83話
前書き。
忘れないうちに、昔の話を書き留めてしまおうと思います。
最初に宣言しておくと、これは失敗の話です。
大変な苦労と、つらい決断の末に、なにも守れなかったお話です。
私はこの話を誰かに語って聞かせることは、ないと思います。
でも、本当は誰かに話したくてたまらないのだとも、思います。
ちょうど、新製品の紙を渡されて、その使用感を語るよう、アレクに求められています。
だから、あの人の作った紙に、あの人のことを書いてみようかと思いました。
あの人とは、アレクサンダーです。
私の夫のような、兄のような人。
思えば、宿で修業をするお客さんからは、化け物のように扱われることが多い彼です。
実際、今の彼は色々と化け物なのでしょう。
だからふと、どうしようもないことを思ってしまいます。
『もし、彼が最初から化け物だったら』。
あるいは、違った未来もあったかもしれない、と。
私たちは宿屋経営をせずに、犯罪者をやっていたかもしれない。
私の父と、二人の母は、まだそばにいたかもしれない。
これから過去の話を記そうと思ったのは、そういうどうしようもない『もしも』に自分の中で決着をつけるため、という側面もあると思います。
前置きが長くなりすぎても駄目だと思うので、本題に入りたいのですけれど、話を始めるというのは意外に難しく、どう書き出したらいいか困ります。
だから私でもよく知った始まり方を、真似させてもらおうと思います。
昔々あるところに。
『輝く灰色の狐団』という、クランがありました。
 




