220話
幸運にも、あるいは不幸にも、ブランとノワはその日の昼に目的のキャラバンを――キャラバンのメンバーを見つけることになる。
『猫球旅団』――猫獣人を主な構成員とした、『狩猟型』のキャラバンである。
見つけたきっかけは偶然としか言い様のないものであった。
『学校』を出て猫球旅団がキャンプ地としているであろう王都南東部に向かおうとしたブランとノワは、たまたまキャラバンメンバーとおぼしき人物を発見したのである。
ブランは思う。今日初めて見た――わけでは、ないのだろう。
今までもどこかですれ違ってはいたはずだ。
しかし、その時、『猫球旅団』というキャラバンに自分の出自があることも、またそのキャラバンの特徴も知らなかったから、覚えていないだけなのだろう。
今は、わかる。
校長からいくつか猫球旅団の特徴を教えてもらっていた。
まずは、猫獣人であること――小規模クランなので、災害などがあると統廃合を繰り返し、必ずしも構成員全員が同じ人種ではないが、猫獣人が多いこと。
次に、『旅団紋』。
これはキャラバンごとに定められた国旗のようなものだ。
猫球旅団は『球体を口にくわえた猫の顔』というのが旅団紋にあたるようだ。
キャラバンメンバーであれば、どこかに旅団紋を刺繍していたり、時には入れ墨として彫っているということだった。
そしてブランとノワは、背中にデカデカと、くだんの紋が刺繍されたマントを発見したのである。
あとを追う。こっそりと。気付かれないように。
多くの猫獣人がそうであるように、足音を消すことと木登りは得意な双子であったが、その尾行は堂に入っているとは言いがたい。
のちにアレクから『修行』という名で呼ばれる名状したがたい英才教育を受ける双子ではあるが、この時はまだその憂き目に遭っていない。
なので人混みに紛れているあいだはまだよかったのだが――
猫球旅団の旅団紋を背負った人物を追い、王都を南門から抜ける。
時刻は明朝だったのが、もう昼前になっていた。
遮るもののない荒野を、昼の光が照らす。
そう、そこは、荒野であった――周囲に隠れる場所がない。
人も遮蔽物もない場所で忍び歩きをしている子供は、逆に目立った。
それが双子であればなおさらである。
「お嬢ちゃんたち、なにか用事かのう?」
背中に猫球旅団の旅団紋を背負った人物は、振り返りもせずに言った。
ブランは沈黙し、ノワは、
「用事なの?」
と、ブランに聞いた。
引っかけかもしれないのに馬鹿正直に応じる姉妹に苛立ちつつ、ブランがなんと返そうか考えていると――
尾行していた相手が振り返った。
それは、圧倒されるほど巨大な人体だ。
首が、太い。手足が、太い。胸板が、厚い。
上半身は肩にマントをかけただけという格好で、隆起した筋肉がよくわかる。
その老人には猫耳が生えていた。
猫獣人なのである――猫球旅団の刺繍を背負っているのだから当たり前と言えるが、ここまで大きな猫獣人、いや人類をブランは見たことがない。
「おや」
巌のような老人は、見た目に反して穏やかな声をあげた。
目をつぶって声だけ聞けば、優しそうなおじいちゃんという感じだ――実物は筋肉塊で、体が大きすぎるせいで妙に顔が小さく見える異様な存在なのだが。
「君らは――街の子かね?」
服装や雰囲気からそう判断したのだろう。
たしかにキャラバン――特に狩猟キャラバンのメンバーと街の者とでは、見ればわかる程度に雰囲気が異なる。
ブランは返答に迷ったが――
正直に言わない理由も特にないなと判断した。
「おっしゃるとおりです」
「ふむ……儂の格好が珍しくてついて来てしまったのかね? 街の子から見れば儂らのような者は、垢抜けない田舎者に見えるじゃろう?」
「そんなことは……」
「気を遣える子じゃな。頭もよさそうじゃ」
老人は穏やかに笑う。
妙な気分だった。
全然雰囲気は違うのに、校長先生と話しているような気持ちになってくる。
老人が――巨大な、筋肉の塊のような、黒い毛並みの猫獣人の老人が言う。
「しかし、まだ子供じゃな。好奇心をおさえられなんだか。知らない人について行ってはならないと、ご両親は教えてくれなかったのかのう?」
「……両親はいません」
「ふむ」
老人の細められた目が動く。
それはブランの首を見て、足首を見て、最後に手首を見た。
だいたい、彼の視線が向かったような場所にあるのだ――奴隷の印は。
もっともそれは、目を凝らさないとわからないほど、薄い。
ブランが生まれるより以前から、奴隷制度は保護制度になっている――かつての奴隷制度を連想させるような首輪や印は、今ではなるべく目につかないものへ進化していた。
「私たちは、自分を売った人たちに会いに来たんです」
ブランは、自分が奴隷であると気付かれた前提で言った。
老人は真っ黒な顎髭を撫でる。
「賢そうな子じゃな。それに、綺麗な子じゃ」
「……え?」
「身なりが綺麗じゃな。体も――傷などは、なさそうじゃ。見えない箇所を痛めているということも、動きから見れば、ないじゃろう」
「……」
「君は大事にされとるな」
「…………それは」
「君が今、自分の置かれている状況をどう思っておるかはわからんが、君の過去はきっと、知るほどのこともなく、知るべきでもないじゃろう」
「なんでわかるんですか?」
「なぜ、君らは儂について来た?」
「……」
「明確な理由がないならば、儂の述べる言葉は一般論として聞くといい。しかし――明確な理由があるのならば、『そういうこと』と思って、受け止めるがいい」
「私が子供だからはぐらかすんですか?」
「家に戻りなさい。ついてきてはならんぞ」
老人がきびすを返し、歩き出す。
ブランは立ち尽くす。
大きな背中と、猫球旅団の紋が刺繍されたマントを、見送る。
――はぐらかされた。
隠された。
謎が――ある。
『自分の出自を知ること』は大きな目標というわけではなかった。
あくまでも、アレクのことを知るための一つの方法だ。
なぜアレクは自分たちを引き取ったのか?
自分たちには金銭と手間を費やしてでも引き取るべき付加価値があるのではないか?
その理由を明確にすることで、アレクという謎の塊を解き明かす一助としよう――そんな程度の考えだった。
でも、今、はぐらかされたことで――優先順位が上がる。
ブランは静かに拳を握りしめて、つぶやく。
「絶対に、知りたい」
その横で――
ノワが「もう帰れる?」とブランに聞いていた。




