長い永いながいゆめ/春の日に
長い永いながいゆめ
「また、会おうね」
何度も、同じ言葉が繰り返された。桜は見ていた。あるときは学生たちが、あるときは恋人同士が、あるときは家族が、公園のこの桜の下で、何度も、別れを繰り返してきた。
再会したものも、たまにはあった。姿形がすっかり変わっていても、桜には、あぁあのときの、と、おぼろげに分かったものだった。
小鳥たちも毎年新しい命と入れ替わり、やってくる散歩中の犬猫、人も、老いては新しく入れ替わる。
桜はため息をつく。
この間、近くの土手の桜にやまいが出た。付近の桜は、これから皆、切り倒されて焼かれるらしい。
いつまでも見ていられると思っていた、狭い範囲の街並みを、桜はまぶしく見送った。
また、会おうね。
その約束を見守れなくて、少しさみしい。
桜も、願っていいだろうか。
また、会おうね。
みんなみんな、また会えたら。
桜は夢見て、最後の日まで立ち続ける。
#ヘキライ 第69回夢の終わり
春の日に
「また、会いましたね」
公園で日向ぼっこしているうち、地域猫が寄ってきた。片耳には、地域猫の印がついている。
「今年はいかがですか」
猫に話しかける。猫は顎を差し出した。リクエストに応じて撫でていると、猫は細めた目で、向こうの桜を見やった。
桜の枝先に、ほの白いひとが腰掛けている。
そのひとは、こちらの視線に気がついた。
「あっもしかして、見えます?」
甲高い声で、話しかけてくる。
どうしたものかと考える。猫が、何食わぬ顔でこちらを見やる。
「やれやれ……あなた、分かっていて私にあれを見せたんです?」
「私のことが見えるなら! ちょっと話を聞いてくださいよ!」
気づかなかったふりをするわけにもいかなさそうだ。
「桜をね、病気だから切るという話が出て。私、最後の年だと思って、仕事帰りに写真を撮りに出かけたんです。そうしたら、すでに重機で囲まれていた。次の日に切るらしくって。仕方ないからそのまま写真を撮ったんですけど、次の日、女の幽霊が出たとか、重機が全部壊れたとか、噂になってて。私、壊してないですよ? でも、何度切ろうとしても、同じで。切れないって。病気は、殺菌剤と、悪いところを削るとかでどうにかしのいだみたいですけど」
「桜が無事で、よかったじゃないですか」
「そうなんですけど」
腑に落ちない顔で、その人は続けた。
「私、あれから家に帰れないんです。こんな、透け透けな幽霊みたいになってるし。カメラはないし」
「よほど写真を撮りたかったんですね」
「それはそうです! 友達と見にきたり、入学式の帰りに家族で記念写真を撮ったりした場所です。なくならないうちに、と思って」
でも、と桜の枝を撫でる手が止まった。
「幽霊になったり桜にとりつきたいわけでは、なかったんですけど」
「結論から言いますと、あなたは幽霊ではありません。写真を撮りに来た後、がっかりしてそのまま家に帰ったはずです。近所でここ数年、特には事件も起きていないですし」
「あっ、そうなんですか?」
「確認しますが、あなた、桜の写真を撮りに出かけた頃、人事異動の予定がありませんでしたか?」
「はい、他県に」
だからより一層、思い出として桜を撮りたかったのだ。
「あなたの本体は異動済みでしょう。桜の木を切る話は、ここ最近のものではありません。何年か前のことです」
「え?」
「あなたの、よほどの無念さが、生き霊みたいになったんですかね」
「そんな……雑なことってあるんですか」
「もしくは、桜の木の思いと共鳴して、その場にとらわれた。事故にあったようなものかもしれませんが」
猫がゆったりと、尾でベンチをはたく。
「では、新しい物語にしましょうか。桜を守るために夜な夜な魂だけ抜け出した女性が、解放される物語。あなたの気が済むかたちができたら、それに乗って、解放されてくださいね」
これも一つの夢の終わり。桜の出会う真実は、夢の中よりよほどいい。
#ヘキライ 第70回出会い




