58 お人好しの群れ
エレノアの私室の浄化は無事に終えた。経をあげ終えた早川は、ふうと息を吐く。
経は早川の脳裏に染み付いているとは言え、あげるのは久しぶりだった。なので、つかえることなく経をあげられたことに、早川は得心していた。
「終わりました」
「……ありがとう」
声をかけると、オスカーは放心していたように虚ろな声で答える。そこで周囲の様子を目にした早川は、あれっと面食らう。
アンダーソン家の使用人達が一様に涙を流している。そこに混じってカージスも泣いている。あれほど警戒していたオスカーの護衛をしていた男も同じように泣いていた。
これに似た光景に覚えがあった。感受性の強すぎる女性が、経をあげ終えた後に、こんな風に酩酊したように感極まって泣いてしまうのだ。
香を焚いたことによって、通常と違う空気になったところへ朗々とした声であげられる経に感情が揺さぶられるものらしい。
早川にとっては耳慣れたものでも、彼らにとっては異国の言葉、不思議な呪文や音楽のように聞こえただろう。そこに加えて、ここにはエレノアへの思い入れが強い人間で固まっている。一人が泣き出すとそれにつられて周囲も泣き出し、互いに影響を与え合った。
その結果、通常よりも没入するように状況に飲まれてしまい、過剰に感動してしまっているのだ。カージスが泣いてるのは知らない。
これは、少し不味いことになったな、と早川は思う。
「お前、浄化の力持ってたんだな!?」
「良かった! 普通だ!」
ナルミスとマシュウは見たところ普段通りの様子である。ルーティアはなんだか少し怪しい。まともに話ができそうな人間が残っていて、早川は少し安心した。
「ありがとうございますありがとうございます」
アンダーソン家の人々にうわ言のように礼を繰り返されて、どうしたものかと思うものの、時間が経てば戻ることはわかっているので放置するしかない。
「やはり勇者殿の力は本物だった。まさに救世主にふさわしい」
「いや、このぐらいはこの国の聖職者でもできると思いますよ」
熱に浮かされたように滔々と語るオスカーに謙遜ではなく否定する。
「この国の危機を必ずや救ってくれるだろう……他にも救いを求めている人はいるはずだ。彼らにあなたのことを話してもいいか」
「異教徒を信頼し過ぎではないですかね」
早川は自ら持ち上げられ過ぎを危惧して釘を指す。どうもこの国の人間はお人好しが多すぎる。
「他の貴族に紹介してもらえるのはいいことじゃないか?」
「いや、それはありがたいんだがな」
ナルミスの問いに、早川は肯定しつつも懸念していることがあったので、浮かない顔をしている。
「異教徒の俺が大っぴらに浄化して回るのはこの国の教会が黙ってないんじゃないか」
「ああ。でも、お前を召喚するのを後押ししたのは教会だぞ」
「教会が呼びたかったのは聖女だろ?」
教会はこれまで早川をどう扱っていいかわからず、自らは手を出さずに王家に一任している。彼らの動きが今までなかったことから、早川の活躍をそれほど望んでいないのでは、と推測していた。
「俺の役割はあくまで魔物退治。こういう仕事は教会に勤める人間の役目だろう」
「今、お前が発揮した能力は聖女の伝説にも則したものだから、教会も反発はしないと思うが」
「いーや、楽観はできんな。異教徒が活躍して喜ぶ宗教団体があるとは思えん。どうやって俺を取り込むつもりかわからんし、下手したら俺は消される」
「ええ……」
ナルミスがどう言っても早川は警戒心を解くことをしなかった。
「オスカー殿。このくらいのことはいくらでもやります。ですが、あまり大事にはしないでいただきたい」
「わかった。ことは秘密裏に、だな」
話す内に、オスカーの目が冷静になってきたのがわかって、早川は内心でほっとしている。
今後のためにも、教会のことや聖女伝説などを詳しく知りたいと早川は思案する。
「目と鼻の先なのに、王城に行けませんねえ……」
マシュウは騒動を見ながら独りごちた。
今日はアンダーソン家の現在の住まい、別邸に泊まらせてもらえることになった。紹介された貴族の名前の中に、ルーティアの元実家の名前がある。
「英心様、今日はありがとうございます」
「ん、ああ」
礼を言いに来たルーティアの頭を撫でる。
「ルーティア、ギブソンてのはお前の元実家だな」
「はい」
「ここには絶対行こう」
「……ありがとうございます!」
そういうと、ルーティアが目を潤ませて声を震わせる。胸に飛び込んできたルーティアを抱き留めてよしよしと背をさする。
早川は感傷的にギブソン家を選んだわけではない。手元にはルーティアがいる。これほど懐に入り込めそうな家も中々ないであろう。利用する気満々であった。
僧侶モードの早川はちょっと丁寧な口調になります。




