218話
店は繁盛しなかったが、奴隷商人は双子をアレクに売った。
そもそも経済状況は申し分なかった。働く必要がないぐらいの資金を夫婦は持っている。
見たかったのは人柄だったが、この夫婦の、特に夫の方の人柄は、奴隷商人が判断するにはあまりにも規格外のものだった。
『頭がおかしい』という判子を押して取り引きを断わってもよかったが、教えればすぐさま学ぶ二人に子供を任せるのも面白いと思った。
ありえないことだ。
面白いという理由で子供を売るなど、今までになかったのに――いや、売ってさえいない。代金代わりにアレクとヨミに商売の基本を教えるというだけで、終わってしまった。
この時を境に奴隷商人は商売を替えた。
自己の変質を感じ、奴隷商人として今まで通りにやれそうもないと思ったのが理由か。
ともあれ、とある事情により、新しい仕事を始めることになった――その仕事の資金とアイディアをもらってしまったというあたりも、双子をアレクたちにあずけた理由としては大きいかもしれない。
若い夫婦にもらわれた双子の奴隷は、白い方が『ブラン』、黒い方が『ノワ』という名前をつけられた。
二人とも優れた才覚を見せたが、特にブランは早い段階でその特異性を発揮した。
頭がいい。
三歳になるころにはもう大人が読むような書物を読みあさるような子供だった。
頭の働きが他の同年代の子と比べてもあきらかによく、四歳になる前には色々なことを考えるようになっていた。
たとえば、人種。
自分と父親は違う人種だ――これはいい。そういうことはある。親同士が違う人種だった場合、そのどちらか、あるいは魔族として生まれることはある。
だが、母親も自分と違う人種だった。
獣人というくくりではあるが、母は狐獣人であり、自分は猫獣人だ。
父とも母とも違う。
だが、自分は魔族ではない。
それら情報をつなぎ合わせ、結論を推測する――そういう思考を、四歳になる前にはすでにできた。
それでも、わからないことがある。――わからないなら、知りたい。
ブランはいつでも答えを求めていた。不思議なことを放置するのが苦手だった。
でも、人に答えを聞くのも苦手だった。
子供はあなどられ、はぐらかされるものと学んでいたからだ――大人は、子供の真剣な問いかけを案外簡単にあしらう。
たぶん答えを知らないか、面倒かのどちらかなのだろうとブランは思っていた。
当時のブランにとって、多くの大人は『面倒くさがり』か『バカ』に分類された。
だからブランは、わからないことがあると、まずは一人で考える。
次に該当する資料があれば、それを読み込む。
該当する資料がない、または手に入らないか、自分の独力では読むことができない場合、ようやく人に――父に聞くという行動に移した。
ブランにとって尊敬できる大人がいたとすれば、それは父だけだった。
面倒がらずなんでも答えてくれる。
答えを知らなくても真摯に考えてくれる。
理想的ないい大人――なんにでも答えを求めていたブランに、父アレクはそのような存在に映った。
……それが異常なことだとは、気付けない。
「なんで私とノワは、パパともママとも人種が違うんですか?」
「それはね、お前たちが俺たちの本当の子供じゃないからだよ」
普通の人が答えに詰まるような質問に対し、アレクは何気なく答える。
『お前たちは自分たちの本当の子じゃない』――これはどうだろうか、普通の親ならば、たとえ事実だろうとも、まだまだ幼い我が子に言うことはしないのではないだろうか?
普通の子は衝撃を受けるし、その衝撃を普通の大人はおもんばかる。
でも、アレクは答えたし――
ブランは『そうなのか』と納得し、答えを得た快感に打ち震えるだけだった。
本当の子供じゃないなら、自分の本当の両親はどこなのか?
なぜ彼らが自分たちの親のようにしているのか?
通常、衝撃と同時に襲い来るこのような疑問は、まだブランの中には去来しなかった。
タイムラグがあった。
五年のタイムラグ――九歳になったころ、ブランは抱くべきだった疑問をようやく抱いた。
きっかけは、記憶に残るほど鮮烈なものではない。
ただなんとなく――血がつながっているのに頭の悪いノワに不満を覚えたとか、市場で売られている奴隷の手首に自分と同じ印があったとか、そういう色々が積み重なる時期があっただけだったのだろう。
「どうしてパパは私とノワを買ったんですか?」
抱くべきだった疑問は、やはりアレクにぶつけられた。
彼はなんだって答えてくれるし、いつだって面倒がらずに応対してくれる。
だが――アレクが、答えに詰まった。
しばしの沈黙を経て出て来た答えが、
「…………なんでだろう? わからない」
答えになっていなかった。
ブランは疑問を覚える――疑問の答えに対し疑問を覚える。
『わからない』。
赤ん坊の世話が大変だということぐらい、まだ幼いブランにだってわかる。
そして、奴隷というのは総じて高いものだ――高いお金を払って、世話の大変な赤ん坊を二人も買う。
特別な理由がないわけがない。
なにか隠している――ブランは理論的に結論した。
知的好奇心に火が点く。
様々な思いが一気に渦巻いた。
そういえば自分はアレクのことをよく知らない。
彼の考えは普段から読めないなとか、経歴が他の子の親と比べて特殊だなとか、いつまで経っても丁寧な言葉遣いが上手にならないなとか、異世界出身と普段から言っているがどうにもジョークじゃなさそうだなとか――
気付けば、アレクは謎だらけの存在だった。
自分のそばに、こんなにも大きな謎があったのだ。
解き明かしたい――ブランは答えを得るのが好きで、謎が解ける快感が好きだった。
だからまずは、父親が自分たちを買った動機を追おうと思った。
そのための手段として、自分たちの出自を追いかけようと、考えた。
自分たちには、大変な世話と多額の金銭を費やしてでも買うに足る付加価値があるのか?
そもそも奴隷という立場なのに、なぜアレクとヨミは自分たちを娘として扱うのか?
なにか自分たちを娘として育てて、彼らに利益が生じるのか?
自分たちは――なんなのか?
おおよそ子供の思考ではない。
だから、ブランの姉妹――唯一血がつながった存在のノワなどは、開示されたこの思考に対して、
「……ブラン、アホなの?」
と、まったく理解できない顔で首をかしげた。
ノワにとって、ブランは意味のわからないことを興奮してまくしたてる理解不能の存在でしかなかったのである。
しかしブランの目からはノワの方がアホに映った。
頭が悪くてかわいそう――憐憫さえ覚えた。
だからブランは決定する。
「私たちが買われた理由を知りたいと思いませんか?」
「べつにいいよ」
「明日の朝、パパとママ――アレクさんたちに黙って、調べに行きますよ」
「なんでブランはよく知らない人みたいなしゃべりかたするの?」
「頭がいい人は頭がいいなりのしゃべりかたがあるんです」
「ふーん」
という会話で、姉妹の知能差を感じて、自分がコイツを引っ張ってやらないとと使命感を抱いたりもして――
翌日。
アレクとヨミが起きる前にノワを引きずって寝室を出た。
「なんで? どこいくの?」
ノワは眠そうに言うが、説明しても彼女の知力では理解できないだろうとブランは考えていたので、なにも言わずに荷造りをさせる。
自分のルーツを探る――
どのぐらいの旅程になるかわからない。
食料や必要と思われる道具をリュックに詰め込み、それを背負って、また、なにもわかっていないノワに背負わせたりして、こっそり家を出る。
気配を殺し、足音を殺し――とはいえまだ修行を受けていないころだから、子供の忍び歩き以上のものではないが――『銀の狐亭』の入口を開く。
すると、
「二人とも」
ドアの外で待ち受ける人物。
その男性は、先ほどまでたしかに眠っていたアレクだった。
いつまわりこまれたのかわからない――そもそもまわりこまずに普通に声をかける選択肢はなかったのだろうか?
アレクの行動はブランに新たな謎を抱かせる。
その謎の人物は宿屋の外に立ちふさがり、手で宿屋内部を指し示した。
ベッドに戻れということだろうか――ブランは自分の旅が一歩目で妨害される予感をひしひしと感じた。
しかし、アレクの発言は予想だにしないものだった。
「出かけるなら、セーブをしてから。家に帰りたかったら、ロードを宣言するんだよ」
彼の指し示した先、受付カウンターの横には、青く発光する球体――セーブポイントがあった。
『出かける前にはセーブをすること』。これが、この家で定められたルールだったのだ。
なので、ブランとノワはセーブをする。
アレクに見送られて、家を出る。
「どこいくの? なにしにいくの? ノワはねむいよ?」
まだなにも理解していない妹――実際のところどちらが姉でどちらが妹かわからないが、能力差をかんがみるに間違いなく妹のノワの手を引き、歩いて行く。
彼女の質問には答えない。
なにも理解しなくてもいい。なにかあったって自分がどうにかする――そう思いながら、ブランは最初の目的地を目指した。




