80 再会
「本当にここから出られるのか!?」
「ああ」
走りながらうなずく。クリフォード達はガウェインの人々を逃がした後、善は急げと彼らを迎えに来た。
ガウェインの人々は剣を持っていたり魔法を使えたりと戦闘に慣れている人が混ざっていたが、こちら側の人は誰も戦闘に長けた人がいなさそうなのだ。逃がすなら早い方がいいと判断した。
「俺が出てきたのは、この辺りなんだ」
指差した先に人影が見える。
「平三!?」
平三が見えない壁に挟まっていた。
「迎えに来てくれたのか?」
「いや、ただちょっと様子見に来ただけなんす。帰ろうとしたらつっかえちゃって……」
「待ってろよ。今、穴開けるからな」
地面に置いていた千佐の矢を拾う。
「あー、それ姫さんが誓ひに使ったやつです」
「誓ひって何?」
「わかんないっす」
「わかんないかー」
じゃあ、しょうがないと苦笑する。
「誓ひとは願掛けの一種です。神に誓いを立てて、物事の成否や吉凶を占うんです」
「へえ」
教えてくれたのはあの気遣いのできる男である。
「姫さん、矢を岩壁に放って通ったら旦那が帰ってこられるってやってましたよ」
「そうか」
帰還を願って無茶を押し通す辺りが千佐らしいと思える。
「よし! 帰ろう!」
「こんなわかりやすい目印があるんなら、目を凝らす必要もないぜー」
レオはすぐに銃を構える。
「平三、ちょっと暑いかもしれないけど我慢しろよ」
「え?何するんですか?」
クリフォードは刀に火を纏わせると、それで平三のすぐそば辺りを切りつけ出した。
「待って何これ、怖い!」
レオも平三の体のすぐ側に銃口を当てると撃ち込んでいく。
「何これ! 何!?」
わあわあと騒ぐ平三をそのままに、攻撃を繰り返す。
「よーし! 開いた!」
「うわあああぁぁぁ……」
遠ざかる悲鳴と共に平三の姿が消えた。
皆が脱出する中、クリフォードはレオに向き直る。
「レオ、色々と本当にありがとう」
「いいってことよ」
レオはさっぱりと受け答える。
「俺はまだまだあれを狩り続ける。あんたとは、また会うこともあるだろうな」
「ああ。いずれまた会おう」
クリフォードとレオは再会を約束する。手を振り合って、さあ自分も帰ろうと振り返ると、小鈴がまだいた。
「え? どうしたの? 急がないと、また閉じるよ」
「あの、あの、私」
「ごめん。話してる暇はないみたいだから、後にしよう」
クリフォードは小鈴の腕をとると、さっと穴へと入っていった。
視界が開けると、千佐の姿が真っ先に目に飛び込んでくる。
「千佐!」
知らず、大声で名を呼ぶ。
「クリフ様」
千佐はか細い涙声で名を呼び返すと、クリフォードに駆け寄る。クリフォードも駆け寄り、勢いのまま千佐を抱き込んだ。
「千佐、千佐」
「はい。クリフ様」
名を何度も呼びながら、千佐の存在を確かめる。きつく抱き締めながら、顔を覗き込むと潤んだ瞳と視線がかち合う。
「ああ、千佐だ……千佐」
「はい」
別れていたのはほんの数時間だろう。それなのに、こんなにも再会を喜んでしまっている。
頬を撫でて、その滑らかさを味わい慈しむ。千佐がその手に自身の手を重ねる。微笑むその表情がいつもより大人びて見え、一層美しく見えた。誘われるように、顔を近づけーー
「良かったなああぁ~~~~!」
野太い男の泣き声にはっと我に帰る。
「邪魔してんじゃねえよ!」
気遣いの男がとっさに諌める。
感涙に咽ぶのは、あの不安定な男だ。異常事態に精神が脆くなってしまったのかと思っていたが、元々感情の振り幅が大きいようだ。
見回せば、人が多い。周囲の状況も気にせずに口づけをするところだった。
あの世界から逃がしてきた人と、清六に平三、それともう一人。はっきりとは思い出せないが、どこかで見覚えがある顔だ。目が合うと、笑って会釈を返された。
「私は、清六の姉よしの夫です」
「ああ! いつもお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ」
見たことがあるのは、早川領でのことだ。早川の郎党の一人である。いつも、情報を集めて旅を手助けしてくれている内の一人だ。彼らは旅の最中は姿を見せてくれないので、礼を言う機会が今までまったくなかったのだ。
やっと礼を伝えることができてひと安心していると、横から袖を引っ張られた。見れば、小鈴が真剣な顔をしている。そう言えば、何かを言おうとしていたな、と思い出す。
「私、助けていただいたお礼になんでもします。お世話させてください!」
「え?」
お世話したいと言われても特に求めていないので、困ってしまう。どうしたものか、と思っていると千佐が間に割って入った。
「この方の巫女は私です! あなたがお世話をする必要はありません!」
千佐はきつい口調で言い切る。その勢いに圧倒されてクリフォードと小鈴は黙った。クリフォードは内心、嫉妬してくれたことにじんわりと嬉しくなってしまう。
実際にお世話してるのは私なんですけどねえ、と清六は思っていたが、黙っていた。言わぬが花である。
さて、この後はどうするかという話だ。
「俺たちはこの辺で路銀を稼いでから、帰らしてもらう」
「そのぐらいの都合くらいつけられるが……」
「そこまで世話にはなれねえよ」
この地が淡河と知って、自分達の居住地からそこまで離れているわけではないと知った彼らは、自力で帰る方法を算段つける。
「お嬢ちゃんは送ってもらいな」
「女の身じゃ稼ぐのも一苦労だろう」
囚われていた内の紅一点である小鈴については、面倒を見てくれと頼んでくる。
「お嬢さんの家はどの辺りだい?」
「明石……」
それを聞いた清六の義兄はうなずく。
「清六、お前達の旅に加えてついでに送ってあげなさい」
「え……」
言われた清六は難色を示した。
「明石は遠いのか?」
「いえ、同じ播磨ですからそう遠くはありません」
「がんばって歩いて一日で着くくらいですかね……」
「おなごとともに行く旅ですから、余裕を見て二日といったところですね」
そうなのかとクリフォードはうなずくが、清六は明らかに落ち込んでいる。
「襲われた彼らの住んでた場所は通った方がいいだろう。山を越えて行くと明石や須磨を取りこぼすぞ」
「ええ、はい……それはわかってる……」
普段取り乱したりしない清六が珍しくわかりやすいほどに萎れている。
「有馬に行きたかった……!」
「お前はいつでも行けるだろう」
温泉地有馬を目前にして、方向転換を余儀なくされた。




