93/246
旅の思い出
小魚だった頃、小さなカニを飲み込んだ。夫婦のカニだったから、始終ふたりで喋っていて、海の底でも暇にならない。
青く、暗く、底の方はつめたくて重たい海。
流されたり、泳ぎ戻ったりして、魚は時々浅瀬の海藻の間で居眠りをする。
魚の体内では、カニが日記をつけているらしい。魚が飲み込んだ貝殻は多く、その一枚ずつにカニは思い出をのせる。
カニは魚の中で家族を増やし、たまに内紛もあったが、たいていは平和で、よく治められた。
狭い魚の中から飛び出すカニもいた。その数は徐々に増え、全てのカニは海へと旅立った。
最初のカニ夫婦の遺骸を抱いて、魚は静かな体で海を行く。
旅の思い出をなくさないまま。
第五十六回のお題「旅」#Twitter300字ss @Tw300ss




