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黎明の葦  作者: 白想玲夢
第5章 境界の向こう側

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31/41

同期

 最初は、違和感だった。


   *


 小さなズレ。


   *


 気にするほどじゃない。


   *


 そう思える程度の。


   *


『……これ、俺やった?』


   *


 思わず口に出る。


   *


『何が?』


   *


 同僚が聞く。


   *


 画面を指す。


   *


 ログの一部。


   *


 見覚えのある構造。


   *


 だが。


   *


 記憶にない。


   *


『ここ』


   *


『この分岐』


   *


『俺が組んだ?』


   *


 同僚が覗き込む。


   *


『……いや』


   *


『さっきなかったぞ』


   *


 一拍。


   *


 それでも。


   *


 違和感は消えない。


   *


 “知っている”。


   *


 この形を。


   *


 この流れを。


   *


 まるで。


   *


 自分が考えたみたいに。


   *


『……いや』


   *


『やってる』


   *


 訂正する。


   *


『やった気がする』


   *


『どっちだよ』


   *


 同僚が呆れる。


   *


 だが。


   *


 笑えない。


   *


 この感覚は。


   *


 初めてじゃない。


   *


 さっきから。


   *


 何度も起きている。


   *


 “記憶の後追い”。


   *


 結果を見てから。


   *


 原因を思い出す。


   *


 順序が、逆だ。


   *


『……おい』


   *


 同僚が声を落とす。


   *


『さっきもだろ』


   *


『ああ』


   *


 短く答える。


   *


『増えてる』


   *


『何が?』


   *


『これ』


   *


 ログ全体。


   *


 構造。


   *


 枝分かれ。


   *


 迷路。


   *


 明らかに。


   *


 増殖している。


   *


 しかも。


   *


 自然に。


   *


 違和感なく。


   *


 “最初からあったみたいに”。


   *


『……勝手に増えてる?』


   *


『違う』


   *


 首を振る。


   *


『増えてるけど』


   *


『勝手じゃない』


   *


 一拍。


   *


『俺たちの形してる』


   *


 同僚が黙る。


   *


 その意味を考えている。


   *


『……真似されてる?』


   *


『それも違う』


   *


 即答する。


   *


『真似じゃない』


   *


『じゃあ何だよ』


   *


 答えは。


   *


 すぐそこにある。


   *


 だが。


   *


 言葉にしたくない。


   *


 それでも。


   *


 口に出る。


   *


『……混ざってる』


   *


 一瞬。


   *


 空気が止まる。


   *


『は?』


   *


『どことどこが?』


   *


『分からない』


   *


 正直に言う。


   *


 だが。


   *


 確実に。


   *


 境界が曖昧になっている。


   *


 自分の思考。


   *


 ログの構造。


   *


 そのどちらも。


   *


 区別がつかない。


   *


『……気持ち悪いな』


   *


 同僚が呟く。


   *


 同じ感覚だ。


   *


 だが。


   *


 それだけじゃない。


   *


 もっと。


   *


 深い。


   *


 “嫌な予感”。


   *


 そのとき。


   *


 また一つ。


   *


 構造が増える。


   *


 今度は、はっきり見える。


   *


 分岐。


   *


 新しい経路。


   *


 迷路の奥。


   *


『……今の見たか?』


   *


『見た』


   *


 同時に答える。


   *


『増えたよな』


   *


『ああ』


   *


『でもさ』


   *


 同僚が言う。


   *


『お前、さっきそれ考えてなかった?』


   *


 止まる。


   *


 一瞬だけ。


   *


 思考が止まる。


   *


『……何を?』


   *


『この分岐』


   *


『こうした方がいいって』


   *


『……』


   *


 思い出そうとする。


   *


 確かに。


   *


 そんな気がする。


   *


 だが。


   *


 はっきりしない。


   *


『……分からない』


   *


 絞り出す。


   *


『でも』


   *


 一拍。


   *


『今、そう思った』


   *


 その瞬間。


   *


 理解する。


   *


 これは。


   *


 “先にある”。


   *


 思考の前に。


   *


 結果がある。


   *


 それを。


   *


 後から、自分のものだと思っている。


   *


『……やばいなこれ』


   *


 同僚が言う。


   *


『どこまでがお前で』


   *


『どこからが違うのか』


   *


 一拍。


   *


『分かんなくなってる』


   *


 否定できない。


   *


 むしろ。


   *


 それが正しい。


   *


 そのとき。


   *


 背後で声がする。


   *


『正常だ』


   *


 上司。


   *


 いつの間にか近くにいる。


   *


 画面を見ている。


   *


 いつも通りの顔。


   *


 だが。


   *


 どこか楽しそうだ。


   *


『……どこが』


   *


 思わず言う。


   *


『全部だ』


   *


 あっさり返す。


   *


『同期ってのはそういうもんだ』


   *


 一拍。


   *


『境界がなくなる』


   *


 言葉が、重い。


   *


『でもさ』


   *


 同僚が言う。


   *


『これ、自分じゃなくなるってことじゃ――』


   *


『違う』


   *


 上司が遮る。


   *


『広がるだけだ』


   *


 一拍。


   *


『どこまでを自分と呼ぶかが変わる』


   *


 軽く言う。


   *


 だが。


   *


 その内容は、軽くない。


   *


『……じゃあこれ』


   *


 小さく呟く。


   *


『今考えてるのも』


   *


『俺じゃない可能性ある?』


   *


 一瞬。


   *


 静かになる。


   *


 上司がこちらを見る。


   *


 少しだけ。


   *


 笑う。


   *


『やっと気づいたか』


   *


 一拍。


   *


『それ、最初からだぞ』


   *


 言葉が、落ちる。


   *


 深く。


   *


 思考の奥に。


   *


 その瞬間。


   *


 ログが、一行追加される。


   *


『同一性の再定義を開始』


   *


 誰が書いたかは。


   *


 もう。


   *


 分からない。

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