表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

06_本当の事

 


 ヤバい。

 ぐるっと360度、どこを見てもライカがいる。一、二、……多分三十人はいるだろうか。いきなり現れた大量のライカに、あたしは完全に逃げ道を塞がれてしまった。


「ハハハ、俺様の分身魔法だ!!どーだ、すげぇだろ!!」


 三十人ものライカ達は、立ち往生したあたしを見下ろし、勝ち誇った表情を浮かべている。

 四方からライカが話しかけてくるのも怖い。なにこれホラー?

 ……いや分身魔法らしいけど。

 確かにすごい。すごいけど。

 絶対に使いどころを間違えてると思う。


「…………なんか酔う。気持ち悪いからしまってよ、おぇ」

「何だと!?元はといえば、お前が逃げるからじゃねーかッ!!」

「うんそうだね、魔法すごいねー……」

「ああん!!?三十人も分身出せるヤツなんて、王宮の魔法師にもそうそういねーんだからなァ!!!」


 大声で文句を言いながら、ライカはスッと手を振って分身を消した。

 はあ。良かった。

 今、明確にわかった事がある。どんなに好きな相手でも三十人は要らない。


「つうかお前、なんで俺から逃げんだよ!」

「いきなり後ろから声かけられたら誰だって驚くよ……それより、何か用があって来たんでしょ。預かってた石を返してほしいとか?」

「それは……いい。石はお前にやる。そうじゃなくて……」


 ライカは何か言いたげに視線を泳がせ、頭をかきむしったかと思えば、いきなり「だーーーーッ!!」と叫んだ。

 鼓膜がキーンとして、思わず手で耳を押さえる。


「ちょ、うるさい!ホント何なの突然。あたし、配達帰りで忙しいんだけど!」

「うるせー!今言うから、ちょっと待ってろ!」

「はぁ、仕方ないわね。ちゃんと待つから、先にあたしが言いたい事言ってもいい?」


 あたしはすっと息を吸った。

 そして、もし会えたら言おうと思っていた言葉をひと息に告げた。


「王女様に見初められたんだってね。玉の輿なんてやるじゃん、おめでとう。末永くお幸せに!」

「は………?」


 ライカはなぜか、呆気に取られてポカンとした。それに構わず、あたしは残りの言葉を吐き出した。


「あとあたし、あんたの事が好きだったみたい。その噂聞いて、なんだかショックだった。

 でも、王女様と結婚するなら吹っ切れるわ。だって手が届かなすぎるもん。もう会わないと思うけど、元気でやってね」

「す……………」

「えーと、喧嘩ばっかしてたあたしが、好きとか言って気持ち悪かったよね、ゴメン……で、あんたの用って何?」


 言えた!

 さらっと言えた!!

 もはや後悔はない……と清々しい気持ちでいたら、なぜか、ライカが生まれたての小鹿のようにプルプルと震えはじめた。


「今……俺を好き、つった……?」

「え?言ったけど…………」

「イヴァンの求婚は………」

「申し訳ないけど断ったよ。だって好きなのはライカだし……ていうか、そんなに震えるくらい嫌だった……?」

「ちっ……げえよ……!!!」


 ライカは否定したが、何だかこっちが心配になるくらい動揺している。大丈夫かな。

 じーっと見つめていると、ライカの端正な顔がじわじわと真っ赤に染まった。


「ねえ、熱でもあるの……?」

「ッ、うるっせぇ!俺が言おうと思ってたセリフ、盗ってんじゃねぇよゴラァ……!!」


 今度はあたしが動揺する番だった。どういう意味だそれは。


「待ってよ……あんたは王女様に見初められて、婚約とか、結婚するんじゃないの……?」

「するわけねーーッ!!王女に気に入られたのは事実だが、相手はまだ六歳だ!!俺はロリコンじゃねぇぇぇ!!」


 六歳……それは知らなかった。

 確かに若いなんてもんじゃないけど……絶対に無理な年齢差ではない。


「だ、だけど!十年後には二十五歳と十六歳じゃん!不可能って訳じゃないよね!?」

「俺は同年代がいーんだよ!あと、身分が違いすぎる。どう考えても釣り合わねーよ」

「でも、貴族令嬢と結婚した"深月の聖魔導師"っていう前例があるじゃない!」

「ハッ、後見人の伯爵から聞いたんだが、そいつら、今は別居状態らしいぞ」


 なんと。 

 ライカが言うには、かの有名な逆玉婚は、早々に破綻し、現在はそれぞれ恋人がいて、別居生活を送っているそうだ。

 しかし誰もが知るラブストーリーになってしまった手前、彼らの離婚申請は却下され、表向き仮面夫婦を続けているらしい。"深月の聖魔導師"の成功は、魔法師の卵を集める国策に、大きくプラスのイメージを広めることになったからだ。


 つまり大人の事情で、事実は隠されていた、と。

 世知辛いというか、夢も希望もないというか……


「だから後見人からも、王女は適当にあしらっとけって言われてんだよ」

「そ、そーなんだ。まあ六歳なら、そのうち気が変わりそうだもんね……」

「だろ。だから俺は、王女と結婚なんて絶対しねぇ!……で、話は戻るが」


 どちらともなく、ゴクリと喉が鳴った。


「俺が、好きなのは……」

「……………」

「すっすきなのは…………」

「……………」

「す……………」

「…………」

「…………」

「あぁーーーーもうじれったいわね!!いくらなんでもヘタレすぎない、ねえ!!?」

「うっせえな!!俺はヘタレじゃねえ!!!」


 「瞬間湯沸かしケトル」ことあたしは、あまりのじれったさについブチ切れてしまった。しかし売り言葉に買い言葉で、ライカはここに来てようやく意を決したようだった。

 すーっと息を吸い込んで、誰もいない二人きりの路地裏で、銀髪の少年は叫ぶように言った。


「お前が好きだ!!結婚してくださいゴルァ!!!!」

「ぷはっ」


 ムードも何もないプロポーズである。

 ゴルァ!も余計だ、と思ったけれど、これがライカの精一杯なんだと思うと笑えるし、許せてしまう。

 クスクス笑っていると、ライカは「クソッ、笑うなよ!!」と余計に真っ赤になってふてくされた。


 ひとしきり笑ってから、こっちを見ようとしない彼に向き合う。その耳はまだ赤い。


「いーよ、あたしも好き」

「…………」

「ずっと一緒にいてくれる?」

「…………ああ、約束する」

「ありがとう」


 嬉しくてふわふわする。

 ……だけど、いったん現実に戻らないと。

 取りあえず、諸々はのちのち決めるとして。

 じゃあ仕事に戻るね、と言いかけた時、ライカがあたしの腕を掴んだ。

 そしてあたしを引き寄せて、ぎゅうっと抱き締めると、耳元でもう一度、「好きだ」と呟いた。



 ◇◇◇



 ──そうして、あたしとライカは、喧嘩相手から婚約者という関係に変わった。


 婚約者ができたとしても、今日も今日とて働かねばならない。

 あたし達が十六歳になるのはもう少し先。

 それまでは別々に暮らして、それぞれのやるべき事をやるのだ。


 ライカは次の春に学院を卒業し、正式に魔法師の資格を得て、王宮の採用試験に挑戦するという。結婚はその結果が出てからになるだろう。


 今日はパン屋さんが朝から忙しかった。それがようやく一息ついた頃。


「やあ、ルーナ」

「あ、いらっしゃい!……あのねイヴァン、ちょっと話したい事があって……」


 パンを買いに来たイヴァンに、ライカと婚約した事をこそっと報告すると、「やっぱりね、こうなるかなって思ってた」とあっさり返された。


「そ、そーなんだ。あたしはすごくびっくりしたんだけど……」

「はたから見て、お互い好きなのが丸わかりだったからね。すれ違ったままなら僕がルーナをかっさらってやろうと思って、虎視眈々と狙ってたんだよ。ま、婚約は残念だけど仕方ないかな」


 イヴァンがニコッと笑いながら肩をすくめる。

 そうだったのか……

 というかこの幼馴染、本当に食えない性格してたんだなぁ……


「ライカが嫌になったら、いつでも僕の所においでよ。大歓迎だよ」

「それは……」

「…………そんなんぜってえ許さねええぇぇええ!!!」


 バン!と勢いよくドアが開いて、店に乱入してきたのは、ちょうど話題に上がっていたライカだった。

 まるで毛を逆立てた猫のように、フシャーッと怒りをあらわにした彼は、紫の目を鋭くして、イヴァンにメンチを切っている。


「ハハ、婚約者が来たようだから、邪魔者は退散するよ。あ、結婚式には遠慮せず呼んでね」


 カラリと笑って、イヴァンは手をひらひらさせながら帰っていく。

 ライカはその後ろ姿を睨みながら、「……マジで油断も隙もねえ」と舌打ちしたのだった。



 その日は仕事が終わってから、ライカと晩御飯を食べに行った。

 婚約してからは、時々ライカと一緒に出掛けたりする。ご飯を食べに行ったり、広場のベンチで話をしたり、休みの日は買い物に行ったり。そんな健全なお付き合いが続いている。


 すっかり寒くなって、モコモコに着ぶくれしたあたしの手を引いてくれるライカは、以前よりずっと優しくなった。

 屋台であったかいミルクティーを買って、広場のベンチに座り、とりとめのない話をしていたが、ふと気になった事を尋ねてみた。


「ねえ、いつからあたしを好きだったの?全然わかんなかったよ」

「…………初めて会った時からだよちくしょう」


 ライカは顔を赤くして、呻くように告白した。

 あたしはパチパチと目を瞬かせる。


「それ本気で言ってる?最初からブスブス言ってたのに?」

「あれは……素直になれなかっただけだ!その、悪かったとは思ってる……すまなかった」

「へえ、本気で反省してるの?」

「……してる」

「じゃ、ブスって言ったのと同じくらいかわいいって言ってくれたら許す」

「ぐっ」

「ほらほら、言ってよ」

「…………てめークソかわいいなゴラァ!!!!」

「アハハ、何それ!」


 ホント素直じゃない。あんまりなツンギレに、あたしはお腹を抱えて、涙が出るくらい笑ってしまった。



 ──それから一年後、ライカは正式に王宮魔法師になって、あたし達は無事結婚した。

 ライカを気に入っていた王女様は、今は別のイケメン騎士を追いかけているらしい。ある意味非常にたくましい。


 ところで、ライカが普通のテンションで「かわいい」と言ってくれるようになったのは、そこからさらに三年かかった事を付け加えておきたい。


ここまでおつきあいいただき、ありがとうございました!

ライカ視点もその内追加したいです。その内……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ