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182話

「よしヨミ、俺たちも俺たちで修行しよう。姉さんとクーさんには秘密で」



 クーさんの家でした。

 その時、その空間にいたのは、私とアレク、そしてホーさんだけだったと記憶しています。

 だからこそアレクもこんな相談を持ちかけてきたのでしょう。


 時刻は昼ごろだった気がします。

 たまたまクーさんからの依頼がない日で、私とアレクは暇をもてあましていました。


 いえ、『暇をもてあましていた』というのも正確ではないのですが……

 ともかく、アレクの中で優先順位の高いタスクのなかった日でした。



「……修業?」



 私は、たしかホーさんを膝に乗せて、テーブル席に座っていたはずです。

 いえ、大人しく座っていたかどうかは、自信がありません。


 ホーさんは、大人しい子ではありませんでした。

 抱きあげるとバタバタと手足や髪を振り回して楽しそうに暴れ、かと思うと急に動きを止めて不思議そうな顔になります。

 まるで『あれ? 今誰かこのへんで暴れてなかった?』とでも言いたげな、それはなににそんなにおどろいたのかわからないような、目をまんまるに開いた顔でした。


 暴れたのはあなたです。

 不思議そうな顔をしないでください。


 ……というようなホーさんに手を焼いている私の隣で――

 アレクは、椅子と体をこちらに向けていました。



「そうだ。修行。『はいいろ』たちのところでやってたような……」

「……それならしばらく休んでるだけで、いつもやってたじゃない」



 そうなのでした。

『はいいろ』が亡くなってからも、アレクは父らに課された修行を続けていました。


 アレクは、っていうか、私もなぜか付き合わされていました。

 ……いえ、付き合わされていたというか、当時の私はアレクのそばから離れることがほとんどなかったので、なんだか一緒に修行をする流れにされていたと言いますか……


 そのお陰であまり死なずにダンジョン制覇を成し遂げられるぐらいの力は、私もアレクもすでに持っていました。

 まあ、もちろんダンジョンの難易度にもよるのですが。



「でもさ、ヨミ、あの修行はそろそろ頭打ちだと思うんだよ」

「……どういう意味?」

「俺たちは強くなっただろ? だから、いつまでも低レベル時のレベリングをやってないで、レベル帯に合わせた稼ぎ方を開発していかないと」

「…………?」

「えーと、お前にわかりやすく言うとだな、うどん作り慣れたら、もっと細いそうめんとか作ってみたくなるだろ?」

「……わかるような、わからないような」

「とにかく――じれったいんだ。もっと強くなりたい。それも、手早く、効率的に」

「……強くなってヘンリエッタさんにいいところを見せたいの?」

「……なんでそうなるんだ?」



 この失言は強く記憶に残っています。

 思えば私にとって――というかアレクにとって、私の母たち以外の、大人の女性がそばにいるなんていう時期は、ここぐらいだった気がします。


 だから、冷静ではなかったのでしょう。

 アレクをとられる、という――恋愛感情や嫉妬ではなく、子供っぽい独占欲でした。



「……なんでもない」

「そうか? まあでも、姉さんにいいところを見せたいっていうのは、ないでもない」

「…………」

「なんでにらむんだ……ほら、姉さんの好感度が上がるとさ、修行がいい感じになっていくって言われたろ? だから俺は、今、ある意味であの人を攻略してる」

「…………」

「そういう意味で強くなりたいし――同じ意味で、お前のアドバイスもほしい」

「なんで?」

「お前、女の子にモテるじゃないか」



 この人、まだ私のことを男だと思っていました。

 そろそろ胸とかもふくらんできているように、自分では思っていたのですが……


 いっそ、その場で服を脱いで裸を見せてやろうかとさえ思いました。

 しかしそれでも『いや、男だ』と言われたらもう取り返しがつかないなと思ったのと、あとはいきなり全裸になったら今後の関係に支障をきたしそうなので、やめました。

 まあ、さすがのアレクも裸を見たら私の性別を理解するということは、もう少し後で起こる事件によって判明するのですが……


 アレクが私のことを『女の子にモテる』と表現したのは、普通にクランにいた同世代の同性の友人と遊んでいるところを見たからでしょう。

 私が同性の友人と一緒にいるところが、彼には『女の子の中に一人だけ男がまじって遊んでいる』ように見えたのだと思います。


 第一印象はなかなかくつがえせないものだなと思いました。

 最初にはっきり『ヨミです。女性です』と名乗っておかなかったのが悔やまれます。


 私はたぶん、ひどく不機嫌な顔になったと思います。

 アレクはよくわかっていない顔でした。はっきり覚えています。



「……まあ、複雑な年齢だもんな。みだりに『モテる』とか言われるのも嫌か」

「…………」

「なんだなんだ、無言でホーを差し出して……抱っこ代わるか? ……なんだなんだ、無言でホーを俺の顔面……顔面に近付けるな! 髪が! 髪がからみついてくる!」

「……」



 アレクがみるみる顔面毛玉お化けになっていきました。

 ホーさんの楽しげな笑い声だけがアレクの毛玉頭部から聞こえました。


 しばしして――

 ホーさんが満足したらしく、アレクが解放されました。

 彼の顔はよだれでベトベトでした。



「……………………すっごい吸われた」

「……ふん」

「なあヨミ、なんかすごい機嫌悪くないか?」

「……別に」

「そ、そうか……? えっと……それで…………修行を、したいんだ」

「ヘンリエッタさんのために?」

「いや、まあそう言えなくもないけど、結果的には、自分のために、だな」

「……強くなりたいんだ」

「そうだな。実際、クーさんに勝てないし、『無詠唱魔術』にはおどろかされた。……同時に俺の弱点も浮き彫りになったしな」

「弱点?」

「そうだ。実は俺――不器用なんだ」



 とっくに知ってました。

 クランの子供たち……当時の私と同年代だったメンバーたちのあいだでも、『マスター不器用だよねー』『マスター情けないよなー』と大評判だったぐらいです。



「……そうかもね」



 私は正直に色々話すのもかわいそうに思ったので、そう言うだけにとどめました。

 彼はあくまでも真剣な顔でうなずきます。



「クーさんと姉さんの共通点、わかるか?」

「……性別?」

「それもそうだけど、そうじゃなくって、戦い方の共通点」

「……クーさんは、髪で戦う……ヘンリエッタさんは、魔術師…………共通点……?」

「どっちも、どこから攻撃が来るかわからない」



 ……アレクの才能について、おおよその人は『ない』という見解を示します。

 ですが、『はいいろ』や『狐』が言っていたように、自己客観視において、彼はぬきんでたところがあると、私は感じます。

 まあその『自己客観視』は戦闘などの緊急時で発揮されるものであり、普段の言動などを客観視できているかどうかは、ちょっと言うまでもないというか……

 できてないです。



「髪の毛での攻撃は、上下左右どこから来るかわからない。無詠唱、複数発動をしてくる魔術攻撃は、もっとどこから来るかわからない。……あの二人は『一人』じゃないんだ。一人にして複数人みたいな、そういう攻め手の豊富さがある」

「だから、不器用なアレクは対応できないっていうこと?」

「そうだ。『はいいろ』のおっさんと、クーさんは、そこまでステータス的に変わらない。でもクーさんの方が戦いにくかった。ようするに、相性の問題だ。一度にいっぱいやられるとどうしていいかわからなくなる」

「…………」

「で、質問なんだが――俺は、器用になれると思うか?」

「……………………………………………………」

「……もういい、わかった。一生懸命フォローを考えてくれてありがとう」

「……うん」

「だから俺は考えたんだ。不器用で、器用になることのできない俺が、どうしたらあの二人の多角的な攻撃に対応できるか」

「どうするの?」

「全部の攻撃が止まって見えるぐらい、俺が速くなればいい」

「……」



 この時初めてアレクの本質を見た気がしました。

 それは周囲に噂されるレベルをはるかに超えた不器用さでした。



「機転で勝負できないから、性能で勝負する。でも、性能でさえ今は勝負にならない。だからプレイ時間で勝負する。ようするにそれはレベリングで、やることをゲームじゃない風に言うなら、『修行』だ」

「……」

「もしもクーさんが俺を殺しに来てたら? もしも、姉さんがヨミを殺すつもりだったら? ……そう考えると、怖くて仕方ない。今、クランでまともに稼げるのは、俺とお前だけだ。この二人が死んだらクランメンバーが路頭に迷う。……それは絶対に避けなきゃいけない。だから俺は、もっと強く――」

「なんで?」

「……なにが?」

「そこまでアレクが、みんなのためになろうとするのは、なんで?」



 私が当時、一番理解できなかったのがその部分でした。

 だって彼は、言ってしまえば『はいいろ』の勝手でクランを継がせられることになっただけなのですから。


 クランに残った子供たちの人生なんか、背負う理由がありません。

 いえ、客観的な『彼しかいないから』という理由はあるにせよ、彼の主観において、動機の方が、ないはずなのです。



「……『なんで』は考えたことがなかったなあ……えっと、そういう流れだったから?」



 彼の答えは、ふわふわしていました。

 これには彼自身も納得できなかったようで、しばらくぶつぶつと理由らしきものをあげつらっていました。



「……ほら、ゲームって多くのイベントが基本的にお使いっていうか、モチベーションはキャラの方にはあるかもだけど、プレイヤー側はただ呈示された目的を達成し続けるだけだし、理由とかは『そこにイベントがあるから』以上のものは……ああ、そうだ」

「?」

「『他にやることがないから』」

「…………」

「そんな顔するなよ。……あのな、誰もが立派な理由のもと行動してるわけじゃないんだ。むしろ行動自体が理由になってるケースだってある。俺なんかはたぶん、そういうタイプだ。お前らがいなかったら、働くモチベーションが湧かないで、のたれ死んでると思う」

「……そうなの?」

「たぶん。だからまあ……うん、俺はきっと、自分のために、みんなのために、動いてる。よくあるだろ? 『なんであなたは仕事をするんですか?』『家族のためです』みたいなさ。理由が自分の外部にあるのは、そうおかしなことじゃない」



 おかしなことじゃない、というのは、まあ、わかります。

 彼の語る『モチベーション』は最終的に共感ないし理解しうるかたちでまとめられました。


 だからこそ、ふわふわして感じるというか――

 アレクは昔から、もっと行動原理が独特なので、私は『まともな行動原理』を語る彼に一抹の不安を覚えもしました。



「ともかく、強くなろう。生きるために」

「……うん」

「で、修行ならさ、他のやつらにも試せるだろ? いきなりダンジョンに放り込むのはアレだけど、その前段階として修行させて、教育させられるなら、みんなを強くしていくことが可能……ああもうわけわかんなくなってきた。とにかくレベリング――修行をしよう!」



 結果だけ言えば、『いきなりダンジョンに放り込む』方が『修行する』よりもマシなんじゃないかという修行が完成することになるのですが……

 それはもう少し先のお話です。


 そんな感じで、アレクの修行開発が開始されました。

 彼は、



「手伝ってくれ」



 そう言いました。

 私は、



「わかった」



 と、言いました。

 ……とんでもない安請合いでした。


 まあ、この時の私は『はいいろ』たちが行っていたレベルであれば、自分もこなす覚悟があったので、そう考えなしということでもなかったのですが……

 まさかあんなことになるとは。

 今もって当時の自分の判断と行動を後悔し、反省しています。

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