君の横顔
#ヘキライ 第68回お題「横顔」
君の横顔
ねえこっち向いて。手で、目の前の横顔を軽くつつく。仰いだ横顔は、毛足の長い羽毛に覆われ、クチバシもほとんど見えない。
にんげんの子どもなんて拾って、と、ずいぶん仲間に悪く言われたようだけれども、彼は子どもを放棄しなかった。
約束だからね。君のお父さんから、君のことを頼まれていた。
彼は子どもに、そう説明していた。
もう、何年も。
あるとき、子どもは横顔に話しかけた。
「ねえ、父さんを食べたって、本当?」
森で小鳥たちが歌っていたのを、何度か聞いた。それを、ついに問いかけたのだ。
そうだよ、と、彼は答えた。
君のお父さんは、にんげんにしてはたくさんの「祝福」を持っていた。魔法使いだった。君と旅をしていて、私と出会った。
彼は言葉を続けた。
何年かに一度、この森で出会うくらいの、知り合い。あるとき、君のお父さんは、何かに追いかけられていた。あまり良くないものだったから、ここへたどり着くまでに、ずいぶんと傷ついていた。私の力では、命を押しとどめられるほどのことはできなかった。君のお父さんは私に言ったよ、どうかすべての災いから、この子を守ってやってほしいと。私には、私の種族のことしか分からないから、にんげんのようには育てられないと答えた。君のお父さんは、それでいいと言った。そうして、どうか証拠を残さぬよう、体を食べてくれと言った。
彼は天を仰いで、ぼそぼそと話した。
真実がいずこにあるか、子どもは知らない。
考え、考え、声を出した。
「では、私は森の外に出たら、何かに追われるの?」
いいや。これだけにんげんの匂いのしないもの、気づくことはないだろう。もしかして、外へ出て行きたいかい?
子どもが身をすくませていると、彼は洞窟の奥から、何かを引きずり出してきた。小さな、布の袋。
これは君のお父さんが持っていた。ひとかけらも残すなと言われたけれど、これだけは、何だか、食べ残した。
何も書かれていない小さな帳面、木の棒がいくつか、それしか入っていなかった。
子どもは袋を手にして、目の前の横顔にしがみついた。
彼は笑った。
行ってきたいのなら、行っておいで。私の寿命は長いから、君が帰りたいときはいつでもここにいる。
子どもは数日後には外へ出かけた。あの横顔に見守られた歳月が、胸の中にまだ、あたたかく残っていた。




