第六十二話 女騎士さんは自宅警備?
『シース、何も動かなくていいのです?』
その日の夕方。
部屋でステータスのまとめをしている私に、精霊さんが心配そうな念を送ってきた。
壁に立てかけた剣が、カチカチと小刻みに震える。
革の鞘にランプの灯りが反射して、キラリ光った。
「平気よ。今はそれよりも、私の能力でいかにいざって時を切り抜けるかを考えなきゃ!」
ノートの端をコンコンと叩きながら、頭をひねる。
今の私の能力は、だいたいこんな感じだ。
『名前:シース・アルバラン
魔力量:823(ぐんぐん上昇中!)
魔法:炎魔法・風魔法・水魔法・雷魔法(炎だけファイアーランスが使える!)
技:魔闘法・魔法剣』
「合体スケルトンのおかげで、魔力はかなり増えたわね。この分だと、魔法剣の威力はかなり凄いはずだわ。でもやっぱり、小技に欠けるって感じねェ……」
私は何も、正面切って敵さんと戦うつもりはない。
出来れば、上手いこと戦わずに済ませたいとも思っている。
都の住民はほぼ敵側だから、最悪、軍隊みたいな数と戦う羽目になりかねないし。
第一、敵の大将のタナトスって奴の能力が不明だ。
数が多いだけの雑魚なら切り抜ける自信はあるけど、ドラゴン並のボスにドーンっと構えられたら絶対に勝てない。
そんな奴を何とかするためにも、便利な技があると良いんだけど……。
我ながら必殺技に偏ったステータスだ。
初級魔法もほとんどが攻撃系だし。
ま、いざとなれば魔法剣で怯ませて逃げる……ってとこかな!
進歩がないのがつらいところだけど、今のところはそれしかなさそう。
そうと決まれば、逃走経路の検討をしないとね。
地図を引っ張り出すと、通りの位置や方向を――
「ただいま……」
「おっと!」
階下から聞こえて来たデュラハンの声に、慌てて地図やノートを仕舞い込む。
そうしているうちに部屋の扉が開かれ、やけに暗い顔をしたデュラハンさんが入ってきた。
どよーんとした雰囲気が、私にまで伝染しそうなほどだ。
不死族にしては馬鹿に健康的だった肌も、青白くなっている
「ど、どうしたのよ。財布を落としたみたいな顔してさ」
「うむ。城に怪文書が投げ込まれて騒ぎになっているのだがな。私は何もせずに自宅待機をしろと命じられて……。タナトス様は、私を信頼しておられないのだろうか……」
「へえ、自宅待機って言われたの?」
「そうだ」
やっぱり、ね。
ほんのりと口の端が緩む。
「自宅待機か……。タナトス様としては、あんたのことを温存しておきたいんじゃない? いざって時のためにさ」
「そういうお考えならば、普通は私をそばに置いておくのではないか? 自宅待機など、要らないと言われているようなものではないか……!」
そう言うと、デュラハンは膝を抱えて座り込んだ。
お山の上にちょこんっと置かれた頭が、ちょっぴりシュールである。
「そんなことはないと思うんだけどな。あんた、ちょっとマイナスに考えすぎじゃない?」
「私が重用されないのは、今に始まったことではないからな。強力なモンスターの侵入などがあるたびに、自宅待機だ。それに、私は他の者たちと少し違うしな……」
「何が違うの?」
「昔の記憶がないのだ。最古参のはずなのだが、ここ百年ほどのことしか覚えて居なくてな。他の者はみな、以前のことを覚えているというのに。名前すら、ないんだぞ?」
デュラハンは「はあっ」と重々しいため息をついた。
なるほど、それでデュラハンはデュラハンなのか。
名前を聞いたことがないなと思っていたけど、ホントになかったらしい。
近衛騎士筆頭なのに名無しなんて、そりゃ悩むわねえ……。
タナトスって奴も、なかなかひどいことをする。
「あんた、能天気に見えて意外といろいろ抱えてたのね」
「意外とは余計だ! これでも宮仕えなのでな、いろいろあるものだよ。それにタナトス様は、いろいろと奔放過ぎる方なのでな……。今日もメイドを侍らせて、昼間っから……!」
落胆が、次第に怒りへと変わっていくのが見て取れる。
さっきまで青かった顔が、ゆで上がるかのように赤へと変わって行った。
ぶつぶつとつぶやく彼女の口からは、変態だの女好きだのと言ったワードが次々と飛び出してくる。
これは……私の頭に、雌を侍らせたゴブリンキングの姿が思い浮かんだ。
タナトスって奴……割と救いようがないわね。
独り言を聞いているだけなのに、背筋がぞわぞわーっとしてくる。
「……愚痴ばかり言っていても仕方ないな。よし、気分を変えて今日はご馳走を造ろう!」
「ちょっと待った! ゾンビ肉は! ゾンビ肉だけは使っちゃだめよッ!!」
「む、分かった。少し値は張るが、ダイオウミミズを使うとしよう」
「ふう……」
ダイオウミミズと言えば、ダンジョン外にも生息している巨大なミミズの魔物である。
ゾンビ肉と比べれば、生きてるだけまだマシそうだ。
第一階層では芋虫を食べてたことだし、食べられなくもないだろう。
昨日よりはマシな食事が出てきそうなことに、ひとまず安堵する。
「では、買い物に行ってくる」
「いってらっしゃい。私はここで待ってるわ」
軽く手を振ると、そのまま部屋を出ていくデュラハン。
さあって、これはいよいよ間違いなさそうね。
私はデュラハンが家を出て行ったことを窓から確認すると、すかさず剣を手に部屋を出る。
『お! シース、いよいよ動くのですか!』
「ええ! 今のうちにお宝の場所を探り出すわよ!」
そう言うと、私は階段を下りてエントランスに出た。
けれど外へと続く玄関扉には背を向けて、家の中へと歩き始める。
その行動が予想外だったのか、精霊さんからすぐさま念が飛んできた。
『シース? 忘れ物でもしたのです?』
「違うわよ。ほら、精霊さんも魔力で探って!」
『ほえ?』
「あれだけヒントがあったのに分からないの? 結界は――この家のどこかにあるのよ!」
私がそう言うと、すぐさま精霊さんは「えええええッ!!」っと驚きの念を返して来たのだった――。
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※サブタイ変えました。