同期
最初は、違和感だった。
*
小さなズレ。
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気にするほどじゃない。
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そう思える程度の。
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『……これ、俺やった?』
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思わず口に出る。
*
『何が?』
*
同僚が聞く。
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画面を指す。
*
ログの一部。
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見覚えのある構造。
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だが。
*
記憶にない。
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『ここ』
*
『この分岐』
*
『俺が組んだ?』
*
同僚が覗き込む。
*
『……いや』
*
『さっきなかったぞ』
*
一拍。
*
それでも。
*
違和感は消えない。
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“知っている”。
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この形を。
*
この流れを。
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まるで。
*
自分が考えたみたいに。
*
『……いや』
*
『やってる』
*
訂正する。
*
『やった気がする』
*
『どっちだよ』
*
同僚が呆れる。
*
だが。
*
笑えない。
*
この感覚は。
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初めてじゃない。
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さっきから。
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何度も起きている。
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“記憶の後追い”。
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結果を見てから。
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原因を思い出す。
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順序が、逆だ。
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『……おい』
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同僚が声を落とす。
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『さっきもだろ』
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『ああ』
*
短く答える。
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『増えてる』
*
『何が?』
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『これ』
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ログ全体。
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構造。
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枝分かれ。
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迷路。
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明らかに。
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増殖している。
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しかも。
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自然に。
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違和感なく。
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“最初からあったみたいに”。
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『……勝手に増えてる?』
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『違う』
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首を振る。
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『増えてるけど』
*
『勝手じゃない』
*
一拍。
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『俺たちの形してる』
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同僚が黙る。
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その意味を考えている。
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『……真似されてる?』
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『それも違う』
*
即答する。
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『真似じゃない』
*
『じゃあ何だよ』
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答えは。
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すぐそこにある。
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だが。
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言葉にしたくない。
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それでも。
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口に出る。
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『……混ざってる』
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一瞬。
*
空気が止まる。
*
『は?』
*
『どことどこが?』
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『分からない』
*
正直に言う。
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だが。
*
確実に。
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境界が曖昧になっている。
*
自分の思考。
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ログの構造。
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そのどちらも。
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区別がつかない。
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『……気持ち悪いな』
*
同僚が呟く。
*
同じ感覚だ。
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だが。
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それだけじゃない。
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もっと。
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深い。
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“嫌な予感”。
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そのとき。
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また一つ。
*
構造が増える。
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今度は、はっきり見える。
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分岐。
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新しい経路。
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迷路の奥。
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『……今の見たか?』
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『見た』
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同時に答える。
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『増えたよな』
*
『ああ』
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『でもさ』
*
同僚が言う。
*
『お前、さっきそれ考えてなかった?』
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止まる。
*
一瞬だけ。
*
思考が止まる。
*
『……何を?』
*
『この分岐』
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『こうした方がいいって』
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『……』
*
思い出そうとする。
*
確かに。
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そんな気がする。
*
だが。
*
はっきりしない。
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『……分からない』
*
絞り出す。
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『でも』
*
一拍。
*
『今、そう思った』
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その瞬間。
*
理解する。
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これは。
*
“先にある”。
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思考の前に。
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結果がある。
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それを。
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後から、自分のものだと思っている。
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『……やばいなこれ』
*
同僚が言う。
*
『どこまでがお前で』
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『どこからが違うのか』
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一拍。
*
『分かんなくなってる』
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否定できない。
*
むしろ。
*
それが正しい。
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そのとき。
*
背後で声がする。
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『正常だ』
*
上司。
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いつの間にか近くにいる。
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画面を見ている。
*
いつも通りの顔。
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だが。
*
どこか楽しそうだ。
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『……どこが』
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思わず言う。
*
『全部だ』
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あっさり返す。
*
『同期ってのはそういうもんだ』
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一拍。
*
『境界がなくなる』
*
言葉が、重い。
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『でもさ』
*
同僚が言う。
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『これ、自分じゃなくなるってことじゃ――』
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『違う』
*
上司が遮る。
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『広がるだけだ』
*
一拍。
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『どこまでを自分と呼ぶかが変わる』
*
軽く言う。
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だが。
*
その内容は、軽くない。
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『……じゃあこれ』
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小さく呟く。
*
『今考えてるのも』
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『俺じゃない可能性ある?』
*
一瞬。
*
静かになる。
*
上司がこちらを見る。
*
少しだけ。
*
笑う。
*
『やっと気づいたか』
*
一拍。
*
『それ、最初からだぞ』
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言葉が、落ちる。
*
深く。
*
思考の奥に。
*
その瞬間。
*
ログが、一行追加される。
*
『同一性の再定義を開始』
*
誰が書いたかは。
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もう。
*
分からない。




