36 後始末は着々と
「いやあ! 実に見事な戦いぶりだったなあ!」
「そうだね! あんなに多彩な魔法は誰にも使えないなあ!」
早川とセオドアは大声で誉めそやしたが、白々しかった。
声を出す二人以外は誰も一言もしゃべらず、気まずい静寂が辺りに満ちている。
「……噴水の水止めてきて」
とりあえず事後処理を行うため、セオドアは指示を出す。
指示を受けた人間が動き出すと、それを合図に呪いが解けたように周囲の人間はざわめき出した。
「被害が大きすぎないか……」
「窓だけならまだしも、壁と噴水は……」
「やはり魔法力だけ強くとも、周囲を振り返れないなら魔導師として不適格では」
「クリフォード王子がいればなー止めてくれただろうに」
当たり前だが批判ばかりされている。
終わったなと早川は思った。
それはともかくとして、城に満ちていた魔物の気配は消えた。無事に討伐が終わったのだ。
「これは……」
ガウェイン国王が現れた。再びこの場は静寂に包まれる。
「申し訳ありません!」
ナルミスが大声で叫び、土下座した。水がだだ漏れているところだが、濡れるのも構わず平伏する。
「国王陛下、僭越ながら申し上げます」
場を納めるために、早川は声を上げた。
「此度城に現れた魔物、早急に対処せねば城が乗っ取られるところでした。そのため、ナルミスが力を振るって戦ってくれたのです」
命を助けるためならば、城の破損ぐらい見逃せという暴論である。このぐらいしか言い訳が思い付かない。
「陛下、あの魔物はナルミスがいたから撃退できたのです」
セオドアも一緒になってナルミスをかばう。国王はふむ、と頷く。
「陛下! ここで甘い対処をすれば、他のものに示しがつきません!」
「厳しく処罰するべきです!」
あちらこちらから、厳罰せよとの声が上がる。
どんだけ人望がないのかと早川は内心呆れる。
ナルミスは権力争いに完全に敗北した。足の引っ張り合いに負ける前に、自分で転けたのだ。
しかし、その実力は腐らすにはあまりに惜しい。
「陛下、この男の身柄、私に下さいませんか」
早川はそう提案した。
「よかろう」
国王が頷く。
わっと周囲から歓声のようなものが上がる。
早川の提案が歓迎されている。戦力を上げたい早川と、ナルミスを追い落としたい魔導師達との利害が一致したのだ。
「いやー、早川殿は器が大きい」
ここぞとばかりに早川を持ち上げて、さも円満であると強調する。
早川は平伏するナルミスの側に寄り、屈んで肩を叩いた。
「お前、今日から俺の家来な」
顔を少し上げて上目ににらんでくる相手に、にっかりと笑い返してやった。
「うーん……」
カージスは苦戦しながら報告書を書き上げていった。
もうこれでいいか、と妥協しようとしたとき、横からかっさらわれる。
「何してるんですか?」
早川がカージスの報告書を書き写している。
「この国の字を覚えたいんだ。読めないからな」
「だからって、それを教材にしないでくださいよ!」
「聞けば、城には大量の本があるらしいじゃないか」
宝の山だと早川は思う。なのに、全く読めない。蛇の生殺しに感じる。
話し言葉が通じるのなら、読み書きも通じるようにしておいてくれればいいものを、とどこに向ければいいのかわからない恨み節が内心渦巻く。
「返してくださいよ」
「ほらよ」
ぞんざいに投げて返される。
書き写した報告書を持って早川は部屋を出ていこうとする。
「どこに持っていくんですか?」
「教わらないと読めないだろ」
「誰に教わるんですか?」
答えずに出ていってしまった。
この世界に来たばかりのはずなのに、すでに何がしかの人間関係を作っている。
カージスはその行動力が末恐ろしく感じた。
小一時間後、誰かに書かせたのか添削された報告書を持って早川が現れて、カージスはうんざりとさせられたのだった。
「あなたに託宣を授けます」
「よお! ムチムチ!」
「ムチムチって呼ばないで!」
早川のつけたあだ名にディアナテールは抗議の声をあげる。
「もっと敬ってよ!」
「お前は俺の神じゃない」
「あなた八百万の神の国の子でしょ!?」
ディアナテールの訴えを鼻で笑う。
いまいち威厳の足りない女神なので、扱いが悪くなる。故郷の神のような恐れが抱けないのだ。
よく言えば、親しみがあり身近に感じる。
「回復魔法の使い手を探すのです。浄化の力を持つものが得ることのできる特別な魔法です」
「エイミーとセオドア」
「……その二人は確かにそうなんだけど、前線に出せないでしょ」
「大体お前がいちいち人の記憶消すから話が進まねーんだよ。バカじゃねえの」
「好きで消してんじゃないわよ! あなた達の頭に限界があるから覚えてられないのよ! もう一段、階層を上がってきてよ!」
「意味がわからん」
結局、話はぐだぐだになる。
「あなたが怪我したら大変だから言ってるわけ。死ぬのは嫌でしょ」
「そんときゃそんときだ」
「ええ……覚悟決まりすぎじゃない」
「人間はどうしたって死ぬときゃ死ぬ」
何を言ってるんだと女神に対して思う。自分がこちらに呼び寄せて魔物退治をやらせといてよく言うと抗議の気持ちを込めて冷めた目で見る。
「……じゃあ、まあ怪我に気を付けてがんばってね」
「へいへい」
やかましいわと内心思いつつ適当にあしらう。
女神と言いながら信用のできない相手だ。信仰するに値しない。
内心が読めるらしいので、遠慮なく心の内で扱き下ろす。
「……がんばってね」
女神は尻すぼみに帰っていった。




