遺跡に潜む影
オベール村につくと、マークスが渋い顔をしてエドガーを待っていた。
「人がたりない」
エドガーが寄越した飼育員は、魔獣を見ると皆引き返した。
いくら瘴気は吐かない、安全と言っても、人は恐れる。
無計画だと説教された。
「そのための飼育場なのにな」
エドガーが肩を落とす。
マークスに神話に描かれた建造物に覚えがないか聞きに来た。
「今は猿が占拠している。早く追い出せ」
マークスは教えたのだからと用を言いつける。
しまいにはエマが力仕事を手伝えと、王子二人に鍬を持たせ、干し草を運ばせる。
文句は言えない。作ったのはエドガーだ。
「わたしだって、これから餌の用意があるんです」
「エドガー。クリスタ様に人の手配を……」
「だめですよ。ラウルにもノエルにも内緒なんですから」
「もうとっくにばれてるよ」
「えっ」
鶏魔獣を隔離していた結界。
綻びに残されたエドガーの魔力。
「確かに魔獣は捕まえに行った。でも結界には触れてない」
ドガールの呪いにかかっていた時なら、記憶がなくても。
だが、ラウルは保護区を覆う結界にまで異変を見つけていた。
もし、エドガーでないなら……。
リシャールの顔が青ざめる。
「こうしちゃいられない。シャルルに会いに行く」
「兄上が嫌がっていた、あのお猿の?」
一瞬、嫌そうな顔をしたリシャールだが、「来い」と先に飛んだ。
お猿の里では、シャーリーがあちこちに悪戯をしていた。
その後をシャルルとアランがついて回っていた。
「キキー」
「すごいな。今日も新しい部屋を見つけた」
シャルルは絵の具をしぼり出し、シャーリーの手に塗りたくる。
手形の次は絵筆。壁一面がカンバスがわり。
里として使っている部分は古代遺跡のほんの一部。
猿たちはなぜか奥まで入れない。遺跡なんてそんなものだろうと、気にもかけていなかった。
だが、シャーリーは奥へ続く扉を見つけ出してしまう。
シャーリーが手の届かない場所を指すと、天井に扉を見つけたこともあった。
新しい部屋を覗いて、アランはため息。
ノエルの言っていた、古代魔術は今日も見つからなかった。
『どこかに隠されているの。数字や文字が並んでいたら、シャーリーに思い切り落書きさせて』
もし、わからなければ遺跡中を汚していいと。
ノエルの目は真剣だった。
オベールの血をひくシャーリーなら、きっと何か見つけ出せると。
マリエッタには無理だ。財宝探しになってしまう。
シャーリーは母親に似て気まぐれ。飽きたのか、ぐずりだした。
こうなったら、部屋に戻って、菓子を与え、昼寝させるしかない。
「シャルル。シャーリーを頼む。わたしにはもう背負えん」
「人は弱いな。まあ仕方がない。あとで迎えにくる」
「悪いな。頼む」
シャルルとシャーリーが消えると、新しく開かれた部屋は静かになった。
「もう半月。いくらノエルの頼みでも見つけられるかどうか……」
「見つけ出せ」
「誰……だ」
アランが振り向いても、誰の姿も見えない。
あるのは暗闇。闇が動き、近づく。
手元の灯が消えた。
シャーリーを寝かしつけていると、マリエッタがシャルルを呼びに来た。
シャルルの客人のもてなしはマリエッタの役目。客が人ならなおさらだ。
「手土産もなしに来るって、失礼じゃない? 次は必ず王都の菓子店に寄ってから来るように言ってよ」
「あそこか。それならいつでも連れて行くよ」
「たまにはあんたと出掛けてあげても良いわ」
「その時は僕の姿になるなよ」
客人の一人リシャールが、夫婦の会話に割って入る。
「もうその顔は使いませんよ。散々な目に遭いましたから」
「それはこっちの台詞だ!」
リシャールがまだシャルルと本名を名乗っていた頃。
勝手に姿を真似たシャルルがいろいろやらかしてくれた。
不敬罪で牢に入れるところを、ラウルから待ったがかけられた。
お猿の長が人に裁かれたら、どんな騒ぎになるかわからない。
悔しいがラウルには恩がある。王子シャルルが折れた。
それ以来、魔術師リシャールと名乗っている。
「座れ。話が聞きたい」
マリエッタは難しい話には興味ないと、出て行った。
「ドガールから仕事頼まれたことは」
「ありますよ。マリエッタの相手をしろと、何度か」
「最近では?」
「姿は見ていませんが、依頼だけは」
破格だったので、不審に思ったが断らなかったと。
「誰に化けた?」
「えっと……」
「エドガーだな」
シャルルがうなだれる。本人を前にして、断りなく姿を使った言えば、気まずいどころじゃない。
リシャールが深いため息をついた。
そして、シャルルの頭上に雷雲を浮かばせた。
「正直に言え。隠せば……」
「言いますよ! エドガー様の魔力を真似て、保護区の結界に紙を貼ってこいと」
それだ。
シャルルにはわからない古代魔術を記したもの。
「姿は見えないのに、どうやってお前に知らせてきたんだ?」
エドガーもシャルルの頭上に火球を浮かべた。
「どうやってって。夜になると、声が聞こえるんですよ。もう怖いのなんのって……」
シャルルの声が震える。
相手は魔術師長。お猿の長でも敵わない。
リシャールが立ち上がった。
「この里にまだ潜んでるかもしれない」
「兄上、相手は見えない」
「影だ。部屋の隅、柱の影。どこにいるかわからない。攻撃は任せろ。お前は防御だ」
シャルルに部屋の隅々まで灯で照らせと言い残し、兄弟は闇を求めて遺跡の奥へ入った。




