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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第三章

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76 ラファエルの賭け

『スープの森』は、2023/5/2 にPASH!ブックスさまから発売です。

とても美しいカバーイラストをツイッター、活動報告にて公開中です。ぜひご覧ください。



 いよいよ明日はラファエルが『スープの森』を旅立つという日の夜。

 店での演奏を終え、ラファエルが客の皆にお別れの挨拶をした。


「一人で旅を続けてきた私ですが、この『スープの森』で、身も心も温かい冬を過ごせました。春が来たので、私はまた旅に出ます。今まで聴いてくださってありがとうございました」

「ありがとう。楽しかったよ」

「いつかまたコンサーティーナを聴けるといいな」

「元気でな」


 店の客たちはコンサーティーナの演奏を惜しみつつも、笑顔でラファエルと別れの挨拶を交わした。

 店を閉めた後、四人で最後の夕食を済ませ、ラファエルはヤギ小屋へ、ララはヤギ小屋のロフトへと戻った。

 今、オリビアとアーサーは二人きりでお茶を飲みながら話をしている。


「ラファエルさんがいなくなると、寂しくなるな」

「ええ。でも、ラファエルさんは旅をしたいのでしょうね。仕方ないわ」


 アオカケスのことが気になりつつ、オリビアは静かに微笑んで、「さあ、そろそろ寝ましょうか」と立ち上がった。そこで気ぜわしいノックの音がして、裏口のドアが開き、ラファエルが顔を出した。


「オリビアさん、ペペの様子がおかしい。お産が始まったんじゃないかな」


 オリビアが無言で母屋を飛び出した。アーサーとラファエルが後に続く。離れの一階で、ペペは鳴いていた。落ち着かなげにうろうろと歩き回り、ときどき苦し気に「メエ!」と鳴く。オリビアには『イタイ イタイ』と聞こえる。


「お産だわ。ぼろ布をたくさんと、万が一のために血止め草。ええと、ヤギのお産でもお湯を沸かすべき?」


 そうつぶやいて母屋に行こうとするオリビアを、アーサーが押しとどめた。


「俺が全部そろえるから、君はペペのそばにいてやってくれ」

「わかった。ありがとう」


 ララがはしご階段を下りてきた。気がつけばアオカケスのリディアナも、ロープの上からペペの様子を見ている。


「オリビアさん、お産ですか?」

「ええ。ついにお産が始まったみたいよ」

「私も手伝います」

「ビリーさんの話では、見守っているだけでいい……はずなんだけど。緊張するわね」


 ピートはペペの近くをうろうろしながら『ペペ イタイ ペペ イタイ』と自分の妻を心配し続けている。ペペはそのうち『イタイ』とも言わなくなり、無言のまま力み始めた。

 見ている全員が思わず息を止めてしまうほど、ペペは苦しそうだ。


 力み始めてニ十分ぐらいしたところで子ヤギがするりと滑るように敷き藁の上に落ちた。すぐに「ミイィィ」と子ヤギの鳴き声が響く。


「ああ、よかった……」


 オリビアは安堵のあまりに床にしゃがみ込んだ。

 ビリーから『ヤギは安産』と聞いてはいても、お産に絶対はない。オリビアは最悪の事態のときにペペの声を聞いてしまうことを恐れていた。

(死にゆくときのペペの心の声を聞いたりしたら、私の心が耐えられないかも)と。


「オリビアさん、ペペは頑張りましたね。初めてのお産で、よく頑張りましたよね」


 ララは子ヤギを見ながら話しかけたのだが、返事がない。どうしたのかと振り返ると、オリビアはしゃがみ込んだ姿勢のまま脱力していた。


「オリビアさん?」

「大丈夫。私、ずっとペペのお産を不安に思っていたのよ」

「そうだったんですね。お疲れさまでしたね、オリビアさん」

「安心したら力が抜けちゃったわ」


 ペペは我が子を舐めてきれいにしている。オリビアとララがぼろ布で子ヤギの全身を拭き清めた。

 子ヤギは立ち上がるのに苦労していたが、ついには立ち上がってペペのお乳を飲んだ。


「ピュイッ!」


 子ヤギがお乳を飲んだ瞬間に、頭上からアオカケスの鳴き声がして、ララが驚いた。


「こんな遅い時間なのに、あの鳥、起きていたんですね」

「きっとアオカケスも感動したのよ」

「子ヤギはもう大丈夫そうだな。俺たちがみんなで眺めていたら、ペペも眠れないだろう。さあ、引き揚げようか」

「ええ。ラファエルさん、明日は旅立ちだというのに、遅くまで付き合わせてしまいましたね。おやすみなさい」

「新しい命の誕生に出会えて幸運でしたよ。ではおやすみなさい」


 オリビアはアーサーが用意してくれた温かい石をラファエルの藁ベッドにもヤギの寝床にも置いてから離れを出た。離れを出るときにアオカケスに目を向けたが、アオカケスはロープに止まったまま目を閉じている。


     ※……※……※


 翌朝、朝食を終えたラファエルがリュックひとつを手に、皆に挨拶をした。


「本当にお世話になりました。いつ命が果てても本望だ、そのときは妻のところに行けると思いながら旅をしてきました。でもここで皆さんに出会えてよかったですよ。あの子にも出会えましたしね」


 そう言うラファエルの視線の先には、薪小屋の上のアオカケス。


「笑われるのを承知で言いますとね、私はこの子が妻のリディの生まれ変わりのように思えて仕方がないのです。そんなわけはないと思いながらも、繰り返し『もしやこのアオカケスは』と思うのですよ。寂しがり屋の老人を笑ってやってください」


 朗らかに笑うラファエルに何も言えず、オリビアはただ微笑んだ。ラファエルが言葉を続ける。


「実は私、自分に賭けをしたのです。この子が私の旅について来てくれたら、あの子をリディの生まれ変わりだと信じることにしました。リディが私に会うために姿を変えて来てくれた、とね。ふふふ。いつまでも妻を忘れられない男の、愚かな賭けです。さあ、では出発いたします。長いことお世話になりました」


 ラファエルは見送りの三人と固い握手を交わし、アオカケスに手を振り、歩き出した。アオカケスは飛び立たない。オリビアとアーサーがアオカケスを見る。

 するとアオカケスは庭のイチイの木に飛び移ってさえずり始めた。オリビアには、はっきりと人間の言葉が聞き取れる。


『せっかくあなたが私のことを秘密にしてくれたのにね。ラファエルについて行ったら、生まれ変わった私だと思われちゃうのね。短い寿命が尽きるところ、見せたくなかったのに。ラファエルをまた悲しませたくなかったのに。お馬鹿さんなラファエル……鳥の姿をした私を、また看取ることになるのに』


 そこまで言ってから、アオカケスは飛びたった。去っていくラファエルのところまで飛び、ラファエルの肩に止まった。そしてオリビアたちに向かって美しく澄んだ声で三度鳴いた。


『ありがとう! ありがとう! さようなら!』


 ラファエルが肩のアオカケスに顔を向け、アオカケスはラファエルの顔を覗き込んでいる。オリビアには仲睦まじい夫婦が寄り添って歩いてるように見える。


「行っちゃいましたね。アオカケス、どこまでついて行くつもりですかね、オリビアさ……えっ?」


 オリビアが両手で顔を覆って泣いている。アーサーがそっとオリビアの肩に手を回した。


「オリビアは別れが寂しいだけだ。大丈夫だよ、ララ」

「オリビアさん、私がいます。元気を出してください」


 オリビアは何度もうなずきながら、それでもまだ泣いている。

 リディアナとラファエルの夫婦の愛の深さに胸がいっぱいで、涙が次々にあふれてくる。アーサーがなかなか泣き止まないオリビアを店の中に連れて行き、お茶の用意を始めた。


「アーサーさん、私がやりますよ」

「いや、いいんだ。今は俺に淹れさせてくれ」


 そう言ってアーサーはさくらんぼのお茶をオリビアのために用意した。


「オリビア、お茶を淹れたよ」

「ありがとう」


 泣きながらオリビアがお茶のカップを手に取った。

 

「アーサー、私は……森の大きな木のように、ずっとここでスープを作り続けるわ。そうしていたら、森の動物たちが木陰で休むように、ラファエルさんもいつの日かこの店に立ち寄ってくれるような気がするの」

「うん。そうだな」

「もしそのとき、あのアオカケスがいなかったら、ラファエルさんと一緒にアオカケスの思い出話をしたいの」

「うん、そうしよう」


 オリビアは一度手に取ったカップをテーブルに戻し、また顔を覆って泣いた。アーサーは優しい表情で、そんなオリビアの背中をさすっている。

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書籍『スープの森1・2巻』
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