我輩は
我輩は
我輩はシンクである。名前はまだない。
熱湯をそのまま流してはいけないと大家に言われているにも関わらず、この借主は毎回、そのまま流す。
べこんっ。
我輩はこんな声で鳴きたくない。スポンジで擦られてキュッと鳴くのならばよい。もっとピカピカでサラサラでありたい。
何がステン+レスか。借主が掃除しないせいで、ステン+ダラケである。
排水管から熱い熱いと悲鳴があがる。何のことはない、奥に潜んでいた昆虫の悲鳴である。夜な夜な我輩の上を這い回るので往生している。これで少しは退散してくれたらよいのだが。
さておき今、熱湯を注いだカップ焼きそばなるものを、借主はシンクに置き去りにして電話をしている。麺が、のびるうーのびるうー、と呪文のように叫んでいる。借主には聞こえない。
カップから溢れた熱湯で、すでに我輩は一度、べこんと鳴かされた。次は鳴かない。泣かないったら。
麺が静かになった頃、借主が慌ただしく戻ってくる。
伸びてる、と騒いでいるが、放置した借主の責任である。
いよいよ、カップ焼きそばから湯が、シンクへと投げ落とされる。
さあ来い!
多少の麺の欠片が、いささかぬるくなった湯と共に降ってくる。
べこん、とは鳴らなかった。
我輩は勝ったのだ。
勝利の余韻に浸っていると、麺が半分ほど溢れ落ちた。カップのフタの閉じ方が悪かったらしい。
この世の終わりのような舌打ちと共に、我輩は借主の拳を一発受けた。理不尽である。
我輩はごん、と鳴いた。
きっと、次は鳴かない。泣かないったら。
補足事項として、
少し前に書いていて、時期的にもっと後で出そうと思ったのですが、意外と問題なさそうなので出してみた感じです。
カップ焼きそばを作る文体のタグを見かけて、以前はツイノベにしましたが、今回は長めになりました。




