4 我が劇団は音響スタッフも一流です!
鷹の森大学自由ヶ丘キャンパスの中央広場入り口。
ここは大学がある近隣の地域の大学生向けのアルバイト情報が張り出される掲示板になっている。
アルバイト情報の紙の上に書いてある数字を学生用案内センターで係員さんに伝えると、その求人の詳しい情報を説明してもらえたり、募集チラシをもらえたりする。
鷹の森大学の3年生、紅林麗音もそんな掲示板の前をうろうろしていた。
今日は4月の半ばである。
周りは動くのが遅い1年生ばかりである。
この時期に1年生以外がアルバイト情報を見ているということは今までのバイトをクビになったのだろう。と推測されてしまう。
麗音も自分もそう見えているのだろうな。と、自嘲気味に考えているが、大学生は側から見ても1年生と3年生の違いなどわからない。
ある種麗音の自意識過剰である。
そもそも麗音はアルバイトをクビになったわけではない。
今まで組んでいたバンドが喧嘩別れして、さらに追い討ちをかけるように彼女に振られたため暇になっただけなのだ。
それらのことを思い出してしまい、怒らないように一度虚無顔になると、ため息を吐き、アルバイト情報を読むことに集中し出した。
(コンビニ…接客業はめんどい。道路工事…肉体労働なんかやってられっか。飲食店…接客業はめんどい。家庭教師…俺にできるとは思えん、資格もたりねぇし。ガソリンスタンド…車とかバイクに興味ある先輩はよくやっているけど、声張り上げるのダッセェよなぁ、他にいいのなければこれかな。…劇団スタッフ?)
麗音は吸い込まれるようにその劇団スタッフ募集のチラシを熟読してしまう。
(そういえば友達に連れられてそいつの友達の演劇部のやつのとこに見学に行った時、音響機材はライブスタジオも劇場もそんなに変わんないんだなって思ったな)
つい、劇団募集のチラシの番号を確認してしまう
(…220番ね)
徒歩10分で学生案内センターまでたどり着く。大学の構内は広い。
”アルバイト関連はこちら”の案内で受付のおじさんに声をかける。
「すいません、掲示板見てきたんですけど。146番と220番のチラシが欲しいっス」
そう言いながら学生証をおじさんに見せるとおじさんは学生証のバーコードを読み取り
「えっと、学籍番号3046Cの紅林くんだね。ここに名前と欲しいチラシの番号書いて」
受付に置いてあるボールペンを手に取り、おじさんに言われた通りに記入する麗音。
内心はめんどいと思っているがここで顔に出さない程度には麗音は社交的である。
「うっす、お願いします」
この場合のうっすには『言われた通りに書きました』の意味が込められている。
ちなみに146番はガソリンスタンドのチラシである。
2枚のチラシを受け取り麗音は満足して帰宅した。
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その週の土曜日のことである。
麗音は劇団スタッフ募集のチラシに書いてあった電話番号にかけてみた
すると、女性の声で丁寧に
「いつでもいいので、チラシに書いてある住所までお越しください」
とのことだった。
行動力があるのが麗音のいいところである次の日の日曜日の昼前にはその住所の前にいた。
なんか立派なビルがあった。
これは給料も期待できるかな、と思いビルに入る。
入ってすぐに受付があったので
「あ、あのこのチラシを見てきたんですけど」
と、ちょっとオドオドした感じで伝えてみたら受付の男性は爽やかに優しい笑顔で
「では、担当者に内線をかけますので少々お待ちください」
と言われた。
会釈して、後ろを振り返るとそこは床は板張り、壁の一面は鏡張りの部屋であった。
そこで4名が動きやすそうな格好でストレッチをしていた。
はぁ、この人たちが役者さんなんだろうな、と麗音は一発でわかった。
4人が4人とも顔が良くキラキラしていたからである。
そのうち、一番若そうな人に笑顔を向けられたため、麗音は思わず首だけで挨拶してしまった。
年齢も近そうだし、採用されれば関わることになる人である。
挨拶しておいて損はないだろうな、と麗音は思った。
気配を消しつつ、4人を見学していると女性に話しかけられた。
20代後半くらいな美人なOLさんである。
ドキマギしつつ返事をすると、履歴書の提出を求められたのでカバンからクリアファイルを取り出しそのまま渡す。
「なるほど、紅林麗音さんですね。配属の希望はございますか?」
と、丁寧に尋ねられたので
「あ、えっと。音響っす」
と、麗音なりの丁寧な返答をした。
「音響ですね。ではこちらへどうぞ」
と、OLさんに先導されてビルの2階に上がる。
そこはオフィスやらスタジオやらで完全に仕事モードの空間だった。
少し雰囲気に気圧されながらも麗音が案内されたのはとあるスタジオの前だった。
OLさんはそのスタジオのドアをノックする
「一ノ瀬さん!入りますよ!」
返事がないのでOLさんは合鍵を使いドアを開けると、そこはバンドの練習場のような板張りで壁は防音効果のある素材の部屋だった。
その部屋に鎮座する主人はヘッドフォンをしてPCに向かって作業をしているのでこちらの存在に気づいていない。
OLさんが部屋の主人の肩を軽く叩くと、信じられないほどビックリしていたので、麗音とOLさんはそのリアクションに驚いた。
「あ〜、ビックリした。あ、事務員さん。なんの御用ですか?」
ヘッドフォンを外して事務員さんに確認する。
麗音のことを紹介してくれたので、軽く会釈をする。
そのままこの部屋の机と椅子で面接をするようだ。
麗音の正面にOLさんと一ノ瀬さんと呼ばれたこの部屋の主人。
おそらくOLさんが採用担当者で、一ノ瀬さんが音響部門の責任者なのだろう。
面接の内容は比較的シンプルなものだった。
大学で勉強していること、志望動機、どの程度バイトに時間を費やせるのか、などである。
ここまでは普通のバイトの面接であったが、一ノ瀬さんが麗音が持ってきていたギターに興味を示し始めた。
「ちょっとソレ、弾いて見せてくれる?」
マジかよ。と、内心麗音は焦ったが、この部屋に置いてある音響機材を使えるかのテストなのだろう、と納得してケースからギターを取り出した。
改めて一ノ瀬さんを観察すると、若者ではないがおじさんでもない、30代くらいの方だった。
細目で嫌味のない爽やかな表情の方である。
バンドの頃の曲で唯一あったギターソロを披露すると、OLさんと一ノ瀬さんからささやかな拍手をもらった。
「うんうん、いい顔でギター弾くね。これは社長案件かな。改めまして麗音くん。僕は一ノ瀬雅響。普段は『@ゴリラッパ』名義で音楽活動をしているよ」
ちなみにこの@ゴリラッパ名義ではアイドル業界やアニメ・ゲーム業界ではたまに見かける名前であり、他ジャンルまで名が知られているというほどではないがバリバリ最前線で活躍している人である。
麗音も名前程度は見かけたことがあるほどなので、改めてこの劇団やべぇな、と肌で感じていた。
社長案件とはなんなのかわからないが、2次面接のことだろうか?
であれば日付を跨ぐのかな、と少し残念な気持ちになった。
OLさんに確認すると
「あ、社長ですね!では、こちらへどうぞ!一ノ瀬さんもついでにいらしてください」
と、一ノ瀬さんも一緒に移動するそうだ。
このビルの社長ともなれば太った偉そうなおじさんを想像してしまうのは仕方のないことだ。
このビルの最上階で優雅にワインでも飲んでいそうだ。
と、思っていたらOLさんは何故か階段を降り始めた。
あれ?なんか嫌な予感がするぞ?と思っていたら、たどり着いたのはさっきのレッスンルームである。
はぁ〜、さてはさっきのイケメンと美女4人組の誰かが社長兼任なんだな?
であれば、一番長身で威圧感のあったあの人かな。
と、身構えてレッスンルームに入室する。
「社長!面接希望者さんをお連れしました!紅林麗音くんです」
4人が並んでくれたのでその4人に向かって、とりわけ一番長身のイケメンに向かってお辞儀をする。
すると、
「おぉ!我が劇団へようこそ!ふむふむ、いい顔してますね!役者兼音響スタッフとして採用いたします!」
と、麗音の手を握って言ってきたのは、朝に会釈をした一番若そうなイケメンであった。
いや、お前が社長なのかよ!
と、心の中で全力で突っ込む麗音なのでした。




