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第二部〜気づいた頃には〜

この物語は短編の三部構成になります。最後まで見ていただけると嬉しいです。


サイラがこの世界に転移され、一ヶ月が過ぎていた。

そしてその時に出会った赤子が実はこの国の第三王子であるリィールだと知ったサイラは、彼の協力者としてある街の外れに来ていた。

そこにはリィールの知り合いが営んでいるという食堂があったのだ。


外から軽く覗いてみるサイラ。

小さいながらも、中々の繁盛ぶりであった。


(中は結構混んでるな…)


カランコロン…


店の扉をゆっくりと開けると、威勢の良い声が聞こえた。


『いらっしゃいっ!!お?婆さん一人かい?あっちの方に少し広い席があるから…そこに案内してやってくれ、マーカス!』


そう店主が言うと、横から色黒の大きな男が頷きながらこちらへ向かってきた。


(デカッ…)


そしてサイラは案内された椅子へと腰をかけた。


(あれが店主のヤグリさん…忙しそうだし、いつこれを渡そう)


そう思いながら、サイラはその布を見た。


すると混んでいるのにも関わらず、さほど時間が経たないうちに温かい料理が運ばれて来た。


『あれ?お料理はまだ頼んでない…けど?』


サイラがそう呟くと、店主はそれに反応した。 


『婆さん!この店のメニューはひとつしかねぇんだ!飯を食いに来たんだろ?ん?違ったか?』


『あ、いえ!頂きます』


そう言ってサイラはその料理を口に運んだ。


『おっ、美味しい!!』


頭の中が明るくなるのがわかった。


その感動の声を聞いて店主はニコッと笑った。


『そうだろうそうだろう!この店自慢のうま煮だ!この辺りに生息しているオウビ鶏を使ってるからな!』


その言葉にサイラも笑顔で頷いた。

それと同時に今度は変な汗が出てきた。

そう…サイラは気が付いたのだ。


(あ…私、お金持ってない…どうしよう…)


しかし今更口につけてしまったものはもう遅い。

それに食事を残すのも失礼。

というわけで、とりあえず美味しく完食した。


『ごちそうさまでした。とっても美味しかったです!』


『それは良かった。ところで婆さん、見ない顔だな?最近この土地へ来たのか?旅の者には見えないし…』


店主のその言葉にサイラは本来の目的を思い出した。


『あの…あなたはここの店主のヤグリさんで間違い無いですか?』


『あぁ、その通りだが…俺に用だったのか?』


サイラは頷いて言った。


『ここに来たのはある方にこれを頼まれたからなんです』


そう言うとサイラはリィールに頼まれていたお包みを渡した。


それを受けった途端、店主ヤグリの顔が一瞬にして変わった。


『なっ!何故これをっ!?マーカスッ!少し離れる!後は頼んだ!』


そして、そのままサイラは厨房の裏の部屋へと連れて行かれた。


『何故これを持っているんだ!?リィール様は今どこに!?無事でいらっしゃるのか!?』


(やはり…あの裸の人は本物の王子様だったんだ…てかこの国って一体…)


『はい…今…私の家にいます。あと、リィール様から伝言を言付かっております。‘ロキアさんをよこして欲しい‘と…』


『え?ロキアを…?でもあいつは……わかった。殿下の事だ。何かお考えがあるに違いない。すぐに手配をする。イノに頼もう』


ヤグリはすんなりと信じてくれた。


『ん?そういえば、そのイノさんて方の名前もリィール様から聞いた気がします。確か、イノさんに今いる場所を知らせなければとおっしゃっていました。その方をご存知ですか?今どこに…?』


『ここだ…』


そこには先程から店にいた色黒の大男であるマーカスがいるだけだった。


『え?どこに…?』

『俺がイノだ。今の話聞かせてもらった。リィール様の居場所を教えてくれ』


(こいつがイノだったんかい…)


そうしてサイラは村にある自分の家を教えた。


『それと…』


『なんだ?婆さん?まだ何かあるのか?』


『え…っと…その、美味しいお料理ごちそうさまでした。しかし…わたくし、本日お金を持ち合わせていなくて…』


そう気まずそうに言うサイラに、ヤグリは豪快に笑ってみせた。


『ハハッ!なぁんだ!そんな事か!構わん構わん!リィール様の恩人だ!支払いはいらねぇ!』


サイラはその言葉に深くお辞儀をすると、リィールが待つ村へと帰って行った。


家に到着すると、そこにはベッドに横たわるリィールの姿があった。


(今まで赤子の姿で寝たままだったからその名残か?)

そう思いながらサイラは扉を閉めた。

その音に目が醒めたリィールは、サイラの顔を見て安心したように言った。


『サイラ!無事戻ったか?すまなかったな。その老体で遠くまで行かせてしまって。疲れたであろう』


そして優しく手を添えてサイラを椅子に腰掛けさせてくれた。


(お偉い方なのにめっちゃ優しい…)


『それで…事は上手く言ったか?例の物は渡せたのか?』


『はい…とても美味しく…』


『ん?』


『あ、ではなくて、ちゃんとヤグリさんに渡しました。そしてロキアさんも連れてきて欲しいと申し上げました』


『そうか…良かった。後は何とかイノに伝われば良いんだが…』


『あっ!そのイノさんなんですけども、食堂で働いてました!なので、リィール様の事もお伝え…』


『ちょっ…ちょっと待ってくれ…イノが?働いてただと?あの…食堂で?』


『え?あ、はい。名はマーカスで通ってたみたいですけど』


サイラがそう言うと、リィールは急に笑い出した。


『ククククク…フッ…あのイノがか…そうか…クク』


嬉しいのか可笑しいのかその意図はサイラにはわからなかったが、これで任務完了と思いその口を開いた。


『リィール様、これでもうすぐお迎えが来ますね!無事にお城へ戻れそうで良かったです。短い間でしたが…』


『ん?何を言っている?其方も来るんだ、王宮へとな?』


『…え?』


『言ったであろう?この身体に記されている紋章は王族かその妻になる者にしか見せられないと』


『いや…でも私はこのような身体です…とても…』


『そうだな…嫁…と言うよりかは側使いになってもらおう。案ずるな…悪いようにはせん。こう見えて俺は老体には優しいからな、ふっ。それに俺は其方が気に入った。これからよろしくな?』


その輝く笑みがサイラには嬉しくなかった。


(え?嫌だ嫌だ嫌だよ!私のスローライフが!王子様の側使いだって?忙しくなるに決まってる!!若い女子ならこの状況を喜ぶかもしれないけど私はもう…)


彼女は忘れているが、15歳である。

いやもうすぐで16歳となるその身。

実はリィールと同い年であった。

しかしそれを知るのも自覚するのも、もう少し先の話である。


程なくして、王宮からの迎えが来た。

村にはたくさんの衛兵や馬車が来て、一気に騒々しくなった。

もちろん村中の民は驚きざわめいた。


そしてさらに老婆であるサイラの家から、金色の髪の美青年が出て来たことでさらに衝撃が走っていた。


『サイラ婆さん!一体何事じゃ!?その青年は…ま、まさか!そんな!リィール殿下…!?』


そう言うのはこの村の長であった。


『はい…そのまさかです…私もこれから殿下と共に王宮へと移ります。短い間でしたが、村長さん、このご恩は一生忘れません』

と言いながら頭を下げた。


すると不安そうな顔のルイクが走ってきた。


『サイラおばあちゃんっ!どこへ行くの!?もう会えないの!?やだよ!』


『大丈夫!絶対また会えるから。約束ね』

と言って指切りを交わした。


泣きそうな顔のルイクに手を振りながら馬車に揺られるサイラ。


『あの…リィール様は三番目の王位継承をお持ちなんですよね?』


『あぁそうだが?それがどうしたんだ?まさか…不満なのか?』


『いえいえいえいえいえっ!滅相もございません!ただ…』


『ただなんだ?』


『ある人からこの国に王子は二人と聞いておりましたので…』


『………?』


不思議な顔をしながらもサイラのその手に握られているものを見て、リィールが口を開いた。


『その剣は其方のか?』


『あ、はい。宝物です』


(何故持っていたのかも記憶ないけど、この中には例のペンダントが入っているからな…)


『そうか…それにしても、持ち物はそれだけなのか?』


『あぁ…はい。この身とこの剣があれば…』


『まぁ、王宮にくれば何不自由なく必要な物は用意させるつもりだ。欲しい物があれば何なりと申せ』


また優しい笑みを向けてくれるリィールに少し頬が赤くなったサイラ。


(いけないっ…私は婆やとしこの身を捧げ…え?捧げなきゃいけないの?あぁ嫌だ…)


『ありがたきお言葉です…』


(いつ…いつ言おう…一層の事このまま墓場まで持って行くか…?)


そう思いながらも今後の王宮生活に不安を抱えるサイラであった。


リィールの言った通り、サイラには何不自由のない部屋が用意されていた。

急な住み込みになったのでまだ完全に揃っていたわけではないが、そのふかふかなベッドと家具や衣類だけでもサイラには既に特別のように感じていた。


そして、サイラの新しい日々が始まった。

側使いとしての一日が始まる。

何をして良いのか、どこに何があるのかもわからないので色んな使用人に教わりながら日々を過ごしていった。


まず、朝はリィールを起こすところから始まる。

これまた着替えが大変なのだ。

ご本人様は手を広げるのみ。

あとは側使いが全てやるのだ。そう全て…


(下の大事な部分はさすがに隠しといてくれるけど…ほぼ裸…私には免疫がないのよぉ…目のやり場に困る…)


リィールは慣れているので、何とも思ってないようだった。

それに目の前にいるのが老婆であるから尚更緊張なんてしないであろう。

そんな手が震えるサイラの手を見て、リィールは口を開いた。


『サイラ?大丈夫か?寒気がするのか?』


『あ、いえ…その、慣れてなく、緊…張してしまいまして…』


そう言うサイラにリィールは柔らかい笑みを向ける。


『ふ、硬くなることはない。それに其方はこの身を隅々まで拭ってくれたことがあるであろう?』


サイラは顔が真っ赤になった。


(でもそれは、赤ん坊の姿の時の話でしょう…)


そうして、やっとの思いで支度を仕上げる。


それから朝食だ。

部屋までは他の使用人が持ってきてくれる。

すぐに王子が口に運ぶのではなく、毒味という作業を行わなければならない。


すると、若い娘が無表情で現れた。

その娘は何の躊躇いもなく少量の食事を口に運ぼうとした。


『え!?ちょっとお待ちをっ!』


サイラがその手を止めた。

その場にいた全員が驚いた顔をしている。


『あ、あの!こんな若き娘には…荷が重いのではないでしょうか!?この毒味役、先の短いわたくし目が…!?』


『サ、イラ?ふふ…そうか…案ずるな。その娘、ノイはちゃんとその為の訓練をしている。それに解毒剤も常に持ち歩いてるしな』


『その為の訓練って…それでもわたしは…』

と言いながらサイラはノイという使用人を見つめた。


『サイラ殿…問題ありません。わたくしはこのお役目の為にちゃんと訓練をして身体も慣らしてあります。その辺の人達よりは何百倍も強いので御安心を』


そう言って止められていたその手を口へと運んだ。


新参者が口を出し過ぎるのも良くないと思いながらも、サイラは少しモヤモヤとしていた。

そして、その様子を見ていて何かに気がついた。


(ん?そういえば…)


そして、無事朝食を終えたリィールは側近を従えて公務へと赴いた。

その間にもサイラはやる事が山ほどあったのだ。

その合間を縫って、サイラはある所へと赴いた。


そして、すぐに昼食の時間がやってくる。


(昼食には間に合わなかったか…夜に期待)


そう思いながら、見つめるサイラ。

朝と同じように、まず毒味役としてノイが前へと出る。


ハラハラしながらサイラは見守る。


(心臓に悪いわぁ…)


そして無事に昼食が終わり、夕刻に向けて準備が行われる。

夕食はもちろんのこと、湯浴み、寝屋の準備と忙しなく働く。


準備が進む毎にサイラの手が一瞬止まった。


(はっ…もしかして…湯浴みって…)


そのまさかだった。

王族はただ湯船に浸かるのみ。

それを使用人が綺麗にしていくのだ。


(ちょっと待って…年頃の男の子が大丈夫なの!?使用人って結構若いんじゃ…ここは私が婆やとして早く引き継ぎを…私もできればやりたくないけど…)


しかし、浴室へと足を踏み入れるとそこには男性の使用人しかいなかった。


『あれ?』


『どうしました?サイラ殿?あ、滑りやすいのでお気をつけて下さいね』


その使用人はサイラを気遣って手を差し伸べてくれた。


『湯浴みには男性がお手伝いしてるんですね?』


『はい。他の殿下達は女性がお手伝いする事もあるのですが、リィール様に関してはその辺を配慮しておられるようで』


『そうなんですね!紳士!ではそれなら私も…』

と言って後退りし始めようかと思ったその時、ゆっくりと美しい第三の王子が現れた。

大事な部分だけは隠している。


『サイラは…大丈夫であろう?』


そう言いながらゆっくりと定位置らしき所で止まった。


(えぇ…婆やだからか?本当の姿を知らないから言えるのよ…)


そうして、見習いとしての手ほどきを受ける。


(なんでこんな事に…)


湯浴みがひと通り終わると、今度は夕食。


サイラは願った。

そして、その願いはこの時から現実となった。

その変化にリィールもすぐに気がついた。


『ん?食器が違うな?』


『はい。リィール様、勝手ながらこのわたくし目が厨房にて頼んで変えさせていただきました。聞いたところによると、他の殿下達はこの’銀’の食器をお使いだとか?なのになぜリィール様だけは普通の陶器だったのでしょう?』


その問いにリィールは応えた。


『特に考えたことはなかったな。それに兄達がそれを使っていることさえも知らなかったからな』


(え?知らなかった?)


『お兄様、あ、他の殿下達とお食事をなされないのですか?』


『あぁ。記憶にはないな』


(マジか…王族ってそんなもんなんか?まぁいいや)


『この‘銀‘の食器には、毒を見分けるという役割があります。料理に毒が盛られていた場合、この食器が黒く変色します。もちろんそれでも毒味役は必要となると思いますが…少しは彼女の負担が減るのではないでしょうか?』


『なんと…!それは初耳だな』


(絶対に他の殿下達は知ってるはず…ちゃんと伝えてないのかな?まさか…他の殿下にリィール様を狙ってる者がいるとか?)


『それにそこまで考えてくれたのは其方が始めてだ。何というか…礼を言う』


ニコッと笑うリィールを見て、サイラは不思議に思った。


(何だろう…高貴な方に見えるのに…たまに少年のような…無知って訳ではなさそうだし…)


そして、穏やかに夕食を終えたリィールは、用事があるとの事で部屋を後にした。


すると、ノイがサイラに話しかけてきた。

その表情はいつもとは違って、少し照れたようだった。


『サイラ殿…あの、色々とありがとうございました。こういう家系であるため、私にはこの世に生まれて一度も、この身を案じてくださる者がいなかったので…その…嬉し…かったです』


(かっ!可愛いっ!)


そう思いながら、サイラは尋ねた。


『あの…ずっと気になっていたのですが、リィール殿下っておいくつなんですか?』


『え?そろそろ16になられますが…』


『えっ!?もうすぐ16歳!?嘘でしょ!?同い年!?』


『ん?どなたと同じなのでしょうか?』


『あ、いえ…知り合いの娘さんと…?それにしてもすごいしっかりしてるな…』


サイラは自分と同い年という事実に大変驚いた。


(何だか…サイラ殿って話し方が老婆とは思えぬような…そんな…)


ノイが少し不思議な顔をしていた。

それを見て勘づいたのか、サイラは話を戻した。


『ノイさん…あなたはまだお若くて美しい。これがお務めである事も承知しております。しかし、どうかその身を…あなた自身を大切にして下さいね』


そう言ってサイラはノイの手を優しく包んだ。

ノイは何ともいえない表情をしたと思ったら、そのまま微笑んで目を瞑った。


すると、部屋の扉が開いたと思ったら2人の人物が入って来た。


『リィール様!?それと…えっ!?イノさん…?』


そこにいたのは、街外れのヤグリが営んでいる店にいたマーカスことイノであった。


『ん?サイラ殿、兄とお知り合いですか?』


『あ、兄!?イノさんはノイさんのお兄様…あ』


『気づいたか?名が似ているからな。この二人は双子だ』


『双子!そうだったんですね!』


その兄妹の顔を交互に見てニコニコとするサイラ。

その様子を見てリィールは口を開いた。


『サイラの行動を見ていて思ったんだ。確かに毒味に関して考えが甘かった。年頃の娘を使って危険な事をさせてたと。いや、人を使う事がまず危うかったんだ。そこで考えた。これも良い策とは言い難いが…人ではなく動物に協力を得ようと…しかも賢く、毒にも強い彼女を…』


そう言いながら、リィールはイノを見た。


『え?イノ…さん?ん?どういう…』


サイラの頭が混乱し始めた瞬間、イノの肩にふわふわのイタチらしき生き物がうごめいていた。


『ラーテルのロキアだ。彼女は…少し危険だが、慣れると可愛い…あ、じゃなくて、ロキアは強い毒耐性があるため、よっぽどでない限り死なない。それに鼻も効くしな』


『あっ!ロキアさんってこの子の事だったんですね!可愛い…』


触ろうとしたサイラの手をリィールは制した。


『危ないっ…んだ。彼女は俺とイノとノイの三人しか懐いていない。触るのはやめといた方がいい』


サイラはそう言われ、残念に思った。

しかし、すぐさま明るい表情で言う。


『でもこれで、ノイさんが危険な役目を降りれるって事ですね!?良かった!』


その言葉に一同は皆ホッとしたように微笑んだ。


『しかし、危険は心得てます。私の家系は代々この国の王族を守るためにいますから。これからも職務をまっとうします』

とノイは言った。


(忠誠心半端ねぇ)


サイラはそれでもニコッと笑った。


そして、一日の最後。

寝屋の準備だ。

朝とあまり変わりないが、寝るための簡単な部屋着なので着替えは楽だった。

リィールが横になるのを見届けてから、サイラはその場を離れようとした。


しかし、その時リィールがサイラの腕を掴んだのだ。


『サイラ、どうだ?やってけそうか?』


『はい…不慣れな点が多いのですが、少しずつ場を慣らしながらと思う所存です』


『そうか…其方には色々と驚かされる。何というか、新たな道を作ってくれてるような…そんな…安心感が…』


『ん?リィール様?』


(寝たんか…早いな。お疲れだな)


その手をそっと布団に戻し、サイラは部屋を後にした。


それから月日は流れ、サイラも側使いとしてひとり立ちをして難なく務めを果たしていた。


そんなある朝。

この日もロキアの毒味役としての仕事を見届けた。


(すごいがっついてるけど、本当に教えてくれるのかしら?)


そして、何事もなく朝食を済ませたリィールは今日は都へと出るとの事。


それに同席して欲しいと言われたサイラは支度をして、馬車へと乗り込んだ。


『リィール様、本日はどのようなご用件で?』


使用人がそんな事を聞くのは野暮なのだが、優しいリィールは別だった。


『今日は…その、民の話を聞きに行く。それだけだ』


『それだけ?ん?聞くだけですか?ご助言とかは?』


『しない。耳を傾けるだけだ。しかし…情けない事に俺だけではもたなそうなんだ…その…』


『心が…ですか?』


拳をグッと握りしめるリィールを見てサイラは言葉を発した。

それに対し、リィールはコクッと頷いた。


『リィール様、人は話を聞いてもらえるだけでも気が晴れることがございます。むしろ、それに対し、意見や助言をしても逆効果な場合もございます。本日、リィール様が耳を傾けるのみと決意なさった事は…正しいことだとこのサイラは思います。助言が欲しいと言われれば、与えて差し上げればいい。どんな内容なのかはこのサイラには分かりかねますが、一緒に聞く事は出来ます。分けましょう!二人で分け合えば、民達の思いも半分。いえ、むしろ民の人数分だけ分けられるかも』


サイラのその言葉に、リィールは何かを重ね合わせた。

いや、リィールには違う姿の女性が重なって見えたのだ。

それは…若い女性…


(サイラ…其方は一体…)


そのサイラに心の固まった部分を解かされていくリィール。

今度はその美しい顔に柔らかい笑みを浮かばせた。


『あぁ。よろしく頼む』


そうして、ある広場へとサイラ達は足を運んだ。

そこでは今すぐにでも食いかかってくるのではないかというくらいの勢いで民達が待ち構えていた。


(王族に対して何でこんな.若いから舐めてるのかしら?)


サイラはそう思いながら少しイラッとした。

しかし、横を見るとピンと背を張るリィールの姿があった。

その佇まいは本物の上に立つ者の姿であった。


予想以上の民からの罵声や怒号、話がたまに逸れたりして、不満がぶちまけられる事もあった。

ところどころでゴミ屑などのような物が飛んで来たが、従者がそれを排除した。

それでも彼のその凜とした表情は変わらない。


(強いな…この若さでこんな…) 


そう思った時、一人の男が背後からものすごい嫌な気配を感じた。

その瞬間、上から男が飛ぶようにして剣を振り下ろして来たのだ。


そして、それを咄嗟に持っていた剣で受け止めたのはサイラであった。


しかし、あまりにも突然の事だったので、鞘から剣を抜く時間はなかった。

その衝撃で、鞘の先端がずれ、そこから例の首飾りが転げ落ちた。


『クッ…無礼者!』


周囲がざわつき始める。

しかしすぐに男はその場から逃げ出した。


『サイラッ!何ともないか!?』


サイラはその先を見ながら頷いた。


『驚いた…其方剣を扱えたんだな。だから剣をいつも持ち歩いて…?てっきり、身内の形見か何かかと思っていたが…ん?これは?』


リィールが下に落ちていた光る物を拾って言った。


(あ!!まずい!)


サイラはそう思い咄嗟に拾おうとしたが、先に手にしたのはリィールであった。


『綺麗な色だな…あれ?この首飾りは…え?まさか…』


そう、色は違えど形、デザインが同じであったので赤い方のそれを首にしていたリィールにはすぐにわかった。


『リ、リィール様…えぇと、そのお話、王宮にお戻りになってからではダメでしょうか?』

と気まずそうに言うサイラ。


リィールはその意味を深く受け止めながら頷いた。


『それにしてもさっきの男…顔は見たか?』


『あ、いえ…お知り合いとかでは…なさそうですよね?』


『あぁ、不満が爆発してたまに刃向かってくる者はいるが…剣を振ってきたのは初めてだな。民達には申し訳ないが、今日はこれまでにしよう』


(何だろう…この違和感は…先程の男、俺でなく…狙いはサイラ?)


そう思いながらもサイラの話が気になっていたリィール。

一行は足早に王宮へと戻ることにした。


帰りの馬車にて、サイラは先程の事が気になっていた。

襲われたその事ではなく、民の言葉に耳を傾けていたリィールの事に。


『あのぅ…リィール様、また偉そうな事を言うようで気が引けるのですが…』


『何だ?申してみよ』


『では…先程の様子を拝見していて思いました。リィール様は強いなと…しかし弱くもあります。人は何かに怒りや不満をぶつけて心の拠り所を得ることがあると思うんです。意味もなく怒りをあらわにする方などほとんどいないかと。その方にはその方の何か思うことがあり最終的にはその人が悪くなかったとしても、その‘思い‘の行き場を作ってあげるのも大切なのです。リィール様はそれをちゃんとわかってらっしゃる。ただそれがずっとリィール様だけにというのは、どうもやりきれないのです…もう一度言います。‘人‘は何かをぶつけないとやってられない時もございます。ここがリィール様の‘弱い部分‘です』


リィールは目を丸くして首を傾げた。

サイラは続ける。


『リィール様は優し過ぎます。なので、リィールのこの心がやり場に困ったり、何かにぶち撒けたい時は是非このサイラをお使いくださいね!』


その人差し指をリィールの胸に優しく当てながらサイラは言った。


(あぁ、何言っちゃってるんだ私。でもこのたまに見せる子犬ような王子の表情には何だか寄り添いたくなっちゃうのよ…)


その言葉にリィールは嬉しそうに微笑んだ。


『ふふ、それではその時には申し出よう。其方は本当に頼りになるな。本当に俺の期待通りなら尚更良いのだが…』


サイラは帰ってからの説明をどうしようかとすぐに考えを移した。


ここまで読んで頂きありがとうございました。

何かお気付きの点がございましたら、コメントの方でよろしくお願いします。

他にも短編や長編作品(毎日更新)しておりますので、そちらも宜しかったら読んでいただけると幸いです。

大変恐縮ですが、評価等をして頂けると嬉しいです。

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