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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
十五章 メリンダとリンジィの償い

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210/249

210話

 メリンダには心の底から信頼できる人が三人いて、そのうち一人とは最近会っていない。

 やたらと強気な人だ。

 出会いはその昔、祖母と一緒に貴族のお屋敷に薬をとどけに行った時で、その貴族のお屋敷には、メリンダやリンジィよりも少し年上の女の子がいた。



「貴様ら、平民の子だな! ちょっと来い!」



 明るい中庭の景色を鮮明に思い起こすことができる。

 緑あふれる庭園。花壇があり、草花がアーチや壁を作っていた、ちょっとした迷宮。

 真っ白いテラス席で待つその女の子は、幻想的だった。


 人間の、貴族だ。

 薄い赤の髪に、赤の瞳。角度によっては桃色にも見える、幻想的な髪と目だった。

 着ているものはいかにも高級そうなドレスで、その子はいつでも中庭にある白いテラスに一人ぼっちでいた。


 リンジィとメリンダは、すぐには呼び出しに応じることができなかった。

 まだ子供だったが、子供ながらに色々聞かされていた。

 貴族について。

 母も父もいないリンジィとメリンダにとっては祖母の教育がすべてで、古い人は貴族を神か化け物のように扱うことが多い。


 特別な力があるだとか。

 機嫌を損ねると晩餐の材料にされるだとか。


 それは平民の子供向けのおとぎ話もまざっていたかもしれない。

 とにかく、リンジィとメリンダにとって貴族とは『よくわからない怖い存在』だった。

 たとえそれが同じぐらいの年齢の女の子でも、怖さは変わらない。



「早く来い!」



 怖いから、二度目の呼び出しには応じざるを得なかった。

 リンジィは「大丈夫、私が守るから」と言う。

 幼いメリンダはこくりとうなずくだけだ。


 魔族。

 父は職人街の店で働くドワーフで、母は薬屋で産まれた人間だった――らしい。

 通常、子供は両親どちらかの種族で生まれるが――たまに、どちらでもない種族が生まれることがある。


 魔物にでもはらまされた子――そんなひどい表現がいつしか定着して、真っ白い髪に真っ白い肌、左右で色の違う瞳という特徴を持つ種族は、『魔族』と呼ばれるようになった。

 いじめられる。


 どうして両親と人種が違うんだ――それはもちろん、『そういう事例がある』としか説明できないし、違う種族同士からは時折魔族が生まれるというのは、とっくに誰もが知っていた。

 でも、人は知識だけで生きているわけではない。

 違うということは、それだけで差別の対象になる。差別する側は、誰かを差別する理由を欲しているだけだ。だから理屈ではどうにもならない。


 ……それに、メリンダとリンジィの家は古くから続く薬屋だった。

 そのことも無気味だと、そう言われてた。


 メリンダは姉の背に隠れたまま、貴族のそばへ近付いていく。

 貴族はメリンダたちを立ち止まらせると、じろじろと見たり、くんくんと嗅いだり、周囲をうろうろと歩き回ったりした。


 怖かった。

 メリンダはリンジィに抱きついて動けない。

 リンジィはリンジィで、貴族をにらみつけるだけだ。


 貴族の少女はしばらく歩き回ってから、リンジィの目の前で足を止める。

 そして、



「なんか苦いにおいがする」



 出し抜けにそんなことを言われた。

 それは薬のにおいだった――メリンダの家には様々な薬の材料があるし、家で調合もしているので、体にしみついたにおいがとれないのだ。



「お前たちはどういう関係なんだ?」



 メリンダは、魔族だった。

 リンジィは、人間だった。


 人種が違う。

 まぎれもなく血縁があって、間違いなく姉妹なのだけれど、初見で二人を姉妹だと思う者は少ない。



「姉妹です」



 答えるリンジィの声は、ムッとしていて、うんざりもしていた。

 数え切れないほどされた質問であり――そして、その後の展開もわかりきったものだったからだ。


 次に、絶対難癖をつけられる。

 人種が違う、事情を説明させられる。でも魔族が生まれる事情なんかみんな知っているから、説明しなくても勝手に理解する。血がつながってないんじゃないか、おかしいんじゃないかと言われ、そこからはやしたてられる。

 ひどい時には呼び止められ、泥を投げられたりもする。


 たぶんこの時、リンジィはそのような展開を予想し、覚悟していたのだろうと、後に思い返してメリンダは理解している。

 だからこそ、その後の展開が、リンジィにとっては意外だったのだろう。



「貴様、妹かわいくてうらやましいな」



 褒められるという経験が圧倒的に不足していた。

 幼くして、二人をかわいがってくれるのは、もはや祖母だけだった。

 だから出し抜けに褒められて、リンジィは――メリンダも、どうしたらいいか、わからなかった。



「貴様ら、通いの薬屋の孫だろう? あの、怖い話に出てくる魔女みたいな老婆の」



 祖母をけなされたのだが、呆然としていたのだろう、リンジィは「そうです」と答えるだけしかできなかった。

 貴族の少女は、ニカッと笑う。



「つまり、また来るな? 私のおじいさまが存命中は通うはずだから」

「ええ、たぶん……」

「だったらその時、また私のところに来い。その時はきちんと準備してもてなしてやる」

「……えっと、えっと」

「私には話し相手がいない。つまらないから、貴様らを話し相手にしてやる。今日はちょっと準備が足りないけど、今度来た時はお茶会をやろう。だから来いよ。絶対来いよ! 来なかったら恨むからな! すっごい恨むから!」

「あ、あの……」

「私、ラウラっていうんだ。お前は?」

「あ、はい……リンジィです」

「そっちの白いのは?」

「この子は……」

「白いのに聞いてる。お前にじゃない」



 口ぶりは傲慢でわがままだった。

 でも、自分をジッと見てくる瞳は真摯で、真剣だった。


 ……だからだろう。

 メリンダは、たぶん初めて、自分の口から名乗る。



「……メリンダ」

「そうか、白いのはメリンダで、黒いのはリンジィだな! 次に来た時まで忘れないようにしないとな!」



 じゃあな、と貴族の子――ラウラは去って行った。

 それがラウラとの最初の記憶で――


 ――たった数ヶ月しか続かなかった、幼い楽園の、輝ける思い出だった。

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