71 密談がいつでもできるわけではない
「摂津を抜けて大坂に行って京へ行くって話になってるんだ」
「ええ、そんなとこまで行くの……?」
ずいぶん広範囲に移動するんだなと驚く。京に行くのはなんとなく理解できたが、大坂に行く必要があるのかは疑問だ。
「こっちの状況、見えてるか?」
背後ではクリフォードを呼ぶ声が怒号のごとく飛び交い混乱の真っ最中である。横を見れば、ナルミスが声もなく泣いていた。背後の様子を目で見て確認する。
カージスの隊長は男泣きに泣いていたし、裏のありそうなマシュウの隊長ですら目元が光っている。ご無事で良かった! と誰かが叫ぶ。
「うわ、うるせー」
小さいぼやきが聞こえてきた。彼らに聞こえてないことを願う。
「何を騒いでるんだ! 迷惑だ!」
魔導師が苦情を言いに飛び込んできた。
「クリフォード王子!?」
彼も鏡に映るクリフォードの姿を見ると、くわっと目を開く。側に駆け寄ると滂沱のごとく涙を流し出す。
「すいません、先程こちらに文句を言いに一人来ませんでしたか」
飛び込んできた魔導師を連れ戻しにもう一人魔導師がやって来る。
「クリフォード王子!?」
彼は鏡のクリフォードを見るや否や、そのまま出ていってしまった。
いよいよ、収拾がつかなくなりそうだ。
いつだったか、ナルミスがクリフォードが戻りさえすればなどと言っていた。それはまさしく真実だった。この慕われっぷりはいっそ異様に感じるほどだ。これだけ人望のある人間を廃嫡すると発表すれば反発は必至である。
「千佐、兄上だよ」
クリフォードが横に鏡を動かした。千佐の姿が見える。映し出された千佐は、はらはらと涙を落としていた。
静かに泣く千佐は可憐で愛くるしい。濡れる瞳が漆黒の宝玉のようで、頬を滑る涙が玻璃のように輝き、千佐を飾る。
「美しい……!」
「なんと愛らしい」
その千佐の姿に兵士達は心を射抜かれてしまった。
「我が息子の嫁に!」
「あげません」
カージスの隊長の叫びに早川は即座に否定する。顔こそ笑顔だが、目は笑っていない。隠せていない怒りの気配に早川の隣にいる若い兵士は内心ですくんでいる。
「心兄……」
久しぶりの呼び名に、早川ははっと胸を衝かれた。
「千佐」
「心兄のアホ! ボケ! カス!」
千佐は泣きながら口汚く早川を罵る。俺の妹は口が悪いなと思い、苦笑がこぼれる。その表情を横目で見ていた兵士はその目が意外なほどに優しいことに驚く。
「……無事で良かった。心配した……」
千佐はとうとうぐすぐすと子供のように派手に泣き出した。今すぐ側に寄って慰めたい、ほぼ全員が自然とそう思っていた。
「クリフ様……!」
千佐がクリフォードの胸に飛び込んだ。それを受け止めてクリフォードはなだめる。
ほぼ全員が、失意の底に沈んだ。早川も心の内であっと叫んだ。
「じゃあ、日が暮れる前に行っときたいとこあるから、これで」
「いや、ちょ、待っ」
対話が一方的に終わってしまった。
「クリフォード王子の無事が確認されたぞー!」
うおおおおお! と鬨の声が上がる。立ち上がって盛り上がる兵士達の中で一人、早川は椅子に座ったままどうしたものかと考えていた。
「あの女性は聖女様では?」
「そうだ! あの女性はあのとき召喚の儀に現れた方と同一人物」
「では、王子は今聖女様と共にあるのか!」
千佐の正体に気づいた人々が次々と声を上げる。そこで、彼らは早川の方を改めて見る。
「あの、勇者殿……色々聞きたいことはあるのだが……その、ナルミス殿が」
早川の隣の若い隊長が恐る恐る告げてくる。言われて横を見れば、憤怒の表情のナルミスが早川をじっと見ていた。
誤字報告めちゃくちゃ助かります。
ありがとうございます。




