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07-11 王弘

 ほんの、少しの間。

 だが、穆之ぼくしにゃ固まっちまってたことに気づかれちまった。

「兄貴、どうする?」

 蔡廓さいかくからの建議うんぬんァ徐羨之じょせんしにまかせて、僕も行こうか、ってわけだ。そんだけ、王弘おうこう寄奴きどの前に姿を表しやがったんなァ、重めェ。

 たァ言え、答えァ決まってる。

「気にすんな、大丈夫だ」

 穆之も、それ以上のこた言わねェ。王弘に向けて、やや遠慮がちに頭を垂れたあとに蔡廓らと合流する。

 同じように頭を垂れ、見送る王弘。穆之の背中を見送りながら、ぽつりと言う。

「劉穆之殿は、蔡廓殿に取られ申したか。かのお方のお話も伺いたくおざりましたが」

「済まねえな、オレのむさっ苦しいツラで我慢してくれ」

「とんでもおざりませぬ。猛き龍虎を前とし、畏敬の念尽きせねば、身の引き締まる思いにおざる」

 言って、優美に拱手してくる。

 虫唾が走るってな、きっとこういうことを言うんだろう。

「改めて、お詫び申さねばなりませぬな。父の葬儀にお招きできず、申し訳おざりませぬ」

「謝ってもらうほどのことでもねえさ。あんまおおっぴらに繋がりを歌や、桓玄かんげんに睨まれちまう。むしろこっちが謝んなきゃいけねえことだろう。今度、援助の礼もしてえ。寄らせてもらっていいか?」

「父も喜びましょう」

 お貴族にありがちな、うっすらとした笑み。

 そこにゃ、なんの意図も見出しきれねェ。参ったな、寄奴ァ頭を搔く。親父の王珣おうしゅんも底が見えねェ感じじゃあったが、こいつも輪をかけて窺い知れねェ。

 王珣からァ、今回の決起にあたって、金と武具との援助を受けた。

 もちろん、直接分かるようにゃやり取りしちゃねェ。穆之のつてと、王珣の網のうち、細々したところから、時には大胆に回してもらった。

 そいつらにゃ、いつしか署名が増えてきてた。王氏の姓を示す押印の隣に、他の見慣れねェ印がしばしば伴っちゃ、消えた。

「で、こんな火事場にわざわざあんたが足を運んでくるくれえだ。別に挨拶だけがしたかった、って訳でもねえだろ?」

 王弘の、ただでさえ細せェ目が更に細まる。

「しからば、ご同道願えまするか?」

「ああ」

 行きたかねェ、ってェのが包み隠さねェ気持ちだった。その先に何が待ち受けてるかなんて、考えたくもねェ。

 ゆったりとした足取りの王弘に従い、大きな廊下から、使用人向けの廊下に入り込む。周りのガヤガヤした雰囲気ァ、一気に遠くなっていく。

 穆之ァ、王珣からの荷物に付けられてた別個の印について、ある程度の見当をつけてた。単純に言や、この話に絡んでも構わねェような、誰か。ついでに、その印の隣に並べても問題ねェって、王珣が判断するような。


 廊下の突き当りの部屋に入りゃ、そこにゃ寄奴と同じくれェか、もしくァいくぶん若けェ奴らがいた。どいつもが見事な装束に身を包む。

「父と、不識わたくしめを通じ、募りましたる同志におざります。友輩らもご挨拶申し上げたいと聞かぬものにおざりまして」

 居並ぶ貴公子どもン中にゃ、見覚えのある面もあった――謝晦しゃかい

 寄奴と目が合うと、奴ァ慇懃に、拱手をしてきやがった。


 順繰りに名乗りを上げてく奴らァ、どいつもこいつもが大姓だった。ついでに言やそいつらァ、そのほとんどが蔡廓を前にして縮み上がってやがったお歴々の縁者なんだろう。

 ひとしきりの名乗りを聞いたあと、引っかかりがうまれる。

「王弘」

「いかが致しましたか?」

太原たいげん王氏がいねえんなあ、気のせいか?」

「おりませぬよ」

「あ?」

 太原王氏。王道隆おうどうりゅうを使って、好き放題にしてた奴ら。あまつさえ、寄奴が桓玄かんげんのそばにまで来たときにゃ、ご丁寧にも喧嘩を売ってきやがった。

 奴らが、この場にいねェ。

 そんなら、諸手を振って潰してやれる。都合のいいこった。

 ――そう、都合が良すぎた。

「伝えなかったのか?」

「此度の義挙について、にありましょうや? 無論のこと。太原は、桓氏に大いに肩入れをしております。桓氏廃すべし、を論ずるにあたり、かの一門引き入れるのは危うきに過ぎまする」

「そうかよ」

「それに、劉将軍が内外への神武を示されまするに、供物・・は求められましょう?」

「ぞっとしねえ言い方だな」

 なんの気もなく返事する――フリを、した。

 奴らに見透かされてる、そいつァ覚悟してるつもりでいた。っが、いざ実際にそいつを知らされんなァ、きちィ。どこまでバレてて、どっからバレてねェのか。どうやりゃそいつを探り出せんのか。

 寄奴が考えても仕方のねェことかもしれねェ。たァ言え、国を転がすのと同じくれェ、あるいはそれ以上に、そいつァ寄奴の進む道の明暗を分ける。

「謝晦」

 だから、寄奴ァいちど謝晦に水を向ける。

 男子三日会わずんば、じゃねェが、会稽かいけいでやつを助け出してから、数年かぶりの再会だ。まだまだ幼さァ残っちゃいるが、この若妖怪どもの巣で、それなりに揉まれちゃきたんだろう。もともと読みづれェやつじゃあったが、なおのこと磨きがかかってやがる。

「こういう場に出てくんなぁ、謝混しゃこんじゃねえのか?」

「お許しください、兄はなかなか将軍に頭を垂れられぬのです」

 困ったように謝晦が言うと、辺りからァくすくすと笑い声が漏れる。なるほど、どいつもこいつもその辺ァご存じ、ってわけだ。

「まああいさ。元気でいんならな。じゃ、そろそろ聞かせてくれ。何が狙いだ?」

 単刀直入。

 いきなりのことに、貴公子様がたァ呆気にとられたみてェだ。

 そりゃそうだ、その辺りについちゃろくすっぽ直にゃ語らず、回りくどく語ろうって考えてたんだろう。

 っが、残念ながら、寄奴にそいつと付き合えるだけの根気ァ、無ェ。

 謝晦もまた目をまんまるにしたが、もともと寄奴たァ旧知の間柄だ。そんな問いかけが飛んでくることも承知してたんだろう。周りに目配せを飛ばそうともせず、言う。

「軍権を、陛下、及び建康けんこうより引き剥がす。それが狙いとなりましょうか」

「へえ?」

 こっちにとって都合がいいってな、つまるとこ、噛み合っちまってんだ。その行き着く先についちゃさておき、たどるべき、その道筋が。

司馬元顕しばげんけん劉牢之りゅうろうし将軍に大権を預け、さらに桓玄がその劉牢之将軍を踏みにじりました。これらの振る舞いにより、何が生じたか? 軍権が、東遷以来の家門より引き剥がされたのです――あえて申し上げましょう。劉裕様、あなた様は、この国における枢要に、本来であれば、立てません」

「だろうな」

 迷わず、言い切る。

「戦ぁ、貴族でなきゃ起こせねえ。そいつを下の奴らが破ろうもんなら、即反逆だ。木っ端共が手前で戦を立ち上げてえなら、それこそ国をひっくり返すしかねえ」

「今までは、その通りでした。しかしながら劉裕りゅうゆう様は此度の義挙にて、その例外となられた。帝の承認を経ず軍を立ち上げられ、逆賊を見事に建康より打ち払われた。この国の先達は、劉裕様の義挙を追認するしかございません。統べるべきもの、統べられるべきもの。先達にとってあるべき姿であったはずのものが、此度、大きく揺らぐに至ったのです」

 他の貴公子どもからァ、反応らしい反応もねェ。逆にその静けさこそが全て、って言っていい。王弘もまたそこに溶け込んでやがる。手前ェひとりでうめェ汁をすする気ゃねェ、ってあたりだろうか。

 つまるとこ、転がし方を間違えりゃ、こいつら全員が一気に敵になる、ってこともあり得るわけだ。

 寄奴ァ、いつの間にかカサカサになってやがった唇を舐めた。奴らに対して身を乗り出し、言う。

「じゃ、同盟だな。あんたらの力、こっからも貸してもらう。そのぶん、こっちも力を貸す」

 貴公子どもが一斉に立ち上がり、寄奴に向けて拱手した。

「新たに生まれたる、大義のために」

 奴らァ、声を揃えて、言う。


 ――新たな大義たァ、よくも言ったもんだ。そいつァ決して金ピカな宝玉なんかじゃねェ。血塗られてくすんだ、金のマサカリ、ってあたりだったんだろう。

 建康周辺のゴタゴタを抑え込む、って名目で編まれた兵隊どもの一部が、烏衣巷ういこうに押し掛けてく。王愉おうゆも備えはしてたんだろうが、いざ兵隊にかちこまれちまやどうしようもねェ。広場に引き出され、公衆の面前で斬り殺された。

 ひとときァ皇帝陛下からの覚えもめでたかった一族だろうが、桓玄たちとよしみを通じてりゃ、国賊にしかならねェ。

 その裁きで、寄奴ァ内外に知らしめたことになる。どんな名族だろうが、逆らうんなら、殺す。

 ついでに言や、「殺したんなァ太原王氏だけだった」ってことにもなるんだが――ま、そいつァいま語ることでもねェやな。

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