245話
実に今さらな話だが――
「そういえばわたし、どうして女王とかやってるんですか……?」
ふと気付いて、ソフィは口に出してしまった。
言ってから『しまった』と口をおさえる――最近考えていることがそのまま口に出る瞬間というのが増えた気がして、気をつけてもいたのだけれど、どうにも止まらなかった。
まずいかな、と正面――自分の対面に座る人物を見る。
そこには一見するとまだ幼い少女にしか見えない人物がいた。
ここは冒険者ギルドだ。
その中でも一般にはまず入ることのない場所――ギルドマスターの部屋に、ソフィはいた。
今後、エルフの森周辺のダンジョンにも冒険者を派遣してもらえるよう、話をまとめていたところだったのだ。
対面しているのは部屋の主、クーである。
緑色の髪に、褐色の肌。体つきは小さく、顔つきは幼い。
体のラインが見えにくい、民族を感じさせる衣装を身にまとったその女性は、パイプをふかしながら「あん?」とソフィを見た。
鋭い視線だ。
ソフィはつい、身をすくませる。
「い、いえ、なんでもないです……その、忘れてください」
愛想笑いを浮かべた。
テーブルに山積みにされた書類に隠れるように、深く椅子に沈みこむ。
しばらく、じりじりするような沈黙。
そして、クーが口を開いた。
「そういやあ、あんたにゃ孫が世話になってるそうだな」
しわがれた老婆のような声。
実際、老婆なのだ。
孫までいる。
ホーというドライアドの少女だ。
ソフィも知り合いで――まあ、世話をしていると言えばそういう時もあったし、反対にお世話になっていることも数限りないような気がする間柄だった。
ソフィは緊張しながら「は、はい」と返事をする。
クーはさして興味もなさそうな顔で、手元の資料に視線を戻してから、
「どうだい、孫は」
と、雑談を開始した。
たぶん雑談でいいはずだ――クーの口調も、今までの話し合いとは少々変わって、ぶっきらぼうな感じになっている。
ソフィは先ほどまでとは違った緊張を覚える。
今までは『国家元首としてギルドマスターとの交渉』をしていた。
ここからは、『友人の祖母との雑談』である――おまけに冒険者をしていたこともあるソフィにとって、ギルドマスターというのはなにかと世話になった相手だ。つい固くなる。
「ほ、ホーさんは、その、おひがらもよく……」
「固くなるなよ。ただの雑談だ。ばあさんが孫の友達に孫の様子を聞いてるだけだ」
「それはよくわかっているですが……」
「ふむ」
クーはパイプを吸う。
それから、
「女王の仕事ってのは苦労も多そうだな」
「え? あ、はいです。その……苦労が多いというか、手探り手探りで、なにをしていいかわからなかったり……初代エルフ王ジルベールのなさっていたことをなぞったりもしているのですけれど、どうにも時代が変わっているせいか、問題も出ていて……」
「まあそんなもんだ。人間が世界の中心になってから、あたしらみたいに寿命の長い種族にとっては、色々とせわしねえ時代の流れになっていやがるからな」
「そんな気はするです」
「エルフも森で引きこもってりゃあ、あと二百年は昔のまんまやれたろうにな。実際、ドライアドの連中なんかは英雄の時代と変わらねー暮らしをしてる。……ま、こっちはあと百年も同じままじゃいられねーだろうが」
「そうなんですか?」
「……お嬢ちゃんは、あんまりドライアドのこと知らねーみてーだな」
「不勉強で申し訳ないです」
「人間の社会で働いてると、もう恥以外には思えねー習慣だがな、ドライアドには未だに『男さらい』の文化が残ってる。旅人の男を拉致したり、そういうのだな」
「男さらい?」
「男がいねーから、種族の繁栄のためにな」
「……あー……」
「エルフでも南東の森に行く時には気をつけろよ。まあ、近々終わる文化だろうよ。なんせ他の種族と軋轢が起きすぎる。ドワーフ、獣人に続いてエルフまで全面的に人間と共存するような時代になっちゃあ、ドライアドもようやく変革の時ってわけだ。いやあ、長かった」
「……ちなみにクーさんは、その、旦那さんとは……」
「あたしは身持ちが固くてね。だから森の連中となじめずに飛び出して――まあ、故郷を飛び出したモンのやれることなんざ冒険者がせいぜいだ。旦那とはその時知り合って、旦那は寿命で死んだ」
「人間か、魔族か、ドワーフですか」
「そうだな。他種族がドライアドの年齢をよくわからないのと同様、あたしらも他種族の年齢はよくわからんかった。今はさすがにわかるがな。……旦那はあたしと結婚した時、すでにそこそこの年齢だったそうだ――傍目にはよく親子に見られたよ」
「……ドライアドの夫になる人は、世間の目が大変そうです」
「ドライアドの夫と魔族の親は、未だにそんな感じだな」
「……」
「はあ、マジでホーの結婚とかどうなんのかねえ……アレのもらい手とかいんのか? あたしに似てガサツに育ちやがって」
「でもホーさん、ドライアド的にはまだ子供ですよね?」
「ドライアド的にはな。でも人間の社会で生きてんだから、人間の習慣に従うべきだろうよ。人間だと十五歳を超えりゃあ、いちおうは成人だ。まあ、成人してからさらに三十歳ぐらいまで修行期間が存在するっていうのが人間の文化っぽいがな。……それも古い文化なのか。やれやれ、今がいつなのか、たまに見失うよ」
クーが笑う。
珍しい表情のように、ソフィからは思えた。
少なくとも冒険者をやっていた時分、よく『ギルドマスターの笑顔を見た者はその後幸福がおとずれる』とか噂されていたようだから、あまり見られる顔ではないのだろう。
クーは紫煙を吐き出す。
そして――
「で、あたしの孫とは仲良くやれてるかい?」
「……ホーさんには、いつもよくしていただいているです。わたしは冒険者をやめてしまったので、最近はあんまり一緒にいる時間がとれないですけど……」
「あんた、王都に戻ってからも例の宿屋に宿泊してるそうだな?」
「です。王城に泊まるように女王陛下からはすすめられたですが、わたし、あんまり知らない場所だとよく眠れないです」
「ホーと一緒に寝てるとかいう話をチラッと聞いたんだが」
「………………」
なにかこう、会話の雲行きがおかしな感じになってきた気がする。
ソフィは確認する。
自分は女性だ。
間違いない。こんな胸、男性にあってたまるものか、とギュッとおさえる。
ホーも、女性だ。
間違いない。お風呂にだって一緒に入ったことがある――『ことがある』というか、日常的にそうしている。
なにも問題はない。
性別が同じなのだから。
しかし、なぜだろう――
すごい詰問されてる気がする。
「いえその、一緒に寝ているという表現はちょっと誤解を生みそうな感じですが、やましいところは当然なにもないです。本当にないですよ?」
「当たり前だ」
「そ、そうですよね。当たり前です。そんなの最初から知ってたですよ」
「……いやその、なんだ。あんたがなにを慌ててるか知らねーが……やっぱりホーはまだ母親が恋しかったのかなと思ったんだよ。失礼ながらな」
クーはそう言いながら、ソフィの胸あたりを見た。
嫌らしい視線ではない――これも当たり前のことだ。
ソフィは記憶を探る。
そういえば――
「最近、ホーさんのお母さんが戻っていらしたとか聞いたです。忙しくてまだお顔は拝見していないですが……」
「戻ってきやがったよ、あの馬鹿娘が。……ただなあ、その、あたしらは人間の社会で生きるべきだけど、実際ホーはまだまだドライアドとしては子供だし、無理に大人として扱うのも問題があったのかなとか、今あいつが性格をこじらせてるのはあたしのそういう扱いのせいもあったのかなとか、色々思うところがあるって話だよ」
「なるほど」
「ようするに、孫が心配だったんだ。だから色々聞いた。……あーでも、そうだな。最初からもっと簡単な聞き方はあったかもしれねーな。歳をとるとどうにも前置きが長くなりやがる」
「なんです?」
「ホーは元気か? あたしの知らねーところで泣いてたりしねーか?」
「……」
答えにくい質問だった。
アレクの修行は『あたしの知らないところ』に該当するのだろうか……
でもアレは例外だろうとソフィは考える。
だから――
「元気ですよ」
「そうか。ならいい」
「今のところ一番泣いているのがアレクさんの修行中です」
「………………あの男があんな性格になった責任の一端は、たぶんあたしの娘にあると思うんだよな」
クーが頭を抱えた。
ソフィは笑う――なんだか、完全無欠に思えたギルドマスターも、こんなことで頭を抱えたりするというのを知れて、おかしく思ったのだ。
しばし、沈黙――居心地の悪くない沈黙があった。
それを破ったのは――
コンコン。
ギルドマスターの部屋がノックされた音だった。
クーは顔をあげる。
「……来客?」
つぶやく。
彼女は入室の許可を出しては、いない――だが、ドアが開かれる。
入って来たのは、人間の子供だ。
黒髪の――黒髪である以上の特徴を探すのが難しい、無個性な子供。
その少年、あるいは少女は、慌てた様子だった。
「く、クーさん、かくまっていただけないでしょうか!?」
なにが起きたのか。
ともあれ知り合いらしい――ソフィは立ち上がる。
「……長々と失礼したです。お客様もいらっしゃったようなので、わたしはこれで」
「あ、ああ……」
クーが不可解そうな顔をしている。
上の空という感じだ――なのでソフィは一礼して辞することにした。
無個性な子供とすれ違い、ギルドマスターの部屋から出る。
目に飛び込んで来るのは階下の景色――見下ろせる場所には、冒険者たちの集う、ギルドに併設された酒場の光景。
「……これが全部、ギルドマスターの管理下にあるんですね」
人数は――多いはずだ。
きっと『森エルフ』は、冒険者全体の数よりは、少ないだろう。
実際に、すでにだいぶ数はいなかったのだ。
厳格さに嫌気がさして若者が飛び出すことが少なくなかった――今思えば、森番をしているエルフたちは、ソフィ以外にも多くの若者を黙って見送っていたのだ。
「……わたしが女王にならなくても、いずれ、前までのやり方は誰かが止めたですね」
だから自分が女王なんかやっている理由は――出自とか、タイミングとかが、ちょうどよかったからなのだろう。
だったら幸運だ。
自分以外のエルフを信用していないというわけではない。もうそんなことは言わないけれど、悪いエルフだっている。
そういう人が『ちょうどよく』祭り上げられるよりは、生贄とかの古い、誰も得しない習慣をなくそうと思っている自分が祭り上げられた方がいい。
ソフィはそうやって現実に折り合いをつける。
まだまだ仕事は多くって――そんな毎日がきっと、これからも続いていくのだろう。
……今夜もホーを抱きしめながら眠りたい。




