84話
その季節を回想すると、まずは厳しい寒さを思い出します。
寒いのは嫌いです。
当時、私は『輝く灰色の狐団』というクランで、団員の衣類の洗濯や料理を主な仕事としていました。
クランという集合体は、団長や団員、設立過程によって様々なものがあります。
私が生まれた時からいた『輝く灰色の狐団』はキャラバンに近い集合体でした。
場合によっては拠点から拠点へ渡り歩く、共同生活体、とでも言えばいいのでしょうか。
クエストのためだけに集まった集団ではなく、もっと深い、家族のような付き合いをする団体だったと思います。
というよりも、そのクランは、冒険のための集まりとは言えませんでした。
『輝く灰色の狐団』は、犯罪者や、犯罪者まがいの人たちの集団だったのです。
孤児。
逃亡奴隷。
宿無し。
なによりも、犯罪者。
まともに生きてはいけない人たちが、身を寄せ合っている場所でした。
そもそも、クランの中心人物からして犯罪者です。
クランマスター。暗殺者の『はいいろ』。
副マスター。盗賊の『狐』。
そして、役職こそないものの、ご意見番のような位置には『輝き』という人がいました。
この三人がクランメンバーにとっての父や母、姉でした。
それ以外は、誰しもが息子であり、娘でした。
私は彼らの実子でしたが、ほかの子たちと比べて、特別いい待遇はされていなかったように思います。
洗濯や料理などの下働きを、よくやっていました。
だから、寒い季節の水の冷たさをよく覚えています。
湿った洗濯物の重さも、小さな体をいっぱいに使ってシーツを干したことも、物干しの紐が切れて洗濯をやり直したことだって、覚えています。
たぶん、そんな思い出ばかりの日々は、平穏だったのでしょう。
でも、状況は常に水面下で動いていたのだとも、今からならば、思います。
状況が、私にもわかるぐらい顕著に動き出したのは、たぶん、ある人が入団したころだと思います。
「おーい、新しい団員拾ったぞー」
『はいいろ』の胴間声を思い出します。
回想していると、私の父は、記憶違いかと思うぐらい、顔と声が合っていない人でした。
『はいいろ』は魔族の男性です。
純白の髪に、純白の肌。右目は赤く、左目には眼帯をしていました。
容貌は若々しく中性的です。
いつも身につけていた銀の毛皮のマントも、実用的な防具のはずなのに、彼が着ていると街で流行のファッションかなにかに見えました。
子供心に、父が格好いいというのは、なかなか誇らしいことだったと覚えています。
黙っていれば最高の父親だ、とか失礼なことを思っていた記憶があります。
当時、『輝く灰色の狐団』がねぐらにしていたのは、大きな酒場の跡地でした。
地方都市のさらに郊外にある、屋根のない二階建ての建物です。
仕事のないメンバーは、いつもそこに集まって、ぐだぐだと話をしていました。
詳しい内装はよく覚えていないけれど、乱雑に並んだテーブルと、そのへんにうち捨てられた木材と、中央のテーブルに腰かけていた『はいいろ』の姿はよく覚えています。
「コレな。おーい、起きろよボウズ。いつまで寝てんだ」
父は、拾ってきた少年を乱暴に扱っていました。
よく見れば少年はボロボロだったように思います。
でも、血も流れていないし、服は裂けているのに傷跡もないし、肌がのぞいた場所には打撲のあとすら見えません。
冷静に思えば、不気味な少年だったと思います。
その少年の第一声が、今でも耳に残っています。
「ね、寝てない! ちょっと離席してただけだ!」
意味はわかりませんでしたが、その瞬間、私の中で彼を『おかしな人』に分類したのだけははっきりと覚えています。
好意的な印象はありませんでした。
おかしい人というのは、珍しくもないので、特別な興味もわきません。
『輝く灰色の狐団』は、基本的に来る者を拒まないクランでした。
だからおかしな人が来ることだって、珍しくなかったのです。
あの人もそのたぐいか、とやけに冷静に思っただけでした。
今から思えば、当時の私は、全然、子供らしくない子供だったと思います。
達観していたというか、ませていたというか、とにかく無愛想で無感動で、無礼でした。
言い訳をさせてもらえるならば、たぶん、父親である『はいいろ』のせいでしょう。
父はいつでも楽しそうで、軽薄で、子供みたいな人でしたから、私はそんな彼の姿を見て、自分がしっかりしなければとか、思っていたのかもしれません。
「はっはあ! 愉快なボウズだねえ! ホレ、自己紹介しな」
「じ、自己紹介……?」
「名前ない系の人?」
「それはあるけど……えっと、状況が、よく……」
「わかったわかった。おじさんが解説してやろう。お前さんは、俺様を殺そうとした。俺様はお前さんを返り討ちにした。でも、お前さんはなぜか生きてる。だから連れてきてクランメンバーにしようと思った。以上だ。質問は?」
「質問はっていうか……気になることだらけで……とりあえず、なんで、あんたは自分を殺そうとした俺をクランメンバーにしようとしてんだ!?」
「お、細かいことが気になるお年頃かい?」
「細かくねーよ!」
「大丈夫、大丈夫! 俺様たちは殺し合った仲だろ? お前さん、俺にハラワタまで見せてくれたじゃないか! 体の中を見たんだから、もう親友も同然だろ?」
「……」
いつもの、強引なやりとりでした。
すっかり黙ってしまった少年の微妙な表情を、今でもよく覚えています。
このあいだ、その少年の前で再現して見せたら、『そんな顔はしてない』と言われてしまいました。
絶対してました。
情けないような、困ったような、そんな顔です。
とにかく、『はいいろ』を前に黙ってしまうと、もうおしまいです。
交渉術とは違うのかもしれませんが、あとは『はいいろ』の望むようにされてしまいます。
「というわけでお前さんは団員だ。さあ団員になろう。団員に決定。さあさっさと自己紹介してくれよな? さもないとお前さんの名前は俺様が勝手につけるぞ」
「……」
「そうだなあ……お前さんは殺してもなぜか死なないから、『死なない君』とかどう?」
「……アレクサンダー」
「大きな声で」
「アレクサンダーだよ! 俺の名前は、アレクサンダーだ!」
「はっはあ! というわけでアレクサンダーくんが新しく我らがクランに入団だ! アレクでもアレックスでも好きなように呼んでやってくれ!」
「……くそ、なんでこんなことに」
アレクの心の底から悔やんでいる表情を、今でもよく覚えています。
思い返すたびに笑いそうになってしまいます。
だって、あんまりにも、まともな反応に思えますから。
ともかく、父はアレクを『輝く灰色の狐団』に入れてしまいました。
そうなるといつもの儀式が始まります。
父はそのへんにいたメンバーにお酒をもってこさせ、高く掲げます。
そして、いつものように、号令をしました。
「新しい家族に乾杯!」
杯を掲げて、飲み干します。
周囲にいたクランメンバーたちも、同じようにします。
こうして新しいメンバーを入れた『輝く灰色の狐団』の日々が始まります。
ほぼふた月あと、終わりを迎えるまでの日々は、私にとって思い出深いことばかりでした。




