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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章

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38 長生きな鳥

 その女性客は四十代後半。

 ちらほら白髪が交じる黒髪は、肩の辺りで切り揃えてあり、目は濃い茶色。


 日替わりのスープとパンを一枚、セットのおかず、お茶を頼んで完食したが、落ち着かない様子だ。店内をキョロキョロと見回してはいるが、オリビアに話しかけてくるわけでもない。

 近隣の農家の人ではないのは確かで、別荘の人のような身なりとも違う。雰囲気や服装からすると、「裕福なお屋敷で働くベテランの使用人が休日にお出かけ」という感じだ。


 オリビアは意識してその女性の心を読まないように気をつけていたが、ついさっき、彼女の心が流れ込んできた。

『あの女性がいない。もしかしたら亡くなったのかも。どうしよう』


 その心の声を聞いたオリビアは(もしかしたら祖母に会いに来たのでは)と思った。

 しかし本人から何も言われていないのに「祖母は亡くなりました」と言うのもおかしな話だ。

 どうしたものかと迷っていたら、女性は帰る準備をしながらオリビアを見た。

 その視線があまりに切羽詰まっていたので、オリビアは意を決して女性に近寄った。幸い他の客は全員帰って誰もいない。


「本日のスープはいかがでしたか」

「は、はい。とっても美味しいです。家庭料理の形を取りながらも、本職の料理人にも負けない美味しさでした」

「ありがとうございます。私の料理は全部、祖母から教わったんですよ。祖母は料理がとても上手な人でした」

「失礼ですが、そのおばあ様は?」

「祖母は五年前に亡くなりました」

「ああ、そうでしたか……」

「祖母をご存じなのですね?」

「ええ、はい。あの、お仕事中なのに申し訳ありませんが、少々あなたにお尋ねしたいことがございます」

「はい、なんなりと」


 女性は「リナ」と自己紹介した。とある身分の高い方にお仕えしているという。


「このお店にはずっと以前、十年ほど前でしょうか、先代のあるじと一緒に何度か来たことがございます」

「まあ、そうでしたか」

「当時の主は亡くなりまして、今はその方のご子息にお仕えしているのです。それで、わたくしの現在の主は今、心配事を抱えていまして」

「はい……」

「主はオウムのことで悩んでいらっしゃいます」

「オウム……とは?」

「南国の鳥です。先代のご当主様が商人から買い求め、亡くなる直前まで大切に世話をしていたのです。そのオウムの元気がなく、今の主が悩んでおります」

「リナさん、いろいろ質問がございます」

「なんでしょう」

「そもそも野の鳥は、そんなに長くは生きられないと思うのですが」

「いえ、商人の話では四十年から五十年は生きるそうです。つまり、人間と同じくらい生きるのだそうで。そのオウムはまだ十二歳ですから、人間でいえば子供です。なのに元気がないのです」


 野の鳥が五十年も生きるとは信じがたいが、それを信じるとして……。


「なぜオウムのことで祖母に相談しようと思ったのですか? 薬草をご要望でしたか?」

「いいえ。実はこちらのお店でお話が弾んだ際に、先代の当主がオウムのことをおばあ様に自慢なさったのです。そして自慢した後で『何十年も生きる鳥だから、自分が神の庭に旅立ったら息子がそのオウムを引き継ぐことになる。息子は真面目で優しい子だから、オウムが病気にでもなったら気に病むに違いない。あまりにオウムが長生きだから、逆にそれが心配だ』と」

「なるほど」

「そうしましたら、あなたのおばあさまが『そのオウムのことで何か困ったことがあったら、お力になれるかもしれませんよ』とおっしゃったのを、わたくし思い出しましたの」


(なるほど。祖母は私がスズメやムクドリやオオルリに話しかけている姿を見ていたから。力になれるかもというのはきっと、私のことだわね)


「力になれるとは、多分私のことだと思います。ただ私はオウムを見たことがありませんので、どこまでお役に立てるのかはわかりません。でも、祖母がそう言っていたのなら知らん顔はできませんわ」

「まあ! では診てもらえるのでしょうか」

「はい。それで、オウムは今どこに?」

「王都です」

「王都ですか……」


 オリビアが考え込んだのを見て、リナが急に元気をなくした。


「ご商売をなさっていたら、このお店を閉めて王都まで行くのは無理でしょうね?」

「実は最近結婚しまして、結婚休暇で休んだばかりなんです。困りましたね。具合の悪い鳥を連れて移動するのはご心配でしょうし」


 その場ではいい考えが浮かばず、リナは「もし診てもらえるようならここに連絡をしてほしい」と、宿泊先を紙に書いて帰って行った。

 メモを見ると、今夜はマーローのホテルに泊まるらしい。


 ※・・・※・・・※


「そんなことがあったのか。それで、オリビアはどうしたいの?」

「私はまたお店を休むのはちょっと気が重いかな。でも、オウムという鳥のことも気になるの。祖母が私を当てにしてその人に『力になれる』って言ったのだろうから、祖母の期待にも応えたいし」

「オウムねえ。そんなに長生きする鳥なら、ちょっとの移動で死んだりはしないような気がするが。鳥は具合が悪くなるとあっという間だからなあ」

「そうなのよ。オウムって、どのくらいの大きさかしらね。大きければ大きいほど体力はあるだろうけど」

「俺は全くわからないなぁ」

「そうよねえ」

「ねえ、オリビア。互いに中間地点まで出向くってのは? 王都とマーレイ領は馬車で三日の距離だ。真ん中って言うと、ダンカスターになるか。そこで落ち合って診察したら?その女性が明日ここを出て王都に着くまで三日。折り返しでダンカスターに来てもらうと、ほら、ちょうど『スープの森』の定休日の前日に、ダンカスターに着くよ」


 壁のカレンダーを見て、オリビアの顔も明るくなる。


「そうね。定休日の前夜にオウムを診せてもらって、翌日も一緒にいられれば、だいぶ事情もわかるはずだわ。アーサー、あなたのアニーをちょっと借りていいかしら」

「まさかこれから一人でその女性のホテルまで行くつもりかい?」

「だめかしら」

「だめだよ。俺も一緒に行く。二人でアニーに乗ればいい」

「あっ、そういうことね」


 アーサーはなぜかニコニコしながらアニーに鞍を乗せ、オリビアに手を貸して乗せた。


「どうしてそんなにご機嫌なの? 仕事から帰ったばかりで疲れてるでしょうに」

「うん? いつか君と二人でアニーに乗りたいなと思っていたからさ」


 オリビアはアーサーの前に座っていたので(よかった。緩んだ顔を見られずに済むわ)と安心した。

(私今、すごくデレデレした顔をしているに違いないもの)

 

 そこでハッ! となった。

(今の聞かれた?)


 慌てて後ろを振り返ると、アーサーが斜め上を見ている。そして笑いを必死に堪えていた。


「聞こえたのね」

「いいや、君がデレデレしてるなんて、全然知らなかったけど?」

「もう! 意地悪ね!」


 二人でデレデレしながら乗っていると、突如アニーの心の声が流れ込んできた。

『このツガイ いっぱい仲良し いいこと いいこと』


「もう、この能力は便利なような不便なような」

「どうかした?」

「アニーが私たちが仲良しなのはいいことだって言ったの。なんだかもう、恥ずかしい」


 デレデレした人間と、それを微笑ましく見ている馬は、マーローの街へと向かった。

 ホテルを訪れたオリビアたちを見て、リナは驚いていたが、

「ダンカスターの街で待ち合わせ、願ってもないことでございます。我が主にもそのように伝えます。どうかよろしくお願いします」

と喜んでくれた。


 ダンカスターの一番大きなホテルを集合場所に決めて、オリビアとアーサーはリナと別れた。


「オリビア、よかったら帰る前に一杯付き合ってくれるかい?」

「ええ、喜んで。楽しみだわ。私、滅多に自分以外の人が作った料理を食べないから。なにか軽いものも食べていいかしら」

「好きなだけ注文するといい。金ならある!」


 わざとおどけてそんなことを言うアーサーに笑ってしまう。

 オリビアはアーサーが勧める店に入った。

 楽しい時間が待っていると思うと、店に入る前から笑顔になった。


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書籍『スープの森1・2巻』
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