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07-12 桓玄追討    

 寄奴きどァこのあと、中央でああのこうのと忙しく駆けずり回る。その辺ァまァ、大して面白くもねェ話ばっかだ。なんでこっからァ、桓玄かんげんのその後を語っとこう。先生も、あんま詳しくァ知らねェだろ?

 桓玄を追ったんなァ、劉毅りゅうき何無忌かむきだ。寄奴が立ち上がって、桓玄をぶちのめすまでに、三日。戦いに一日。もう、南郡にゃ報せが走ってんだろう。ともなりゃ、おたおたしてる内に馮該ふうがいやら桓謙かんけんが勢力をまとめて桓玄を迎えにきちまう。倒せねェこたァねェだろう、っが、被害ァデカくなる。

 っが、劉毅らが武昌に、たどり着きしな。

羊欣ようきん以下、武昌ぶしょう府の精鋭一万! 劉、何両将軍のご到来をお待ち致しておりました! 逆賊桓玄を討ち果たすに、我らの力、存分にお使いください!」

 全武装の、だが晋の旗をおおっぴらに掲げた羊欣らが出迎える。劉毅らァ面食らったが、羊欣らの話を聞き、ややあって穆之ぼくしの差配か、って気付いたらしい。

 ちまたにまことしやかな流言が飛び交うなか、武昌府に届けられた、差出人のわからねェ、一通の手紙。そこにゃ劉毅らが桓玄を倒すために向かってる、って話がのってたらしい。そいつァ本題の前に、まず西府の内情をことこまかに、しかも正確に記してあったっていう。

 桓玄らの船ァ、武昌じゃろくすっぽ停泊せず、物資を強奪するように乗せて出ていった。その様子さえ見りゃ、羊欣らだって建康で何が起こったかを察したろう。そこに、いかにもうさんくせェが、けど書かれてることについちゃ信じるっかねェ手紙。

 あとで羊欣が己の字を見て「その独特の癖字、どこかで見たことのある気がするのだがな……?」って言ってきやがったが、まァ、ほっとけよって感じだ。これだから能筆家さまってやつァ困る。

 ともあれ、羊欣ァその手紙に賭けた。桓玄の様子からして、寸刻も惜しい局面。なら、劉毅らが着いたとこで、すぐに補給ができるよう、港に軍資と兵士、それから軍船なんかも用意して。

 のんきに驚いてもいらんねェ。劉毅と何無忌ァ、羊欣に向けて拱手する。

「かたじけない。羊将軍のお力添えのおかげで、我らの勝利は百日早まりましょう」

 そいつァ大げさな話じゃねェ。こん時物資だけじゃなく、兵士もまたうめェことそれぞれの船に行き渡るように配された。つまり、普段だったら引き続き櫂を漕がなきゃいけねェような奴らにも休息を与えられた。それぞれが、より南郡に向けて万全の調子で臨めるようになったってわけだ。

 で、己の配置ァ、よりにもよって、旗艦。

「久方ぶりだな、丁旿ていご殿」

 にこやかに何無忌ァ、己に拱手してくる。周り、どっちかってと武昌の奴らがどよめく。そりゃそうだ、武昌の片隅で、ことあるごとに先生にいびられてる、うだつの上がんねェ白髪に、いきなり今をときめく将軍さまが対等の礼をしてくんだからな。

「やめてくれ。いまの己ァ、武昌の使いっ走りだ」

「何を言う。淝水ひすいにおける劉裕りゅうゆうの功、その半ばはそなたのおかげのようなものではないか」

「だから買いかぶりなんだよ、そう言うの」

 まァ、こういうノリに巻き込まれちまったわけだ。こちとら変に目立ちたかねェってのによ。

「無忌、この白髪は?」

 しかも、そこに劉毅まで混じってきやがると来た。

「丁旿殿だ。お前も話には聞いているだろう、淝水で劉裕とともにあり、劉裕を助けておおいに働いたが、戦を終えれば、髪の色がすっかり抜け落ちてしまった、という」

「あぁ」

 何無忌ァともかく、劉毅についちゃ全くの初顔合わせだ。淝水ン時にも鉢合わせちゃいたが、あっちが己のツラまで覚えてる訳もねェだろうしな。

 わざと慌てるようにして、己ァ拱手する。

「こ、こりゃ、まさかこんなとこで劉鎮北りゅうちんほくの――」

「そう言うのはいい。少しそのままでいろ」

 遠慮のねェ目つきが、じろじろと己を眺め回す。そっから劉毅ァふむ、と顎髭をしゃくる。

 で。

 いきなりの、抜刀。

 余計な動きァ、一切ねェ。

 その一太刀にゃ、寄奴だって惚れ惚れするくれェだ。

 そいつが、己の脇の下で、止まる。

「ッ!?」

 何かが来る、そいつァ分かってた。たァ言え、殺気ァねェ。なら、こっちを試しに切りかかってくんだろう。

 己ァ、そこで考えを止めた。「思いもよらねェモン」に驚かにゃなんねェからだ。

 爪の先ひとつっくれェで止まる、劉毅の剣。そっから寸刻もしねェで、切っ先を己の脇にひたり、と触れさせる。

 あんまわざとらしくならねェ程度に、身を震わせたあと。

 ここで、もうひと芝居だ。

 しょんべんをちびらしてやった。

 ――や、先生、さすがにこいつァわざと、わざとだぜ? こちとら舐めてもらわにゃ困っちまうんだ。変に目立ちゃ、身動きも取りづらくなっからよ。

 どっと周りが笑い、何無忌ァため息混じりに額に手を当てる。いっぽうで、劉毅ァ特に顔つきを緩めるでもなく、剣を収めた。

「ちょ、な、なな何すんですか!」

 手前ェのまたぐらと劉毅のツラとを交互に見、できるだけ情ねェ声を上げてやる。

「試した。悪かったな」

「わ、わわ悪りィって! そんな、己ァこいつくれェしか股下持ってねェんすよ!?」

 ぎろり、って睨みつけてくる劉毅。己ァ思わず二、三歩下がっちまった。

「換えは手配しよう。上下揃えでな。せめてもの詫びだ」 

 言うと劉毅ァ踵を返し、手前ェにあてがわれた部屋に戻ってく。あわせて、へらへらした視線もひとつ、ふたつと離れてく。

 何とかなったか、己ァため息をついた。またぐらァ気色悪ィことこの上ねェが、下手に高く値付けられちまや、身動きも取りづらくなろうってモンだ。

「丁旿」

「あん?」

 と、己の肩に、何無忌が手を置いてくる。

 振り向きゃ、今にも泣きそうなツラでいやがる。くっそ、ごまかすためたァ言え、ムカつくったらねェ。

「強く、生きろよ?」

「――うっせェよ」

 ま、ムスッとすんのに演技がいらねェんなァ、楽っちゃ楽だったけどよ。


 たァ言え、これでやつの目から逃れられるかっつったら、そうでもねェんだ。その後劉毅ァ、何無忌に言ったらしい。

「わざわざ漏らしてまで働きたくないようだ。ああ言う奴を引きずり回すのが一番愉しい」

 ひでェ話だよな。裏目にもほどがある。

 だから己ァ、だいたい劉毅の近くで戦わなきゃいけなくなった。武昌からさかのぼり、漢水かんすい長江ちょうこうが交わる街、夏口かこうに。武昌の勢力が寄奴についたって話ァすぐに出回ってたらしく、こっちでも抵抗らしい抵抗ァなかった。

 だから、南郡近くでの上陸。

 桓玄ァ、ここを狙ってきやがった。

 どんなに警戒したとこで、船から降りるんなァ、敵にケツ向けてるようなもんだ。先に守備隊に降りさせ、守りの陣を敷く。っが、敵もさるもの、こっちの陣が出来上がり切る前にゃ襲い掛かってきやがった。

「行くぞ、丁旿! おたおたと死んでくれるなよ!」

 劉毅の野郎、そんな事言って己を桓玄軍の前に引きずり出しやがる。たァ言え一人っきりで、ってわけでもねェ。先頭に劉毅、左にやつの手下の毛徳祖もうとくそ、ケツにも同じく手下の趙蔡ちょうさいだ。で、己ァ劉毅の右。

 なんで寄奴と言い、こいつらすぐに先頭に立ちたがりやがんだ。まァ、ついてく奴にしちゃ大将ばっかに任せるわけにも行かねェし、否応なしに勢いづかされちまうがよ。

 周りっからァ、なんであのおもらし野郎が、みてェな目で見られちまう。ったく、もらし損にもほどがある。こうなっちまや、抜くも抜かねェもねェ。死なねェように、全力だ。死なねェように、な。

 隊列を組ん迫ってくる奴らに、劉毅ァ馬で突っ込んでく。馬ァ馬で、船にでも乗り慣れてんのか、いきなしの陸戦だってのに戸惑った様子もねェ。そいつァもちろん、己にあてがわれた馬も同じだ。

「劉毅! 先走るな!」

 船のほうから聞こえる何無忌の声色ァ、焦りと怒り。ったく、どこでも苦労ばっかしてんな、あいつァよ。

 ただ劉毅ァ、そんな声に立ち止まるそぶりも見せやしねェ。桓玄軍に向かって、吠える。

「臆面もなく、よくぞ我らが前に出てこれたものだ! 貴様らなぞ、陛下の裁きを待つまでもない!」

 劉毅の得物ァ、槍。やつの見てくれァ寄奴みてェに見るからに剛力って感じでもねェが、馬の勢いを殺すことなく乗せて、しかもその速さにあって、ブレることなく一刺一殺をこなす。戻しも速えェ。だから突き進むごとに、ろくろく痛みのねェ死体が連なってく。

 たァいえ、なにせ槍だ。寄奴みたく、前方ぜんぶをぶっ散らかす、なんてわけにゃ行かねェ。だから、その脇を己と毛徳祖で固めとく必要がある。

 ある、ってか、劉毅の野郎、わざとそう仕向けやがったんだろうな。アイツが突っ込んで、万一にでも討ち取られりゃことだ。そんなん気付いてんだろう。

 つまりあの野郎、己に出張らざるを得なくしやがったんだ。

「毛徳祖!」

「どうした!」

「お前ェの親分、ひとの使い方おかしくねェか!」

「今更だな! 勝てばよいのだ!」

「そりゃそうだがよ!」

 ったく、武昌じゃ人を殺しにかかってくるデブにしばかれる毎日だったし、ほんにこう、出会いってやつについてねェ。

 劉毅と俺らでこじ開けた道に、ようやく後続がぶち当たってくる。会稽かいけいで見たとき、いや、あんとき以上に兵ども一人ひとりの勢いがすげェ。たちまち桓玄らの兵ァ、総崩れになってった。

 町中に、盛大に鐘が鳴る。

「退け、退けいっ!」

 この喧騒の中、そいつの声ァ実によく通った。

 桓謙だ。兵らが逃げやすいように道の隅っこの高台に立ち、号令を掛けてる。

 ある程度逃したとこで手前ェも引くんだろうが、総大将にも近い身の上で、ほぼ最前にまで出張ってきてやがった。将としての器を感心すべきか、そんだけ人にいなくなられちまってんのか、って感じだな。

 っが、顔なじみだからって、今更情けを掛けるわけにも行かねェ。

「劉将軍! 桓謙だ!」

 やつを指さし、己ァ叫ぶ。

 そしたら、奴と目が合った。

 桓玄軍の二番手だ。アイツを取れるかどうかで、こっから先の戦いが全く違ってくる。当然劉毅も、やつを取るために、動いた。

 気のせいじゃねェだろう。

 桓謙ァ己のことを少しの間見つめてくる。

 そして、に、って笑う。

 やつが何を思ったかなんて、わかるはずもねェ。だが、己も笑い返す。そいつを見届けてか、桓謙ァ高台から降り、逃げ惑う兵らン中に紛れてった。


 盛大に、勝ちどきが上がる。

 己ァそいつに乗る気にゃなれず、ただ桓謙が残してった笑顔を思い返した。

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