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第22話・拓海の胸の内

 駐車場に車を停め、展望台へと続く遊歩道へ向かうと、道の途中で隠れていた拓海が出てきた。


「展望台まで車で行けるのは、隣県からみたいだ。」


すぐに河猪課長へ連絡を入れる。二手に分かれて応援に来るそうだ。


隣県へ回って来るのなら、3~40分はかかるわね……


「足元、大丈夫か?」

「何とか……」


暗い遊歩道はかなり歩きにくい。かと言ってスマホで明かりを灯しながらだと、詐欺グループに見つかってしまう可能性がある。

急がないといけないのは分かっているけど、怪我をしてしまっては元も子もない。

そんな事を考えていると、拓海がふと手を差し出してきた。


「……掴まれよ。」

「大丈夫よ。」

「俺は着いてから隠れている間、暗闇に目が慣れてきている。杏奈はまだ見えにくいだろ?」

「ありがとう……」


おずおずと拓海の手に私の手を重ねると、ギュッ!と力強く握り返された。


「これが夜景を観に行くデートなら完璧なのにな……」


拓海の呟きに、思わず笑みが溢れる。


「ふふ、素敵な彼氏なら、言う事無いわね。」

「俺じゃぁ、役不足か?」

「私は私だけを見てくれる人が希望ね。まぁ、予行演習くらいにはなるわよ。」

「……それは光栄な事で。」


そんなくだらない話をしながら歩くうちに、薄明かりが灯る展望台が見えてきた。

二人、声を潜めて様子を伺ってみる。


「……応援は、あと30分くらいか?」

「隣県から回る組がいるから、そのくらいはかかるわね。」

「何も聞こえないな……もう少し近付くか……」


その時、展望台側にあるテレビ塔の陰から、男達数人がなだれ出てきた。


「この野郎!」


バキッ!

殴られた男は、そのまま倒れ込んだ。すかさず別の男が倒れた男に馬乗りになり、胸ぐらを掴んでいる。


「一生、江川さんに服従すると誓え!」

「それは出来ない!」

「本当にぶっ殺すぞ!」


殴られている男は浜野、馬乗りになっている男は元ボクサーの漁……他にパーティーで見かけた若い男が二人に、高みの見物をしているのは江川……


「拓海……」

「すぐには殺されないだろ。もう少し様子を見よう。」

「……分かったわ。」


浜野が私に向けていた柔らかな笑顔が本物だったと分かった今、殴られている姿を見るのは、胸が締め付けられてくる。

こうなった原因は私がきっかけだろう……


「やれるもんなら、やってみろ!私に何かあれば、すぐにお前達の悪事は警察へ通報される事になっているからな!」


そう叫んだ浜野に、江川がゆっくりと近付く。


「……あの、松浦杏奈という女だな。」

「彼女は関係無いだろ!」

「そんなに必死になれば、肯定しているのと同じ事だ。」


ドカッ!

横たわる浜野の顔に、江川が蹴りを入れる。


「女で人生を狂わせるとは、不憫なヤツだ。貴様と一緒にあの女もあの世へ送ってやる。」

「杏奈さんに、手を出すな!」


「いくぞ!」


拓海の合図で、男達の前へ飛び出す!


「そこまでよ!」

「おやおや、これは探す手間が省けたな。」


私の顔を見た江川が、薄ら笑いをしている。


「浜野を解放しなさい!」

「ほう……随分となめた口をきくお嬢さんだ。」


サッ!と男達が私と拓海を囲み始めた。


「やれ。」


江川の合図で、男達が襲いかかってくる!

一人の腕を掴み、捻りあげて、腕の動きを止める。

ゴキッ!


「うわぁ!!う、腕が!!」


男は肩を押さえながら、ゴロゴロと転がり逃げていった。


相変わらず嫌な音ね……私は凶悪犯向きでは無いんだけど……


私の背中では、拓海が背負い投げで一本を決めている。

それよりも、浜野の保護だ!


ビシッ!

急いで浜野の元へ走ると、背中と右腕に鋭い痛みが走った。


「うっ!」


バッ!と振り向くと、漁が私に向かってナイフを振り上げている。

マズイっ!


「おりゃっ!」


間一髪のところで漁の後ろから拓海が捕まえ、投げ飛ばした。


「杏奈!大丈夫か!」

「心配無いわ!」


すぐに浜野の元へ駆け付け、怪我の状態を確認する。顔は腫れ上がり、見るも無惨な状態だ。


「……杏奈さん……何故こ……」

「今は喋らないで!」


「いけないね。動けないような場所を切りつけないと。」


後ろから聞こえてきた冷酷な声にゾクリと寒気を覚えた。振り向くと、江川が懐に手を入れている。


拳銃だ!


咄嗟に銃を取り出し、江川に向かって構える!


「お前は刑事か……」

「そうよ。」


片膝を着いたまま背中に浜野を庇い、江川と銃を向け合いながら対峙する。


くっ……右腕の痛みで、震えてしまう……


「やせ我慢は止めた方がいいだろう。無駄な抵抗はよせ。」

「……私を誰だと思っているの。」


銃を左手に持ち替えて、再び構えた。


「どうせ日本の警察は、まともに撃てないだろ。お前が俺の足や腕を狙ったとしても、その後、俺は確実にお前の頭を狙える。」

「……それはどうかしら。手元が狂えば、あなたの心臓に当たるかもね。それとも、その薄汚い顔を整形して差し上げましょうか。」

「……貴様、二度と口を利けなくしてやる。」


江川が安全装置に手を掛ける。


この角度から銃を狙えば、確実に江川の頭に当たるわね……何とかして腕だけでも……


バンッ!


「うわぁ~!!」


銃声が聞こえたと同時に、江川が叫びながら手を押さえて踞った。少し離れた場所で、拓海が握る銃から硝煙が上がっている。


拓海は黙って江川に手錠をかけ、私へすぐに駆け寄り、背中の傷を確認した。


「ごめん……漁に手間取った……」

「仕方ないわよ。元ボクサーみたいだしね。」

「……背中の傷は痛むか?」

「少しね。」


浜野の救急車の手配を済ませ、私は駆け付けてきたパトカーに乗り込んで、そのまま病院送りとなった。




 消灯時間が過ぎた病院のベッドの上に座りながら、ぼぉ~っと窓の外を見ている。腕と背中を合わせて7針縫われ、一晩の入院を余儀なくされた。


痛み止めを飲んで少し眠気はあるけど、うつ伏せで寝るのがキツくて、眠れないでいる。


トントン……

何度目か分からないため息をついた時、遠慮がちに病院のドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ……」


そっとドアが開いて、拓海が病室へ入ってくる。


「まだ寝て無いのか?」

「ええ、うつ伏せ寝は苦手なのよ。」


ベッド脇の椅子に拓海を促すと、ゆっくりと座りながら説明し始めた。


「浜野は、頬と鼻を骨折、後は全身打撲だ。」

「そう……」

「SDカードもあって、自首扱いにするらしい。」


話によると、私達にSDカードを渡す前、浜野自身が騙した二人の女性の元へ、被害金を届けていたそうだ。


「杏奈は明日退院だろ?明日は取り調べや調書、その後送検するまでは忙しくて、退院の迎えは無理だから、ちょっと寄ってみた。」

「そう。」

「……守れなくてごめん。」


ボソッと、拓海が呟く。


ったく……油断して、漁を確認しなかった私の責任でしょ……


「悪いと思っているのなら、私の分まで働いてよね~♪」


わざとお嬢様笑顔を向けると、拓海は苦笑いを浮かべた。


「……そろそろ寝るか?」

「そうね……」

「眠れないか?」

「そのうち眠れるでしょ。」

「傷、痛むよな……」


何を思ったのか、拓海はベッドに上がり、壁を背にして座り込んでいる。


「俺に寄り掛かれよ。」

「いや、それは……」

「うつ伏せで寝れないんだろ?」

「それはそうだけど……」

「傷に触らないよう支えておくから。」

「でも、拓海が寝れないじゃない。」

「怪我人が遠慮するなよ。」

「分かったわ……」


ここは何を言っても譲らなさそうね……言葉に甘えておくか……


そっと拓海に寄り添い、見た目より逞しい胸に身体を預ける。拓海は傷の無い私の腰に片手を回して、片手で頭を撫で始めた。


「大丈夫か?苦しく無いか?」

「大丈夫……ありがとう……」


腕の中の暖かさと優しく頭を撫でる手に、段々と瞼が重くなってくる……


「杏奈が切りつけられた時、本当に怖かった……」

「……」

「絶対に失いたくない……杏奈だけは……」


夢の中で、誰かが囁く声が聞こえた……




 数日後、傷の具合が良くなってきた私は、事情聴取も兼ねて、話が出来るようになった浜野のお見舞いへ行った。病院から制限された時間は15分。


二人で話をさせて欲しいという私の願いを聞き入れて、拓海は病室の外で待ってくれている。浜野の顔はまだ痛々しく包帯が巻かれている状態だ。


「浜野さん、具合はいかがですか?」

「杏奈さん……私達は最初から結ばれない立場だったのですね……」


そう言われると、罪悪感が……


「私のした事は、何だったのでしょうか……」

「……浜野さんは、あのまま女性を騙し続けたかったのですか?」


浜野は黙って首を横に振った。


「あなたのエスコートや丁寧な身のこなし方、あれは騙すつもりで身につけたものではありませんよね?」

「流石は杏奈さんです。誰にもバレなかったのに……私の家は、小さな会計事務所を営んでいます。そして私は家業を継ぐのが嫌で、ラスベガスのホテルで働いていました。」


あのレディーファーストの対応と丁寧な口調は、そこで身に付けたのね……


「両親から日本に帰って、結婚して事務所を継いで欲しいと泣きながら懇願され、帰国すると、あの結婚紹介所へ勝手に登録されてありました。それからはその気も無いのに、条件だけで選ばれた女性達とお見合いをさせられる日々が続きました。やりたくない仕事やお見合いが嫌になり、実家を出て、デイトレードで稼ぐようになったのです。」


私は黙って相槌を打ちながら、話を聞いた。


「ですが、去年のアメリカ市場暴落の影響で、大損をしてしまい、家賃が払えなくなりまして……そんな時、結婚紹介所で簡単にお金が儲かると、話を持ち掛けられたのです。」

「その人物は……」

「江川です。最初は家賃稼ぎ程度にしか思っていなくて、一回で止めようと思っていたのですが、抜けさせて貰えず、ズルズルと……」

「成る程……」

「だけど、杏奈さんに出会って、一緒に居るのが楽しくて、強引に化粧品を買わせる気がしなくて……」


浜野は、フッと微笑した。


「実は、私も杏奈さんの嘘を見破った事が、1つだけありますよ。」

「それはどんな事ですか?」

「拓海くんが、弟では無い事です。」

「えっ?いつ気付きましたか?」

「一緒に映画を観に行って、送った時です。拓海くんの反応が、単なる弟の感情では無いだろうと……」


あちゃ……やっぱりバレていたのね……


「それと同時に、身綺麗にしないと、拓海くんには勝てないと……杏奈さんとお付き合いする事も出来ないと……そう思って、グループを抜ける決心をしました。ですが、殺される危険もあると思い、杏奈さんにSDを託したのです。今となっては無駄な事でしたが……」

「無駄では無いわ。あなたなら絶対にやり直せる。それだけの器量は持っていると思うわ。」

「……」

「もし、会計事務所を継ぎたくない、もう一度ホテルで働きたい、そう思うなら、ご両親を説得するべきよ。」

「杏奈さん……」

「もし、説得が難しいのなら、私を呼んで。一緒に両親を説得するわよ。」

「……ありがとうございます。」


ここで、約束の15分が過ぎて、病室を後にした。




 「拓海……弟で無い事、バレていたわよ。」


病室の外で合流した拓海を、ジロッと睨み付ける。


「悪い、悪い。全部聞いてたよ。お詫びに今日は俺が髪の毛を洗ってやるよ。」

「結構よ。事足りているわ。」

「毎日美容院へ行くのも大変だろ?」

「私の髪の毛は繊細なのよ。拓海には無理ね♪」

「仕方ない、だったら身体を洗ってやるよ。」

「その無駄な心遣い、熨斗を付けてお返しいたしますわぁ~♪」

「え~!返品は受け付けていないぞ!有り難く受け取れ!」


こんなくだらないやり取りが出来る事も、幸せのうちなのね……


日頃、暴力沙汰を扱わない私にとって、染々と感じる事件だった。


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