たからもの
一人の老婦人が夫の葬儀を終え、子どもたちと話をしている。
「お父さんがいなくなって寂しいだろうけど、お母さんはまだまだ元気だから長生きしてね」
「もうそんなに長くはないと思うけれど、最後まで元気でいたいわ」
子どもたちが帰った後、老婦人は古いタンスの引出しの奥から手紙を取り出した。
「あなたがくれたラブレターよ。覚えている?」
そうつぶやいた老婦人は、茶色に変色し破れかけている手紙を手に取り笑顔で読み始めた。
これまで何度も何度も数えきれないくらい読み返したものだ。幸せな時には読まないものだったが、苦しい時にはこれを読むと元気になれると感じていた。
「我が家のもっとも大切な宝物……」
老婦人は手紙をそっと引出しにしまった。
三年後。
「母さんも幸せな人生だったと思うよ。父さんが亡くなってからは少し元気がなかった気がするけれど、大きな病気もせず、眠るように亡くなったのだから」
棺に入った老婦人の遺体を前に、子どもたちは静かに話し合っている。
「母さんがいつも使っていたこの櫛を棺にいれよう」
「母さんはいつもおしゃれだったから、それが良いね」
「この家にはたくさんの思い出があるけれど、僕たちはそれぞれ住む家があるから、売ることにしました」
両親が住んでいた家で、子どもたちは不動産会社の担当者に話をしている。
「大切な財産ですから、できるだけ良い条件で売れるように頑張ります。ただ、家が残っていると条件があまり良くないので、更地にしていただいた方が良いと思います」
「そのつもりです」
「今日はみんなで家の中を回って貴重なものや思い出のあるものを探そう」
子どもたちは、両親の家に残された家財の中から目ぼしいものを選んで居間に集めた。
「これですべてかな」
子どもたちは、半日かけて集めたものを分けてそれぞれの家に持ち帰った。
一週間後。
ブルドーザーとショベルカーが、轟音を立てながら残された家財ごと古家を取り壊している。
瓦礫の山となった家と家財は、ダンプカーに積まれて廃材処理場に運ばれていく。
古いタンスを荷台に積んだダンプカーが高速道路を走っていると、引出しが外れ古い手紙が風に飛ばされ高く舞い上がり、近くの海岸の砂浜に舞い降りた。
その砂浜では何組かのカップルが手をつないだり話をしたりしながら歩いているが、潮風に吹かれて揺れている手紙に気づいている者はいない。
ほどなく、打ち寄せた波にさらわれた手紙は海面を漂いながら静かに沖に流れていき、やがて見えなくなった。
八十年ほど前のこの砂浜で一人の男が思いを寄せる女性に緊張で震える手で手紙を渡したということは、その二人以外誰も知る由はなかった。




