第8話 覚悟
「で、継承戦って何?」
うん、よく考えたら俺何も知らなかった。初めて聞く単語だし。
なんのことか分からないのに、テンションのまま感情爆発させちゃったよ。
レオンが強くなりたいって言ってたから、強さを競うようなものだということは予想が出来るのだが。
「――――んで、ですか……」
「ん?」
「なんでですかッ!!」
レオンが声を張り上げて叫んだ。
耳が痛い、ていうかびっくりした……こいつ、こんなおっかない顔するんだな。
「なんで師匠がそこまでする必要があったんですか!? 奴隷になるだなんて……もし私が負けたら大変なことになるんですよっ!?」
「まあ……そうだな」
奴隷になるのは俺だけだが、それで割り切れるほどレオンは情の薄い人間ではない。
それに関しては勝手なことをして申し訳ないと思う。
俺の我儘でレオンに重圧をかけてしまったんだから。
「それに……私がルヴィア姉様に勝つなんて……」
俯きながらそんなことを言う。勝ちたい相手だろうに。
「………勝手なことをしたのは謝る、ごめん……」
でも―――と俺は続けた。
「レオンは勝てると思う」
「師匠は継承戦のことも知らないみたいだったじゃないですかッ! なのになんでそんなことが分かるんですかっ!?」
レオンはなんで俺がここまで言い切れるのか不思議がっていた。
だけど、そんなの決まっている。
「お前が『勝ちたい』って言ったからだ」
「―――ッ!」
俺とレオンは短い付き合いだ。本当に短い、お互いのことを何も知らない。
お姫様だったことも知らなかったし、何を背負っているのかも分からない。
知らないことだらけの俺に説得力なんてないのかもしれない。
けど理屈以上にあのお姫様を前に勝ちたいと言ったレオンを信じたいと思っている。
「でも……それだけで勝てるわけないじゃないですか……」
勿論それだけじゃない。
あの姫騎士様も言っていたが、実力はそれだけで覆るほど単純で甘いものじゃない。
だけど俺にはレオンが強くなると思える根拠があった。
「根拠、ですか……?」
「おう、それは後で教えるけど……とりあえず言いたいことは――――レオンッ!!」
「は、はいっ!?」
俺の声にピン! と背筋を伸ばして体を硬直させた彼女に一番大事なことを聞く。
「結局お前はどうしたいんだよ! 勝ちたいって言ってたのは嘘だったのか!?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! 勝ちたいです! 私、強くなって姉様たちに勝ちたいですッ!」
うん、それなら大丈夫だ。
レオンの頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫でる。
「なら大丈夫だ! 俺がお前を強くしてやる! 誰が相手だろうとどんなことで戦おうと絶対に勝てるようにな! レオン、お前は絶対に強くなる! 師匠の俺が保証する!」
絶対に大丈夫だと言い切ってやる。
勝ちたいと言っている弟子を信じてやれないで何が師匠だ。
弟子にしちゃったもんは仕方ねえ。最後まで付き合って、勝たせてやる。
「ほんとに……私が強くなれるんでしょうか……?」
自信なく揺れる瞳をまっすぐ見つめる。
その瞳が自信なさげに潤むが、俺の目が、口が代わりに答えてやった。
「絶対なれる。任せておけ」
力強く答えるとレオンは泣きそうな顔をする。
覚悟を決めたように、その弱々しい右手で俺の拳をギュッと握った。
「…………分かりました、師匠は私を信じてくれました……なら私は絶対に勝ちます! 師匠の期待に応えます……! 師匠を奴隷になんて絶対にさせません!」
レオンはそう決意していた。やる気に満ちて覚悟を決める。
この感じ、全然悪くないな。俺の心も熱くなる。
だが、熱くなってるところ悪いが訂正しなくてはいけない。
「いや、負けても奴隷にはならないぞ?」
「………………へ?」
変な声を出したレオンに俺はちゃんと言っておく。
「負けたら逃げるし! 俺のこと誰も知らない国外までな!」
「えええ!? し、師匠!? それはいいんですかっ!? なんかもう色々と駄目じゃないですかっ!?」
知らん! 奴隷なんて怖いし! 絶対嫌だし!
呆れてるレオンには悪いが身の安全が第一である。
「逃げるにしたって、見つかるリスクもあるんだぞ? 俺だって怖いんだ!」
「く、国から逃げられるんですか?」
レオンは不安そうに聞いてくる。
まるで自分のことのように、俺を心配してくれている。
そんな少女を安心させるように頷いた。
「なんとかなるだろ、俺強いし」
いざとなれば伝手もあるしな。
自信満々に答えると、それを聞いてレオンはホッとする。
少し気が楽になったみたいだ。
でもちょっと不満そうだ。尻尾が力なく揺れる。
「そ、そうですか……うぅ、なんか台無しです………………すごい格好良かったのに…………」
「ん? ごめん、最後よく聞こえなかったんだけど」
小声だったレオンの呟きを聞き逃してしまう。
レオンは「な、なんでもないですっ」と、わたわた慌てていた。
何か気になる。
「あと、ほんとは最後に謎の冒険者マスカルポーネって名乗ろうか悩んだんだけどな……ほら、偽名の方が逃げやすいかなって」
「あの最後のとこそんなこと考えてたんですか……」
レオンが呆れを通り越して渇いた笑いを浮かべる。
「おう、正直今にも逃げ出したい」
幸いもう働かなくていいくらいの金はある。
多少は質素になるだろうが、山奥にある自然の中でそういう生活を送るのも悪くないだろう。
というか奴隷に比べたら大抵はマシだ。
だから俺はもしも負けたら即逃げるつもりだ!
けど、負ける気はさらさらないけどな。
「師匠って格好良いのか、格好悪いのかよく分からないですよね……というかそれなら受けなければよかったのでは……」
「お前が馬鹿にされたのに黙ってられるわけないだろ」
「うぐっ」と、言葉を詰まらせたレオンが照れたように顔を赤くする。
なんかころころ表情が変わるな。
見てる分には楽しいけど、疲れないのだろうか。
「そういえばレオン」
そろそろずっと聞きたかったことを聞いてみる。
「お前さ、お姫様だったの……?」
「え? そうですけど?」
え、何その反応。
何をいまさら? みたいな感じで聞き返してくるけど、初耳だからね?
「あははっ、言ったじゃないですかあ、忘れんぼさんですね師匠は」
「そうだっけ……?」
ちょっと待ってもらい、記憶を遡る。
レオンと出会って……自己紹介をして……付きまとわれて実力を見ることになって……
で、今日発覚してめっちゃ驚く。
「言ってねえじゃねえか!」
「痛ったぁっ!!?」
すぱーん! と、レオンの頭にチョップを入れた。
人が見たら不敬罪でとっ捕まりそうだが、師匠だから許される……はず。
「お゛おぉ゛ぉぉ……痛いぃぃ……! 師匠は馬鹿力なんですからちょっとは手加減してくださいよぉお……」
レオンは頭を抱えて、俺を非難してきた。
俺だってそんな簡単に女の子を殴りたくなんてない。
ああ、やっぱ駄目! いつもの接し方でも時と場合を間違えたら牢屋に入れられちゃうからね!?
抑えろ、俺。もっと、褒めて伸ばす方向で行きたいのだが。あ、無理かな。
「ハァ……それで? そろそろ継承戦のことを教えてくれませんかね? レオン姫様?」
冗談交じりでそう呼ぶと、レオンは苦虫を噛み潰したような表情をつくった。
「し、師匠……? 姫様はやめませんか? いつも通り接してくれないと……なんか鳥肌が」
レオンは凄く嫌そうな顔をしていた。
お? 意外な弱点が。
「分かったよ、レオン姫」
レオンは面白い顔をして悶え始めた。
今の俺はさぞかし邪悪な笑みを浮かべているのだろう。
楽しい。
「し、師匠おおおおっ!! お願いですからいつも通り呼んでくださいよおおおおっ!!」
俺は驚かされた腹いせにしばらくレオンを茶化して、玩具にして遊ぶのだった。




