183話
「ヨミ、千回だ」
修行考案のため、私たちは制覇したダンジョンへ来ていました。
とりたてて特徴のない、レベル三十程度のダンジョンだったと思います。
覚えているのは塔タイプのダンジョンであることと、一階にエントランスみたいな空間があったことです。
私とアレクは、その誰もいないエントランスで、大きめのがれきの上に隣り合って座っていました。
「……千回?」
アレクの発言が意味不明なので、私は聞き返しました。
いつもだいたい彼の言葉の意味は不明ですが、今回はあんまりにも出し抜けで、比べようもなく意味不明だったのです。
「ああ。千回だ。修行を開発するわけだけど、最低千回は試行しないと、データと呼べるものはとれない。だから、千回試す」
この時点で私は修行開発への協力を後悔していました。
しかし、事態は私の予想をはるかに上回っていて、後悔してもし足りないものであるということが、のちに判明します。
「……大変そうかも」
「でも、修行だから。どのみち通算試行回数は千回を余裕で超えると思うし――しっかりやらないと。いざという時にデータが足りなくて不慮の事故が起きでもしたら……それで俺たちがいなくなったら、誰がクランを支えるんだよ」
「……」
「そういうことで、これから千回行う修行をどうするか考えよう」
まさかのノープランでした。
すでにアレクの中では草案があるものと、この時の私は思っていたのですが……
「……パパのとこでやってたやつは、だめなの?」
「それはほら、頭打ちだって言っただろ?」
「……でも、具体的になんにもないんだったら、やるしかないし」
「まあ聞け。おっさんの修行は総括的に鍛え上げられる、まさしくレベリングって感じだったけど……それだけに、伸ばしたいステータスを伸ばすことが難しい」
「……?」
「おっさんの修行だと、魔術師であろうが、戦士であろうが、関係なく全部のステータスを伸ばすんだ。でも、魔術師なら魔法関係のステータスを狙って伸ばすのが効率いいし、逆に戦士で魔法関係ばっかり伸びても困るだろ?」
「……うーん……」
「だから、狙ったステータスを特に伸ばせるようなものを開発したい」
「どうやって?」
そこが最大の問題でした。
なにせ、アレクが考えるしかないのです。
彼には『ステータス』なる数値が見えていますが、私には見えません。
だから、私にとって鍛えるとは『強くなる』ということであり、彼の言う『総括的に鍛え上げられるもの』でしかないのです。
賢さだけ伸ばす、とか。
腕力だけ伸ばす、とか。
そういう狙い撃ちみたいなものは、そもそも狙うものが目視できるアレクでなければできません。
「具体案はない。ただし、やるべきことはわかってる」
「……どんな?」
「つまり、『死ぬ気』が大事だ。死ぬ気でやれば、なんでもできる」
それは精神論のようでいて、精神論ではありませんでした。
実際に死ぬ気で――というか死にながら修行をした彼の実体験に基づく発言なのです。
「そして、そしてだ。姉さんやクーさんに色々教わってわかったこともある」
「……色々」
「色々だ。……あの二人はおどろくほど戦い方のタイプが違う。クーさんは戦士で、姉さんは魔術師だ。クーさんは強いけど魔法はからっきしだし、姉さんは器用だけど力は全然だ」
「……うん」
「この違いはどうして出たのかを、俺は考えた。そしてたどりついたのは――『それしかやってこなかったから』っていう結論だ」
「……?」
「魔法だけ使ってれば、魔法が得意になるだろ? 反対に、肉弾戦ばっかりやってたら、肉弾戦を得意とするだろ?」
「まあ……」
「だから、魔法関係を鍛えたい場合は、魔法関係以外を使用しない、みたいなことが必要だと思うんだ。ようするに――縛りプレイだな」
「縛りプレイ」
「そう、縛りプレイだ」
アレクは大真面目な顔でした。
でも遠い異世界の単語を使われているせいで、私には彼の真剣さがあんまり伝わりません。
「そこで、まずは『魔法以外使わずにダンジョンマスターの部屋までたどりつく』ということをやってみようと思う。もちろん、制覇済みじゃないダンジョンで行う」
「……魔法、苦手」
というか当時、使ったことがありません。
『輝く灰色の狐団』には、魔法を教えてくれる人がいなかったのです。
それはアレクも知っているはずなのですが……
「だから、やる」
彼はこういう人でした。
不器用というか、真っ直ぐというか、前しか見えないのです。
「大変だから、縛りプレイになる。いつも肉弾戦でしか戦ってこなかった俺たちだからこそ、魔法しか使えないというのが修行になるんじゃないか」
「…………でも、うっかり剣とかナイフとか使っちゃうよ」
「そしたら死のう」
「…………」
「縛り違反したら、ロードしてやり直しだ。縛りプレイ界の常識だ」
そんな世界は知りません。
ひょっとしたらアレクが前世をすごしたのが、その『縛りプレイ界』なる世界なのかもしれませんでした。
だって聞くだにまともではありませんから。
「ヨミ、俺と一緒に縛りプレイをしてくれるか? 千回ほど」
なんでしょう、その発言は第三者に聞かれたら誤解を招きそうに感じましたが……
誤解された方がまだマシな、荒行というか、奇行というか、そういうものへの誘いでした。
幸いにも、その場所には『第三者』なるものはいませんでしたけれど。
私とアレク、二人きりです。
だから私は誰にも相談できず、一人で考えるしかありませんでした。
この修行開発に協力するか、どうか。
だいたい、魔法を今までまともに使ったことのない私たちが、魔法だけを使用してあっさりダンジョンマスターの部屋までたどりつけるはずがないのです。
絶対に途中で死にます。
つまり、千回死のう、というお誘いです。
嫌に決まっています。
しかもその千回の命懸けは、『半日かけて穴を掘り、半日かけて埋め戻す』ような、まったく無駄な作業で終わる可能性さえ、あったのです。
だってまだまだ修行は開発中であり、今は『本当に効果があるかどうかを試す』という段階でしかないのですから。
無駄に千回死ねるか?
それは、たとえ命が無限にあるにしたって、かかる時間とか、苦痛を思えば、たやすくうなずくことのできない問題でした。
「……やだかも」
「……そうか。困るな」
困られてしまいました。
どうにも、私の協力を得られる前提で物事を考えていたようです。
困るのはこちらなのですが……
「まあ、仕方ない。俺が一人でやるから、ヨミはセーブポイントの見張りを頼む。まあ今まで放っておいても利用されたことはないけど、王都近辺で『セーブ』することも増えたし、一応そろそろ警戒する必要があるだろう」
彼は存外あっさりと切り替えました。
私は――私は、なぜでしょう。
ちょっとむかつきました。
自分で断っておいて、それを受け入れられてムカッとするというのは、はなはだしく身勝手だと今では判断できるのですが……
当時の私は、今の私にさえ理解できないほど、複雑な精神構造をしていたようです。
「……やだけど、どうしてもって言うなら、やるよ」
「どうしても」
彼はためらいがありません。
どこまでも目標に向けて真っ直ぐで、目標のためなら、ある意味手段を選ばないのです。
このあたりの、年下に平気で物事を頼み込んだりするあたりが、クランで『情けない』と言われる理由であり――
また、アレクより年下ばかりのクランにおいて、彼が好かれる理由でもありました。
「……じゃあ、やる」
もう引っ込みはつきません。
ここで『やっぱり嘘』と言えるほど、私は精神的に成熟していませんでした。
「いや、助かるよ。俺だけでデータとっても意味がない場合があるしな。人種とか、年齢とかによっても色々変わるだろうし――凡人の俺と、天才のお前だったら、いい比較ができると思う」
彼はよく、私を天才扱いしました。
でも、アレクに比べれば誰しもがだいたい器用で、だいたい才能があり、だいたい機転がきくと思います。
「じゃあ、とりあえず『魔法だけを使ってダンジョンマスターの部屋と入口を往復する』修行をやってみようか。千回ほど」
「……わかった」
気が重くてたまりませんでした。
この時の私は『千回もかあ……』と内心で思っていたのです。
とんだお気楽でした。
そのことを、彼の発言で理解します。
「それが終わったら――」
「……?」
「いや、その『魔法だけ使用縛りプレイ』が千回終わったら、次はもう少し違うのを試してみよう。ダンジョンにもぐるだけっていうのも芸がないし、昭和の漫画にあるような荒行とか」
「…………?」
「……なんで首をかしげるんだ?」
「……それが終わったら、っていうのは?」
「いやだから、『魔法だけ使用縛りプレイ』が千回終わったら、って意味だけど」
「……千回終わったら、終わりじゃないの?」
「終わりだよ? だから、その終わりが来たら、その次に、って意味だけど」
「…………?」
「……あ、ひょっとしたら、勘違いしてた?」
アレクは『いっけね』という感じで頭を掻きました。
私はなにか嫌な予感が脳髄から尻尾まで駆け抜けていくのを感じました。
「……勘違い?」
「修行は何パターンかやるつもりだよ。なにせ、開発段階だし、伸ばしたいステータスは魔法関係だけじゃないからな」
「……?」
「つまり、魔法関係の修行を、千回試行する。で、他の修行も、それぞれ千回、試行する」
「………………」
「ステータスに表示されるパラメーターの数だけ、それぞれ千回、試行する。……まあ、たぶんもっと増えるだろう。だって全部の修行で一発目から効果あるものを完成させられるとは思わないし。それに、比較対象して、いい修行だけ残したいからな」
「……………………」
「百万回も試行するまでにはひな形ができてるといいなあ――っておい、ヨミどうした?」
彼が心配そうに私の顔をのぞきこみました。
私はどんな顔だったのか、自分ではわかりません。
「……ひょっとして、修行開発が千回だけで終わると思ってた?」
彼が問いかけてきます。
私は――
私は、うなずきませんでした。
彼の口から『じゃあいいよ』と言われることを、なぜか避けたかったのです。
だから、首を横に振って、ことさら明るく――
当時の私がほとんど無言、無表情で過ごしていたことを考えれば、不自然なほどに明るく、笑いました。
「ぼく、アレクに付き合うよ。ずっと、付き合うつもりだったよ」
明るく笑って、そんなことを言いました。
回想していて思うのですが、まるで遺言みたいな発言ですね。




