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07-09 新たなる戦い  

 陛下をないがしろにしたやつを追い払いました、寄奴きどァ英雄として歓迎を受けました、めでたしめでたし。

 で話が終わりゃ、どんだけ楽だったろうな。残念ながら、そんなふうにゃ行かねェわけだ。

司馬休之しばきゅうし様、劉裕りゅうゆうどの! この日を待ち望んでおりましたぞ!」

 司馬休之どのに駆け寄った王謐おういつのオッサン、その後ろにゃ、ずらりと宮中にひしめく妖怪どもが連なってやがる。そいつらがご丁寧に、揃いも揃って大泣きでいやがんだ。

 そこに司馬休之どのァ、落雷のごとき宣言を決める。

「おのおの方、歓待を嬉しくは思う! なれど陛下は、未だ桓玄かんげんの手のもとにある! 陛下を宮中にお連れできて、はじめてこの国を取り返せるのだ!」

 司馬休之どのの言葉に、妖怪どもァ土下座する。

 寄奴の後ろにゃ、穆之ぼくしがいる。うごめく奴らを一通り見回して、ぼそっと「……気色悪い」って呟いた。

 聞きゃ、陛下ァ南の町、尋陽じんように軟禁されてるって言う。桓玄にしてみりゃ、この上ねェ人質だ。間違いなく逃亡の際にゃ、南郡にまで連れ去るだろう。となりゃ劉毅りゅうきらにゃ、陛下の奪還もが求められる。

 孟龍符もうりゅうふ虞丘進ぐきゅうしんァ、まずァ歴陽れきよう。そこで連絡の途絶えちまってる諸葛長民しょかつちょうみん檀道済だんどうさいと合流させて、周辺の混乱、ドサクサ紛れの騒動なんぞを鎮圧に当たらせる。

 孫季高そんきこう傅弘之ふこうしにゃ、建康けんこう会稽かいけいとの間をつなぐ道を確保させた。五斗米道ごとべいどうに荒らし回られた傷も治りきっちゃねェ場所だ、何が起こるか分かったもんじゃねェ。

 京口けいこつにゃ王仲徳おうちゅうとく。兄貴の死に取り乱しちゃいたが、そこァさすがに将家の生まれ、すぐに気持ちを立て直してきた。「京口の守りはお任せください」って寄奴に言ってきたときにゃ、もう目力を取り戻していやがった。

 で、広陵こうりょう。この街にゃ、いまも徐道覆じょどうふく将軍がいらっしゃる。だから孟昶もうちょうも出てこれたみてェだ。

 各地で備えを進めてるわけだが、寄奴にしてみりゃ、ぶっちゃけ一緒に外で暴れてたかった。なにせこっから、国のど真ん中の奴らとツラを合わせにゃなんねェ。いざとなったら剣で、が通用しねェ相手だ。厄介この上ねェ。

「り、劉裕様。わたくしはどこに連行されるのです?」

 寄奴の、斜め後ろ。今にも泣き出しかねねェ声があがる。

「なに、とって食われりゃしねえからよ。安心してくれ。孟昶から、あんたの知識がやべえって聞いたもんだからな。助けてくれるよな、徐羨之じょせんしさん?」

「は!? いや、わたくしなどが、そんな……」

 途中まで言いかけ、しどろもどろになる。

 徐羨之。広陵から孟昶が連れてきたやり手で、やたらと引っ込み思案な性分のくせに、その知識、仕事をさばく手際なんかはとんでもねェって言う。まァ、性分のせいでやんなくてもいい仕事をどんどん抱え込まされる、とも言ってたがな。

 例のしかめっ面で、孟昶ァ言ってきた――今後、劉裕殿の周りには処理せねばならぬ仕事が格段に増えてまいりましょう。ならば徐羨之殿のような人物がおられるか否かで、話はまるで変わってまいりましょう、ってな。

 ちら、と振り返り、わやわやしてる徐羨之を見る。ぱっと見にゃ、そんなにやり手、って感じもしねェんだがな。

「悪いね、徐羨之さん。兄貴はなにせこの性分だし、僕も読書量は少なくない、とは思ってるけど、どうしても実務の方に偏る。お貴族さまのご高説を賜るには、どうにも僕らじゃ不安だったんだ」

 そう言うんなァ、徐羨之の隣を歩く穆之だ。あいつァあんま目立ちたくねェクチだが、さすがにこの大一番にゃ、顔を出しとかざるを得ねェ。今から向かう場所で、何が決まるか。次の動きを考えんのに、そいつをあとから聞くってんじゃ遅すぎる。

「いやっ、しかし、わたくしごときが――」

 いまさらながらに食い下がろうとしちゃきたが、もうだめだ。

「劉建武、ご到来!」

 先導の、この声上げで。

 妖怪の巣の入り口が、開いた。


 空っぽの玉座の横に司馬休之殿が掛けられる。さらにその隣に、王謐のオッサン。分かったんなァそこまでだ。あたァ、どいつもこいつもがほぼ初顔。で、どいつもが薄っぺらい笑顔を貼り付けてやがる――いや、ちったァ知った顔もあったな。太原たいげん王氏の、王愉おうゆ。救国の英雄さまに向けて、まぁずいぶんと剣呑な顔つきをお向けになっていらっしゃりやがった。

「劉裕殿、あらためて御礼申仕上げる。この度は、よくぞ戦ってくれた。貴公の義挙なくば、我らはいつまで桓玄のもとでほぞをかんでおらねばならなかったことであろうか」

 司馬休之どのたァ反対側、きらびやかにめかしこんだお貴族様ァ言う。大儀そうに、ふかふかの扇をはためかせながら。

「なに、終わったみてえなこと言ってんです?」

 っが、悠長に付き合う気ァ、ねェ。

 ざわ、と室内が波立つ。

「ご挨拶だとか、そういうのは後でしょう。桓玄は未だ逃げてる、陛下は未だ取り戻せてねえ。戦時中だ。だってえのに、さも今から宴会でも始めようって装いじゃねえですか。今ぁ、どう桓玄にとどめをくれてやるか、陛下を取り戻すために何するか、じゃねえですかね? 伺いてえんなあ、あんたらの苦労話じゃねえ。己に何ができるかと、何をすべきか、だ。それとも桓玄にしっちゃかめっちゃかにされた政ぁ、軒並み下々に任せときゃいい、とでも?」

 苛立ちも手伝い、ほぼ一息に言い切る。

 へらついてやがった貴族どもァ、たちまち顔を凍りつかせ、お互いを見合う。

 いっぽうの下座、寄奴近くの奴らァ、むしろ顔つきが変わりゃしねェ、しかめつらしいまんま――いや、そうじゃねェ。耳そばだててんだ。

 寄奴の言葉を受け、穆之が一歩前に出る。

「先には司馬元顕しばげんけんの乱脈が国を弱らせ、五斗米道の乱を引き起こしました。桓玄の台頭を許したのは、ご政道が民望を失ったためではありませんでしたか? そして桓玄もやはりそこに気付かずにいたため、こたび建康けんこうより放逐されております。いま、速やかに動かずしていかがいたしますか? ここであなた方が動かねば、今度こそ碩鼠けんそと呼ばれるのは、あなたがた自身ではございませんか?」

 穆之ァ、わざと詩経から言葉を引っ張ってきやがんだ。

 詩経は魏風より、碩鼠。税金かっぱぐだけかっぱいで、ろくに下々のためにゃ働こうともしねェ奴らに呆れ果てた、って感じの詩だ。で、そのろくでなしをネズミに喩えた。

 上座で押し黙っておられた司馬休之どのァ、一座を見渡してから、ゆっくりと嘆息される。

「ご同堂。いちど、私より申し上げておく。この場にそぐわぬとされる官位の御仁が立たれている、その意義について、いま一度お考えになられよ。建武のお言葉通り、非常時なのだ。この国難を打破すべき方策について諮らせていただきたいのだが、いかがであろうか?」

 お貴族さまがたァ、肩をすぼませながら、互いをチラチラと見る。っが、そっからァろくすっぽ意見が上がっちゃこねェ。

 いい加減にしろよ、寄奴ァ怒鳴り声を上げようとする。

 と、そこに、鋭でェ声。

「ならば、発議をよろしいでしょうか」

 寄奴の近く、つまりそいつァ、ほぼ末席だ。

 いちど寄奴の方を見て、頭を垂れる。そっから、司馬休之どのに目を転じた。

 ほっとしたように、司馬休之どのァ返答する。

蔡廓さいかく殿か。かたじけない、お頼み申し上げる」

 蔡廓が司馬休之どのに拱手すると、しからば、って息を吸い込んだ。

 すごかったぜ。

 たちまち、お貴族様がたが青ざめていきやがんだ。

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