第17話・容疑者リック
「おはようございま~す♪」
いつも通り、お嬢様笑顔で庁舎の玄関を潜ると、今日は私が女子職員に囲まれた。
「松浦さん!ご結婚おめでとうございます♪」
はっ?!いつの間に、そんな話に!
「……えっと、誰とですかねぇ……」
「昨日、見たわよ!リムジンでお迎えなんて、プロポーズでしょ♪しかも、外国人のイケメン彼氏!」
噂の発生源、発見……
「いえ、あれは、お断りする為に……」
「鶴崎さんの事は、私達に任せてね♪」
「だから……」
「僕がどうかしましたか?」
後ろから聞こえてきた声に振り向くと、時間差をつけて出勤した仮面笑顔の拓海が、立っている。
「鶴崎さん、聞きましたか?松浦さん、ご結婚されるそうですよ♪」
だから、違うってば……まだ誰とも結婚なんてしないわよ。パパとママの事故の真相を明らかにするまでは……
「へぇ~、初耳ですね。昨日の外国人からのプロポーズは断ったと聞きましたが、他にもいらっしゃったのでしょうか。」
「えっ?松浦さん、断ったの?あの高スペックを?!」
バッ!と一斉にみんなの目線が、私に突き刺さってくる。
はぁ……みんな拓海狙いなのね……誰も彼女の存在を知らないから、目下のライバルは私に絞られている、というところかしら……
「はい、お断りしました。」
「そうなの……」
あからさまに拓海以外が、ガッカリしたわね……ここは早々に立ち去るが勝ちだわ……
「では、お先に~♪」
みんなから離れてエレベーターへ向かうと、聞こえよがしにみんなの声が耳に入ってきた。
「そういえば、松浦さんって、飛び級でエール大学へ行っていたらしいわよ!」
「マジで?わざと経歴を隠していたの?」
わざとには変わり無いけど、そんな言い方って……
「僕は尊敬しますね。そんな経歴をひけらかさなくても、刑事部で男性職員と対等に渡り歩く、覚悟の表れではないでしょうか。」
「……」
拓海の言葉に、みんなが静まり返ったのが分かった。
拓海、ナイスフォロー!昨夜のワインは無駄にはならなかったみたいね♪
ちょっとだけ気を取り直して、エレベーターへ乗り込んだ。
今夜は宿直だ。夜食を買いに出掛けようとした時、庁舎玄関で立っていた警官がやって来た。
「松浦さん、外国人がずっと待っているのですが……どうしますか?」
「えっ?注意したら居なくなったと聞きましたが……」
「リムジンが駐禁になると運転手に言ったら、一旦居なくなったのですが、今度は徒歩でやって来ました。」
「そうですか……」
これはもう一回、はっきりとお断りした方がいいかしら……
「分かりました。もう一度、私から帰るように伝えます。」
「よろしくお願いします。」
ったく……ビジネスで来ている筈なのに、やけに暇があるわね……
溜め息をつきながら玄関へ向かうと、私に気付いたリックがすぐに駆け寄ってくる。
『アン!やっと仕事が終わったのかい?君は働きすぎだよ!』
『今夜は泊まり込みなの。いくら待っても、無駄よ。』
『Oh……せっかくのフライデーナイトなのに、楽しむ事も忘れたのかい?』
『リックだって、ビジネスで日本へ来たのよね?遊んでばかりで大丈夫なの?』
『日本の事を知るのもビジネスのうちさ!明日は休みになるんだよね?』
『ええ、確かに公休だけど……』
『ラッキー!なら明日は日本の案内をよろしく♪またね!』
リックは一方的に約束を押し付けて、走り去って行った。
ってか、人の話は最後まで聞けよっ!入電があったら、こっちは一睡も出来ないのよ!
重い足取りで刑事部へ戻る廊下の途中、同じく宿直の拓海が前から歩いてきた。
「杏奈、夜食を買いに行くのなら、一言、言ってくれよ。」
「今から買いに出るの?なら私のも買ってきてくれない?」
「えっ?何も買っていないのか?」
「……悪いけど、先に仮眠を取らせて貰うわね。」
「やけにイラついているな。今日は女子日か?」
ドカッ!
振り向きざま、拓海の足の間を目掛けて、壁に蹴りを入れる!
「デリカシーの無い男ね。」
「……頼むから、股ドンは止めてくれ……下手したら使い物にならなくなるだろ……」
結局、サッカーの国際試合があったこの日は、所轄のほとんどが交通整理に動員されていた為、外国人同士の喧嘩やら、夜中まで酔っ払った若者やら街中に溢れて、一睡も出来なかった。
「太陽が眩しい……」
目を細めながら、拓海と一緒に庁舎の玄関を出る。
「昨日は疲れたなぁ……昼まで寝るか?」
「そうしたいところね……」
ふと前方を見ると、リムジンと満面の笑みを浮かべながら手を振るリックの姿……
やっぱり観光へ行かされるのね……
「何でリックが?」
リックに気付いた拓海が不思議そうに呟いている。
「昨日、強引に観光の約束を取り付けられたのよ。」
「だから、不機嫌だったのか……」
疲れきった二人を他所に、軽い足取りでリックが駆け寄ってきた。
『アン!迎えに来たよ!』
サッと拓海が私を背に庇い、リックを睨み付けている。
『リック、杏奈は渡さないって言っただろ。』
『今日は観光だよ。それとも君は、観光案内さえも許さない程、心が狭いのかな?』
『杏奈を狙っていると知っていて、送り出す彼氏がいたら、見てみたいね。』
『ムム……』
『……』
リックと拓海のにらみ合いが続く……
ってか、物凄く無意味なにらみ合いよね……
『リック、観光へ行ってもいいけど、早めに帰るわね。今日は疲れているのよ。』
『ノープロブレム!じゃあ、早速行こうか!』
リックが私の背中に手を添えてリムジンへ促した時、ガシッ!と拓海に手を掴まれた。
「俺も行くよ!」
「えっ?あまり寝ていないわよね?」
「それは杏奈も一緒だろ。」
それから拓海は、リックに向き直る。
『リック、ただの観光なら、俺も一緒でいいだろ?』
『仕方ない……』
結局、拓海も一緒に観光へ行く事になった。
大都市は見慣れているだろうという事で、行き先はお城を選んだ。
『アン!ファンタスティックだよ!』
日本らしい観光地を選んで正解だったのか、リックは興奮気味にはしゃいでいる。
『リック、こっちにキングの着物があるわ。写真を撮ってあげるわよ。』
『サンキュー!』
リックはお城の一角にあった記念撮影コーナーで、着物を羽織り、ちょんまげのかつらを被って、ご機嫌だ。
やっぱり一日くらいは付き合ってあげて正解だったかも♪
『ふふ、リック、気に入ってくれた?』
『もちろんだよ!』
ランチのお蕎麦を頂いた後、お手洗いへ行こうとすると、リックが走って追いかけてきた。
『アン!』
『どうしたの?』
『来週の水曜日、ニューヨークへ帰るんだ。』
『そう、いい思い出になったかしら。』
『泊まっているホテルと連絡先を書いておいた。火曜には返事をしに来て欲しい。』
そう言いながら、一枚のメモを手に握らせてくる。
『リック、私は……』
『返事は火曜に聞くから!待っているから!』
『ちょっと!リック!』
私の返事を待たずに、リックは、また走り去って行った。
はぁ……だから、人の話は最後まで聞きなさいよ……
その日の観光は、お城だけで開放してもらえた。マンションに戻り、夕方前にはシャワーを浴び終えてビールを飲む。
「今日、リックは大人しく引き下がったな。」
リビングでビール片手に、拓海が不思議そうに漏らした。
「その事なんだけど……リックの様子が気になるのよね……嫌な予感というか……」
「どんな?」
「私に拘る割には、私を愛している雰囲気が伝わって来ないし、逆に切羽詰まっている感じもあるわ。」
「それくらい、資金繰りが厳しいのだろう。」
「もう一度ゆっくり話を聞いて、必要なら何かアドバイスした方がいいかしら……」
「自業自得だろ。ほっとけよ。」
「……」
それには返事をしないで、グイッと一気にビールを飲んだ。
嫌な予感は当たってしまった。週明け、私と拓海、課長は本部長室へ呼ばれたのだ。
そこには何故か、ニューヨーク市警の二人がいる。
『初めまして。ニューヨーク市警のベンジャミンだ。ベンと呼んでくれ。こっちは同じく市警のトーマスだ。トムでいい。』
『初めまして。アンナ・マツウラです。アンとお呼び下さい。』
市警二人と、にこやかに握手を交わす。そしてソファへ座ると、ベンから唐突に切り出された。
『アン、単刀直入に聞くけど、リチャード容疑者と接触したよね?』
『……リチャード容疑者?リックは容疑者ですか?』
『正解には、本国を出国した後、お金を騙し取った詐欺の容疑者となったんだ。』
『そうですか……』
それから、同じ大学だった私を訪ねてきて観光へ行った事、アメリカへ一緒に帰ろうと言われた事を話した。
『アン、君は警察庁でも有名だから、すぐに手掛かりが掴めて助かったよ。』
ど~ゆ~意味で、有名なのだろう……聞くのも恐ろしいわ……
『それで、リチャードは何処に居るか知ってるかい?』
『知っています。ご案内の前に、私からリックを説得をさせて頂けませんか?』
『そんな事を言って、逃がすつもりか?』
『信用出来ないのなら、インカムで音声を聞いて頂いても構いません。リックが逃げれないよう、ホテルの部屋の前で待機して下さい。』
『……分かった。』
ただ、私一人で部屋へ入るのは危険だと言う事で、拓海も付き添う事になった。
何とかリックに、現状に目を覚まさせないと……




