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タバコと猫

タバコと猫


 タバコのにおいがきらい。親方にそう言ったら、親方はハッカを紙巻タバコみたいにして吸うようになった。

 人に化けて暮らす猫だからって、無理して人間の真似なんかしなくたっていいのに。しかも、わざわざ、ハッカ。ハッカだなんて!

三井みいは、鼻がいいんだなあ」

「だって! せっかく人間になったのに」

 深夜のファミレスで、いくぶん人が減った奥の席、三井は親方に言い募る。親方はずっとハッカの匂いがする。夏の、スイカや、路面がとける匂いや、子どもたちの声や、蝉、打ち水の湿気のつよさ、そういうものをすべて追い払う、強いハッカの匂い。

 やんなっちゃう、と三井はアイスコーヒーをストローで飲み干す。氷は溶けて、作り物の味がした。本物のコーヒーって何だか知らないけれど。

「だからだよ。人間になんなきゃ、食べもできないものってあるでしょう」

 親方は笑う。笑い皺が昔よりも深く見える。三井が子猫の頃に、空き地でいじめられていて、それを助けてくれた、大きな大きな猫だった親方。三井はその後、人間になった親方を追いかけて、猫修行をこなして、今年やっと、一年更新の免許を取った。

「親方、何で人間になんかなったの?」

「んー? 何でだろうな」

 そら、これも食え、と親方がドーナツをくれる。三井は、もう食べらんないから、と答えて、紙に包んでカバンにしまう。

「猫よりは、ちょっとは長く側にいてやれるだろ」

 ぼそり、と、親方が呟いたけれど、三井にはよく聞こえない。

「え、何? 何ですか?」

「なーんでもない」

「変なの」

 三井は最近アルバイトを始めた。だから、割り勘にこだわっている。

 助けてもらった上に、まだご飯もおごってもらうなんて、何だかフェアじゃない気がするのだ。

 親方は、自分の方が大きい猫だからと言って、いつも多めに払うけれども。

「他の子猫に、分けてやんなさい」

 小さなアパートは、小型なら生き物との同居が可で、特にご隠居さんが猫好きなので、三井は小さな仲間を連れてきている。

「今度、ちびすけのことも見に来てくださいよ? すーごく利かん気の子猫なんですから」

「はいはい」

「今度、じゃダメだった、次の日曜日、ね。はい決まり! 決ーまーり!」

「はいはい」

 店を出て、するりと猫に戻る。人の足より、猫の方が自由に屋根を伝って駆け抜けられる。

 繁華街を抜けて住宅街を通り、三井はちょっぴり涙ぐむ。何かしら、ちょっとさみしい。

 アパートにはいたずらっ子が留守番している。心配させたくなくて、軒先で三度回って落ち着いてから、人間に化け直した。

 体から、ほんの少しハッカの匂いがする。

 親方は気づかなかったけれども、三井はハッカキャンディが食べられるようになった。タバコは吸えなくても、同じ匂いはまとえる。

 ちょっとだけ大人になったつもりで、三井は静かに自宅に戻った。

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