第15話・拓海の婚約者と私の元カレ
お見舞いの花束を買って、瀬川さんが入院している病院へと向かった。
いつか拓海を見掛けた総合病院だった。病棟の一番端にある個室のようだ。入口には常に見張りの警官が立っているらしい。
まぁ、誰か分からない人に、狙われた訳だしね……
お嬢様笑顔で、見張りの警官に挨拶をする。
「お疲れ様です♪被疑者に面会は可能ですかぁ?」
「お疲れ様です!ただ今、面会謝絶となっております!」
「そうなのですかぁ……では、この花束を部屋へ置いて頂けますかぁ?」
「実は、何も受けとるなと言われていまして……」
「えっ?誰にですか?」
「私達が指示している。」
後ろから聞こえてきた声に振り向くと、公安の柳沢さんと小野さんが立っている。
「瀬川の事件を担当していた、県警の松浦さんと鶴崎さんですね。」
ん?知っているのにわざわざ聞いてくるって事は、二人を知らないフリをしておけと言う事かな……
「はい、そうです。」
「担当は公安に移っていますが、聞いていませんか?」
「被疑者の容態だけでも教えて頂けませんか?」
「まだ意識は戻らない、予断を許さない状況です。」
「分かりました。教えて頂いて、ありがとうございましたぁ♪」
軽く頭を下げて、その場を後にする。ロビーに降りた時、拓海が感心しながら、話し掛けてきた。
「よくあの一言だけで、柳沢さん達を知らないフリが出来たな。」
「いや、あの一言で充分でしょ。」
「流石は……」
拓海の声が止まった。目を見開いて、一点を凝視している。その視線を辿ると、怒りの形相をした中年夫婦が立っていた。
「貴様!二度とその顔を見せるなと言っただろ!」
中年男性の方は、今にも拓海に掴みかかりそうな勢いだ。それを女性の方が、何とか抑えている。
「わざわざ女連れで来やがって!娘の気持ちを考えたらどうなんだ!」
「申し訳ありません……今日は仕事で……」
「娘一人も守れないで、何が警察だ!」
そして、中年男性は私を睨み付けてきた。
「お前もすぐに、こんなろくでなしとは別れた方がいいぞ!いつか殺されるからな!」
えっ?どういう事?!
「あの日、話があると呼び出された娘は、プロポーズされるかもと嬉しそうに出掛けて行ったんだ!まさか刺されるとも思わないでな!」
男性はまた拓海に向き直って、怒りを爆発させている。
「お前さえ、暗い夜道に娘を放り出す事をしなければ、いや、お前さえ警察で無ければ、娘はこんな目に会わなくて済んだんだ!」
「……本当に申し訳ございませんでした。」
ギュッと拳を握りしめた拓海が深々と頭を下げると、中年夫婦はそれを無視するように連れ立って、病棟エレベーターへ乗り込んだ。
二人の姿が見えなくなり、まだ頭を下げたままの拓海に声を掛ける。
「……拓海、行こうか。」
「カッコ悪いとこ、見られたな……」
「今更ね。」
ポンと軽く拓海の肩を叩いて、駐車場へと促した。
車に乗り込んでも、拓海は黙ったまま微動だにしない。
「拓海?戻らないの?」
「……何も聞かないのか?あんな嫌な思いをさせたのに……」
「聞いてもいいのなら聞くけど、言いたくないのなら無理にはいいわよ。」
「やっぱり杏奈はいい女だな……」
「何?今頃気付いたのぉ~♪」
わざとらしくお嬢様笑顔を向けると、拓海は苦笑いしながら語り始めた。
「彼女とは、同じ柔道場へ通っていたんだ……」
「もしかして婚約者さん?」
「……学生の頃は会う時間も取れていたし、それなりに楽しく過ごしていたよ。」
拓海は言い難そうに、軽い溜め息をついている。
「俺が警察になってから、会う時間が減ったんだ。キャリアの癖にと言われないように、必死で頑張ってな。だけどまだ学生だった彼女には、理解して貰えなかったよ。私と仕事、どっちが大切なのかと言われ続ける事に嫌気がさして、別れる為にあの日、カフェへ呼び出したんだ。」
さっきの男性の話だと、彼女はプロポーズされるかもと思っていたのよね……
「別れを切り出すと、彼女はカフェを飛び出して行ってな。追いかける事もしなかったよ。追いかける資格も無いし……」
「その後、何かあったの?」
「カフェにいる所を、俺が逮捕した事がある奴に見られていてな。奴が彼女を追いかけて襲おうとしたけど、柔道をしていた彼女の抵抗にあったらしく、持っていたナイフで……」
「……それで、彼女は?」
「ずっと意識が戻らない……戻っても障害が残るらしいんだ。一生車椅子らしい。」
「それで責任を取って結婚なの?」
「……目覚めた彼女がOKすればな。」
「そうだったのね……」
キャバクラ潜入の時に自信が命取りになると反対していた事、彼女の話をすると暗い顔をする事、全てが理解出来た。
拓海もまた、心に傷を負っているのね……
いつか拓海が私にやってくれたのと同じように、ガシガシッ!と、拓海の頭を撫でる。
「おいっ!」
「ふふ!部屋にいる、いつもの拓海になったわよ♪」
「あれ?もしかして俺を慰めようとしてる?他の方法で慰めてくれてもいいけど?」
いつもの腹黒笑顔を浮かべながら、私の顔を意味深に覗き込んでくる。
「拓海には慰めよりも、お仕置きが必要なようね。」
「だから俺は、ドMでは無いからな。」
「まぁ、24年も生きていると、色々あるわよ。」
「俺はもう25年生きてるぞ。」
「あら、私よりオジサマ♪」
「杏奈の誕生日は12月だろ?」
「よく知ってるわね。それよりも、更に上のオジサマ達がお腹を空かして待っているわよ。」
「だな。んじゃ、戻るか。」
ちょっと無理している感があるけど、いつもの調子で話せる事に、一安心した。
それにしても、責任を取って結婚だなんて、誰も幸せにならないのでは……だけど、私が口を出す事では無いわよね……
そう思い直し、言いかけた言葉を飲み込んだ。
翌日も押収資料の精査で、会議室に缶詰状態だ。そこへバタバタと鹿野さんが飛び込んでくる。
「松浦さん、一昨年の出入金が確認出来るものはある?」
「右のテーブルの真ん中辺りですよ♪」
「ありがと!」
鹿野さんが出ていくと、今度は蝶谷さんがやって来た。
「杏奈ちゃん!子会社の決算報告書は何処?」
「子会社分は、窓際にありますぅ♪」
「おお!流石は杏奈ちゃん♪」
「蝶谷さん、溝畑は、瀬川が脅していた秘密については、何か言っていますかぁ?」
「今回の裏金の事だと言っているよ。」
「そうですかぁ……」
ガッカリ……
まぁ、裏金の事だと言っておけば、それ以上の調べは無いものね……事故に関わった証拠も無いし……
「杏奈ちゃん、どないしたん?急に黙り込んで……」
「いえ、何でもありません♪」
お嬢様の笑みを浮かべながら蝶谷さんを送り出すと同時に、今度は河猪課長が会議室へやって来た。
「松浦、お客が来ているぞ。」
「お客ですかぁ?どちら様でしょうか?」
「よく分からない外国人だ。」
「外国人……ですかぁ?」
「とりあえず来てくれるか?」
「分かりましたぁ♪」
お嬢様笑顔で答えるものの、頭の中は疑問符でいっぱいだ。
わざわざ訪ねて来るような、外国人の知り合いなんて……
その疑問は、すぐに解決する事となる。刑事部のドアを開けた瞬間、ガバッ!と抱きついて来られた!
「Hey,Ann! Long time to see you!『アン!久しぶり!』」
あれ?この声、もしかして……
サッ!と抱きついてきた人から身体を離し、顔を確認する。
「Rick?!『リック?!』」
「Yes!It's me!『そう!僕だよ!』」
視界の端では八橋さんと拓海が、漫才のようなやり取りをしている。
「おい!鶴崎!いきなり杏奈ちゃんに抱きついたあいつは誰だ!」
「さぁ……僕にも……」
そんな二人を気に留める事も無く、リックは私を凝視している。
「I miss you!Ann!」
そして、イチイチ反応する八橋さん……
「今、あいみすゆ~、って言ったぞ!これなら俺でも分かるぞ!」
「八橋さん、おめでとうございます……」
っていうか、八橋さんの英語力って、どのレベルなのだろう……
リックは悲しそうなオーバーリアクションで、私へ話し掛けてくる。
『アン!どうして一人で日本に来てしまったのかい?』
『どうしてって……あなたとは別れたわよね?』
『僕は納得していない!さぁ、一緒にアメリカへ帰ろう!』
「おい、鶴崎!翻訳しろ!」
「……杏奈さんは別れたと、彼は杏奈さんを迎えに来たと言っています。」
「杏奈ちゃんの元カレなのか?見たくなかったぁ!高身長のイケメン金髪なんて、対抗出来ないじゃないか!」
八橋さん……対抗しようと思っていたのね……
「鶴崎!学歴を聞け!それなら対抗できるかもしれない!」
「ですが……」
拓海は、チラッと私を見て、様子を伺っている。
秘密にしておいたのを知っているものね……
ふと周りを見ると、刑事部が総出で私達の言動に注目しているようだ。
はぁ……隠していたのに、説明しないといけないのね……
「……八橋さん、こちらはリック、アメリカに住んでいた時の知り合いです。」
「えっ?杏奈ちゃん、アメリカに住んでいたの?何処で知り合ったの?」
「同じ大学で……」
「杏奈ちゃんは白菊女学院だよね?」
「その……飛び級で少しだけエール大学に……」
「え、エール大学?!しかも飛び級?」
女性が高学歴過ぎると、日本では引かれると聞いていたから、今まで黙っていたけど、本当に引かれるのね……刑事部がザワついてきたのが分かるわ……
今度から何も知らないお嬢様ではなく、日本の事をあまり知らないという設定にした方が良さそうね……
「鶴崎……お前は何処の大学だ?」
「僕は帝都大学です。」
へぇ~、日本で最高峰の国立大学なのね。それだけ賢ければ、腹黒も上手に隠せる筈だわ……
「よし!俺が許可する!鶴崎が杏奈ちゃんを口説け!アメリカへ行かれてたまるか!」
「無理ですね。一昨日、僕はフラれていますから。」
そう言いながら、腹黒の笑顔を意味深に向けてくる。
一昨日って、なかった事にと言った出来事よね……意外と根に持たれていそうだわ……
「鶴崎まで玉砕かぁ~!」
八橋さんが頭を抱えしゃがみ込んだのを見て、リックが不思議そうに、私へ尋ねてくる。
『アン、彼はどうかしたのかい?』
『……気にしないで。』
『そうそう、今夜はスイートを予約しているんだ。部屋でゆっくりと思い出話なんてどうだい?』
『語る思い出なんて無いわ。』
『そんな事言わないで、せめて食事だけでも……』
『食事くらいならいいわよ。ただ、店は私が決めるわね。』
『いいよ。楽しみにしているね♪』
軽く手を挙げて、リックはやっと帰って行った。
はぁ……嫌な予感しかしないわね……




