわいいって言ってくれたら許す」
「ぐっ」
「ほらほら、言ってよ」
「…………てめークソかわいいなゴラァ!!!!」
「アハハ、何それ!」
ホント素直じゃない。あんまりなツンギレに、あたしはお腹を抱えて、涙が出るくらい笑ってしまった。
──それから一年後、ライカは正式に王宮魔法師になって、あたし達は無事結婚した。
ライカを気に入っていた王女様は、今は別のイケメン騎士を追いかけているらしい。ある意味非常にたくましい。
ところで、ライカが普通のテンションで「かわいい」と言ってくれるようになったのは、そこからさらに三年かかった事を付け加えておきたい。
ここまでおつきあいいただき、ありがとうございました!
ライカ視点もその内追加したいです。その内……