第23話・婚約者の死
秋の交通安全運動キャンペーンの季節になった。
捜査二課からは、私と拓海がイベントに駆り出される事になり、説明会場の会議室へと向かう。
会議室のドアを開け……
「鶴崎さん!待ってましたぁ~♪」
ガバッ!!
いきなり拓海に、制服を着た若い女の子が飛びついて来た!
「えっ?き、君は誰?」
あれ?拓海の知り合いでは無いの?
「交通部交通指導課の滝沢花音、21歳で~す♪」
「そ、そう……」
「鶴崎さん、一緒に座りましょう♪」
「いえ、僕は杏奈さんと来ていますから……」
「え~?!花音の方が若いしぃ~!オバサンより花音がいいですよね♪」
お、オバサン?!私の事?!
思わずお嬢様笑顔が引き吊りそうになるのを、ぐっと我慢する。
「だってぇ~、婚期逃しそうなクリスマスケーキですよね~♪」
それって、25歳を過ぎたら安売りするっていう意味よね……
確か昭和時代のバブル期には、そんな表現があったらしいけど、今は30歳代で初婚も普通でしょ……
しかも、私、平成生まれだし……
「しかし……」
拓海が困った顔をしながら、チラッと私を見ている。それに気付いた滝沢さんが、私に挑発的な目線を送ってきた。
「鶴崎さんと一緒に座っていいわよね~!オ・バ・サ・ン♪」
ピキッ!あ、青筋が!
拓海が捜査二課へ来てから、独身女子職員からの目線が痛いと思っていたけれど、ここまであからさまに敵意を向けられるのは、初めてだわ……
そう思ったものの、キレたら負けだと我慢し、敢えて極上のお嬢様笑顔を作る。
「そうね、たまには拓海くんも違う空気を吸いたいわよね~♪」
「杏奈さん……」
フン!助けて欲しそうにしても無駄よ!本気で嫌なら、自分で何とかしなさいよ!
二人を置いて、サッ!とドアから離れた席に座った。
「……という訳で、全員制服着用でお願いします。」
説明会が始まり、私の後ろの席に座っている鑑識課菖蒲さんの呟きが聞こえてきた。
「杏奈さんのコスプレか……」
いえ……コスプレでは無くて、ちゃんとした制服ですから……
「それでは、役割を決めて行きたいと思います。まずは、パンダのパーポーくんの着ぐるみを、3名お願いします。」
し~ん……
進行役の声に、みんなが俯いて黙り込む。
それはそうよね……天気の良い日は15分着ただけでも灼熱地獄らしいし……しかも、交替の人は汗臭い着ぐるみを被らないといけないし……
消臭スプレーでも持って行ってあげようかしら……
「コホン……では、先に着ぐるみと一緒に子供達へ風船を配る役を決めます。これは女性2名お願いします。」
「花音、日焼けするから嫌だぁ~!」
声をあげた滝沢さんに、進行役も苦笑いだ。
って事は、絶対に一緒にならないわね……
「私、やりま~す♪」
すかさず立候補して、私の仕事が決まる。
「杏奈さんのコスプレが、間近で見れる……」
「俺、着ぐるみします!」
「僕も!」
何処からともなく呟く声に、あっという間に着ぐるみも決まり、拓海と滝沢さんは、お茶汲みに決まった。
会議が終わり、捜査二課で通常業務に戻った。
今の案件は、一軒家に住む高齢者を狙ったリフォーム詐欺だ。親が騙されているかもと、その息子さんから、被害届が出された。
太陽光発電を設置出来るかどうか無料で屋根の調査をしますと言い、次に台風が来たら屋根が持たないと不安をあおり、実際には何の補修もせずに適当なパーツを打ち付けて法外な料金を請求する……
「高齢者は、屋根に上れませんからね……」
「そうね……確認出来ない事につけ込んでいるわね……後で、ガイシャ宅へ行ってみましょうか。」
「分かりました。」
拓海と捜査の打ち合わせをして、息子さんから聞いた調書の概要に改めて目を通す。
確か、過去にも似たようなリフォーム事件があったわよね……次の地震が来たら危ないと言って床下に意味の無い適当なパーツを取り付ける事案が……
「ちょっと、資料室へ行って来ま~す♪」
「僕も手伝います。」
拓海が立ち上がった時、拓海のスマホに着信が入った。
「先に行ってるわね。」
「すみません、すぐに追いかけます。」
軽く手をあげて、刑事部を後にした。
「あったわ。」
パラパラと過去のリフォーム事件のファイルを手にする。
「経営者の名字も名前も違うわね……でも手口が似ているから、当時の従業員の可能性も捨てきれない……」
一通りファイルを手にすると、かなりの重さになった。
「拓海、まだかなぁ……」
しかし、待っても待っても、拓海は現れない。仕方なく大量のファイルを抱えて、資料室を後にした。
「ったくもう!すぐに追いかけるって言ってたくせに!」
これは、嫌みの1つでも言わないと気が済まないわね!
よたよたと歩きながら捜査二課へ戻って、拓海の姿を探す。だけど姿が見当たらない。
「あら?拓海くん、すれ違ったかしら……」
私の呟きに、デスクに着いていた蝶谷さんが、顔を上げた。
「拓ちゃんは、急遽帰ったんや。」
「えっ?何かあったのですかぁ?」
「何や、親戚に不幸があったとか、連絡があってな。」
「そうなのですね……」
「捜査へ行くんなら、付き合うで。」
「ありがとうございますっ!何かあれば、よろしくお願いしますぅ♪」
拓海って、連絡を取るような親戚は居なかったわよね……
お嬢様笑顔で蝶谷さんに返事をした後、不思議に思いながらも、過去の捜査資料を広げた。
「ただいま~♪」
その日、拓海は夜遅く、酔っぱらって帰ってきた。
「ちょっと!何処で何を……」
拓海の姿を見て、言葉が止まった……喪服を来て、頬には微かに殴られた痕があるからだ。
「よう!杏奈!元気だったか♪」
リビングへ入ってきた拓海は、やけに上機嫌だ。だけど、かなり無理をしているのが分かる。
「一体、何があったの?」
「何でだ~?」
「無理しているのが、まる分かりよ。」
「……やっぱり分かるか……」
瞬時に拓海の顔から笑みが消えると、ガバッ!と私に抱きついてきた!
「ちょっ!ちょっと!どれだけ飲んで来たのよ!」
「……彼女が……」
ぽつりと拓海が口を開く。
「……彼女が死んだ……」
「えっ?!あの入院していた彼女?」
「……彼女のお母さんから連絡を貰って……今日が葬式だって……」
「もしかして、その傷は、彼女のお父さん?」
拓海が黙って頷く。
「中へ入れなかったから、外の道で手を合わせて……出棺まで見送ってきた……」
「そうだったの……」
「キツいな……知っている人間が死ぬって……」
「……そうね。」
「何年も前に気持ちが離れていた筈なのに……死んだって聞かされると、楽しかった事ばかりが思い出されて……」
拓海の悲しみが……痛いほど伝わってくる……
ここにもまた、同じ心の傷を持った人間が生まれてしまった……
「やけ酒なら、付き合ったのに……」
「杏奈の顔を見たら、絶対甘えると思ったから……」
「こ~ゆ~時くらいは甘えなさいよ。」
「でも、杏奈の方が、もっとキツかったんだよな……亡くなったのは、ご両親だし……」
「だからこそでしょ。」
そっと拓海の頭を抱き締める。
「……ごめん……」
「ごめんでは無くて、ありがとうの方が嬉しいわ。」
「……杏奈は男前だな。」
「今更ね……」
「今日は、杏奈を抱き締めて眠ってもいいか?手は出さないから……」
「……いいわよ。」
この夜、拓海は心に出来た隙間を埋めるよう、私の身体に抱きついたまま眠りについた。
私は拓海の頭をふんわり抱き締めながら、溜め息をついている。
はぁ……私に抱きつきながら、彼女の事を夢見ているのよね……私は、何をやっているのやら……
まぁ、私が怪我した時にはゆっくり眠らせて貰っているし、少しでも気をまぎらわせる事が出来れば、恩返しになるわね……
「拓海……きっと、時間が解決してくれるわ……早く心が癒されますように……」
チュッ……
熟睡している拓海の額に、おまじないを唱えるよう軽くキスをして、ゆっくり瞼を閉じた。




