第7話 姉と妹
(は? え? いやいやいや、待て待て)
内心焦りまくりながら、頭の中から情報を引っ張り出す。
俺たちが今いるバルドの街は、世界で最も大きいグラナダイト王国の西端に位置する。
王都からも比較的近くて、魔物の討伐訓練などで騎士団が稀にやってくることがある。
今回遭遇したのはそれのせいだろう。
それでその騎士団の騎士団長を務めているのが、かなりの有名人なのだ。
――――ルヴィア・グラナダイト・ヴィ・エアリール。
我ながらこんな長い名前よく覚えてるなとは思うが、それはそれだけ今目の前にいる少女の名が広まっているからだ。
それで問題はここからである。
今俺の弟子のレオンは、聞き間違いでなければこう言った。
ルヴィア姉様――――と。
つまりそれはこいつがルヴィア姫の妹であることを意味するわけだが……レオンってお姫様だったの?
ちょっとついていけてないというか……え、ていうかマジなのか?
そこまでいくのはさすがに予想外だ。
俺の中でレオンとお姫様がいまいち結びつかない……が、今はとりあえず目の前の二人を見守るとしよう。
「レオーネ……あなたこんなところで何をしているのかしら?」
どこか冷たい雰囲気のルヴィア姫はレオンに問う。
親に叱られた子供のようにレオンは縮こまっていた。
「えっと、つ、強くなりたくて……」
「強く? まさかあなた……継承戦に勝つ気でいるの?」
ん? 変な単語が出てきたな。
継承戦? とは、なんのことだろうか。
「わ、私……」
レオンは明らかに怖がっている。
こんな目で見られたら、そりゃ怖いだろう。
けどレオンはそれでも、馬上のルヴィア姫に向かってはっきりと言った。
「私は……か、勝ちたいと思ってます!」
それはレオンの強い気持ちが籠った精一杯の答えだ。
しかし、ルヴィア姫はそれを聞き、冷ややかに笑った。
「勝ちたい? だからあなたは駄目なのよ、勝ちたいと思ってる程度で、覆るようなことでもないでしょう?」
押し黙るレオン。
そんなレオンに彼女は、苛立ったように言葉を重ねる。
「才能もなく、覚悟もない……本当に屑ね」
「…………」
「何も言い返さないのね? それとも、言い返せないのかしら?」
「わ、私は……」
「亜人の妹なんて私の人生の汚点よ、ほんとに……生まれてこなければよかったのにね」
「―――ッ」
その言葉にレオンは俯いてしまう。
ルヴィア姫はそこで興味をなくしたようだった。
「いくわよ」と、背後の騎士に言うと、鎧の男たちはルヴィア姫についていく。
けど……
「自分の妹一人愛せないなんて、お姫様ってのは随分器が狭いんだな」
ピタっ。
ルヴィア姫と後ろの2騎が動きを止めた。
姫様の後ろについていた2人の騎士が騒ぎ立てる。
「無礼だぞ貴様!!」
「ルヴィア様を侮辱するかッ!!」
この時目の前の少女が初めて俺を意識に捉えた。
「今、なんて言ったのかしら?」
絶対零度の鋭い視線が俺を射貫く。
巨大な威圧感、殺気。
抑えきれない怒気が全身から溢れ出る。
これだけでも気絶しそうなほどだ。
俺は怒りを隠そうともしない姫様に向かって、ただ感情のままに言ってやった。
「ちっさい女だなって言ったんだよ」
これ絶対不敬罪になるよな。
死ぬかも……でも、ここで黙っていかせるくらいなら死んだほうがマシだ。
「し、師匠っ!? 駄目です! そんなこと言ったら」
「捕えなさい」
ルヴィア姫が背後の二人に命令すると、男たちの腰に下げた鞘からミスリルの刀身が現れた。
さすがに良いもん持ってるな。
息を合わせて同時に切りかかってくる。猟犬のように左右から敵が逃げ出さないように詰めてきた。
さすが王国の騎士団。
中々に洗練された良い動きをする。
だけど―――
バキンッ!
「え?」「は?」
邪魔なので今は黙っていてもらおう。
魔力を洗練し、それを剣にまとわりつかせる。魔力が光を歪ませ、ゆらりと陽炎を帯びさせた。
刹那、そいつを筆で書くみたいに、斬りかかる騎士二人をかき分け。すり抜ける。
ポキリとあっけなく、ミスリルがへし折られる音が響いた。
魔力で溶かしたわけじゃない、ただミスリルよりも頑丈で、切れ味の優れた武器に作り変えただけだ。
確かにこいつらは強い……だけど、中途半端に洗練されただけのお利口な剣術なんて俺にとっては屁でもない。
「ば、馬鹿な!? この剣はミスリルだぞ!?」
ミスリルね……そんなものに頼り切ってるから不測の事態に動きを止める。
俺の魔力纏わせた剣に比べたら紙みたいなもんだ。
剣先を軽く振るい、魔力の残滓を払った。
「ただの鉄の剣に見えるけど……なにをしたのかしら?」
「ん? 普通に魔力纏わせて切っただけだよ、あんた目も悪いのか?」
「……あなた、そのレベルの魔法が使えるの?」
驚いているようだった。
姫騎士様のそんな顔はきっと珍しいのかもしれないな。
けど、今の俺にはどうでもよかった。
「あんたこいつの姉さんなんだよな?」
「……そうよ、それがどうしたのかしら?」
「なんであんなこと言ったんだ? レオンに何かされたのか?」
理由があるなら百歩譲って許してやらないでもない。
「別に? 亜人の妹なんて気持ち悪いでしょ?」
「ケモミミ美少女とか、可愛いだけだろ」
「ふえッ!?!?」
俺の言葉にレオンが顔を赤くする。
普段は調子に乗りそうだから言わないけど、本心だ。
ていうか照れたのか。
うん、やっぱり可愛い。
可愛くて、頑張り屋で、一直線で……そんで俺の大事な弟子だ。
「あなたには関係ないでしょう?」
「あるよ、こいつは俺の弟子だからな」
「……それで? まさか継承戦でその子が勝てるとでも思ってるのかしら?」
「ああ、思ってるよ」
ルヴィア姫が驚愕を浮かべる。
俺があっさりと言ったことが信じられなかったのだろうか。
だけどこれは本心だ。
レオンは強くなるという不思議な確信があった。
「そう……なら、賭けをしない?」
「賭け、っていうと?」
「負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くの、私が負けたら……そうね、私のことを好きにしてもいいわよ? あなたの女になって生涯の服従を誓ってもいいわ」
「ふーん? 自信あるんだな、で? 俺が負けたら?」
「奴隷に堕ちてもらうわ」
ルヴィア姫が、ニヤッと笑う。
俺の答えを予測でもしているのだろうか。
何にしても俺の答えは決まっている。
「分かった」
「―――――っ!」
初めて彼女の顔に明らかな動揺が浮かんだ。
「師匠!? な、何言ってるんですか!?」
レオンが慌てて、俺の腕を引く。
必死に止めようとしているが、撤回するつもりはない。
「そう……分かったわ、バカなあなたに免じて特別にさっきの不敬はなかったことにしてあげる」
「そりゃどーも」
「その代わり、負けたら分かってるわね? 地獄を見ることになるわよ?」
奴隷の扱いは当たり前だが最悪だ。
特に重罪を犯した犯罪奴隷の場合などは、死んだ方がマシなほどの待遇だと聞いたことがある。
まあ、お姫様に逆らった俺はもっとひどいんだろうけどな。
「待って! 待ってください姉様! この人は関係ありません!」
「おいおい、関係ないはひどくね?」
「師匠は黙っててくださいッ!!」
レオンが初めて見せる強い激情。
だけど俺は引かない。
絶対に引けないときってのはある。
「レオン、お前は勝てるよ」
「そ、そんなの分からないじゃないですか!」
レオンは困惑を浮かべる。
「俺の弟子だろ? 大丈夫だって」
何の根拠もない言葉だ。
でも、とても大事な言葉だ。
「師匠は凄い人かもしれません! で、でも私は……私なんて……」
レオンの言葉は次第に弱くなっていく。
ルヴィア姫は、それを見て馬鹿にしたような笑みを浮かべ聞いてきた。
「名前を聞いておこうかしら」
「アルフレッドだ」
「そう、勇者様と同じ名前なのね、覚えておくわ……継承戦、楽しみにしてるわよ」
その言葉を最後に、ルヴィア姫は今度こそ去っていく。
俺とレオンの間には重い沈黙だけが残った。