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昇龍、扶翼を喪ず――南朝宋武帝 劉裕伝  作者: ヘツポツ斎
6   五斗米道と桓玄
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06-07 龍行虎跨    

「大将軍、ご到着!」

 ど派手に太鼓が叩かれると、京口けいこう府の門が重々しく開かれた。

 ひと組の装甲騎馬が先導になり、旗だの差し物だのが続く。その後ろに、十人がかりの力士に担がせた輿に座る、桓玄かんげん。さすが今やしん国いちの大名籍、見事なまでの仰々しさだ――ところで気のせいだったのかね、桓玄がひきつれてた従者共の規模ァ、確か皇帝陛下しか認められてなかったんじゃねェかな。

 ぞろぞろと続く隊列を、北府兵ほくふへいらが剣を掲げ、出迎える。口々に張り上げるんなァ、「晋国千載しんこくせんざい司馬氏万載しばしまんざい!」だ。さすがにまだ「桓氏万載」を言わすまでの度胸ァなかったらしい。

 桓玄ァ京口府練武場をまっすぐに進む。設えられた桓玄のための席の横にゃ、桓脩かんしゅう寄奴きどが片膝をつき、拱手で出迎える。

「大将軍直々のお越しを賜り、この桓脩、身の引き締まる思いにございます」

「大儀である」

 ゆっくりと輿が降ろされると、五、六人の小姓が桓玄を立ち上がらせ、席へと連れていく。その後ろにゃ痩せぎすで、ギラギラした目つきの鎧武者――馮該ふうがいがいた。

馮司馬ふうしば

「は」

「この軍容、いかに見立てる」

「骨が折れましょうな」

 はっ、と桓玄ァ笑う。

「彼の者らは、今や同輩ぞ! 南郡なんぐんにおった頃の癖が抜けんか!」

「さにありましょうや。少なくとも、」

 馮該ァ、その鋭でェ目を寄奴につきつける。

「そこな司馬殿の険気は、いまにも一戦交えようかという勢いに思われまする」

 促され、寄奴を見た。

「あぁ。覚えているぞ。そなた、淝水ひすいの論功行賞の場におったな。なるほど、間近におれば、これだけの覇気かよ」

 桓脩と軽く挨拶を交わしてから、桓玄ァ寄奴の前に立つ。で、ぽん、と肩を叩く。

「トゥバ・ギを妨げ、ムロン・チュイより劉牢之りゅうろうしを守り。そして五斗米道ごとべいどうとの戦では、まさしく獅子奮迅の働き。その無双の武、私も大いに期待している」

「――どうも」

 言いながら、頭を垂れる。

 トチった。

 殺気をとどめきれなかった。

 相手が馮該なら、仕方ねェところじゃあ、ある。だがそれ以上に、寄奴ン中で怒りが膨らんじまった。

「なるほど、白髪どのが殺しておけと言うわけだ」

「丁旿が?」

 桓玄に反応したんなァ、桓脩。

 助かった、寄奴ァ内心でため息をつく。

 言われたそばから返事したんじゃ、どんなボロが出るかもわかったもんじゃねェ。

 そっから、できる限りの不機嫌を貼り付け、寄奴ァ顔を上げる。

「あの糞莫迦クソバカ、まさか、大将軍のご厄介になってんです?」

「私ではない。西府せいふの武技顧問、陶潜とうせん殿の下にある。えらく先生がお気に入りでな。今では西府でも指折りの猛者よ」

「へえ、じゃあ、ぶち殺すときにゃ、少しゃやりがいもありそうです」

 寄奴が獰猛な笑いを浮かべっと、「劉裕!」って桓脩から叱責が飛んできた。

「貴様と丁旿ていごの係争は、とうに手打ちになったろう! これ以上の私闘をなせば、貴様とて軽からぬ罰を得ようぞ!」

 構やしねえですよ、寄奴が返事しようとする。が、それよりも早く、桓玄が手を打ち鳴らす。

 桓脩ァ弾けるように振り向くと、あわてて拱手した。

「こ、これは大将軍の前での醜態、面目の次第も――」

「良い。北府に名を轟かせる猛虎の気炎よ、焦がされる程であってもらわねばな。いいものを見せてもらったぞ、劉司馬」

 何が焦がされた、だ。

 桓玄ァ、あくまで涼やかなツラ。

 でっぷりした外面からじゃどうしたって忘れがちだが、あいつ自身の武がやべェ。寄奴の殺気にゃ、オレ穆之ぼくしもしょんべんちびるほどだった。っが、あいつが威圧されることなんざ、まずもってありえねェんだろう。

「――勿体ねえ話で」

 寄奴ァあらためて、拱手する。

 練武場で駆けずり回る北府兵たち。酒盃をくゆらせながら、桓玄がそいつを見届ける。

 寄奴もそれ以上、桓玄に突っかかろうたァ思わねェ。っが、馮該ァじっと寄奴を見てきてた。睨みつけるってんじゃなく、品定めでもするかのように。

 骨が折れそう、か。

 そりゃ、こっちのセリフだ。

 寄奴ァ内心で毒づく。どいつもこいつも、もっとこっちを見くびってくれりゃ楽だってのによ。


 ぶち抜けるみてェな青空の下。

 船が寄奴らを載せ、長江ちょうこうから海に出、浹口島きょうこうとうに向かう。

 広陵こうりょうでのことを思い出す。はじめて寄奴が孫恩そんおんと出会ったとき、やつァ「浹口の孫恩」って名乗ってやがった。

 そいつァ、会稽湾かいけいわんの出口あたりに浮かぶ島。聞きゃ、そこが五斗米道ごとべいどうのねぐらだって言うじゃねェか。

 会稽から海伝いで南に行こうってんなら、陸地と浹口島の間を抜けてかにゃなんねェ。海の関所みてェなモンだ。奴らが反旗を翻してこっち、南の端、番禺ばんうにまで向かうんにゃ、海伝いァ五斗米道どもの縁者か、よっぽど備えのある船団くれェしか使えなくなった。

 うめェとこに陣取ったもんだぜ。陸地からそう離れちゃねェから、すぐこっちに出張れる。たァ言え守ろうとすりゃ、海峡がそのまま天然の堀になる。

 だが、いいかげんこっちも奴らになされるがままにもなっちゃいらんねェ。だから桓玄ァ、新生北府軍に、はじめての任務を申し付けた。

 水軍による、浹口島の撃滅。

 総大将ァ桓脩で、寄奴ァその副官だ。

「驚いたな。操船の心得もあるのか」

 人夫らに次々と指示を飛ばす寄奴に、桓脩が話しかけてくる。

「たいしたこっちゃねえですよ。京口ぁ港町だ。船に乗る莫迦どもも少なかねえんで、そいつらぶっ叩きたきゃ、嫌でも覚えちまう」

「なるほど、そういうものなのか」

 どうにも調子が狂う。

 桓脩ァ、桓玄のいとこ。なら、のちのちにゃ倒さにゃなんねェ相手だ。こっちとしても素直に憎ましてもらいてェんだが、ことあるごとに奴ァ絶賛してくる。ただのおべんちゃらなら鼻で笑って終ェだが、ヤツの口ぶりにゃ、取り繕ったとこもねェ。

 なら、せめて無能だったら良かったんだがな。

 そいつも当てが外れた。浹口を攻める桓脩の手立てァ堅実、かつ確実。あえて真正面から踏み潰す手立てを選び、たァ言え要所要所じゃきっちり手綱をさばき、確実に五斗米道どもを潰してく。

 その、桓脩が。

「――釣られたな」

 ぽつりとこぼす。

 言わんとしてるとこァ、寄奴にもすぐ察せられた。

 やわすぎる(・・・・・)

「劉裕よ。そなたは建康を襲った五斗米道軍の船団を見たか?」

「ええ。うん万は軽く超えてくる感じでした」

「そのような大軍、どう匿えようか? 京口けいこうの町ひとつにも満たん、この島で」

「無理っすね。この島だけじゃねえ。沿岸のどの村でだって無理でしょう。軍港らしい軍港があるなんて話ゃ、聞いたこともねえ」

「だが、それでも奴らは南に向かった。ならば、その先には?」

「――番禺、ですか」

 そう、地のはて。

 会稽湾から南をぐるっといきゃ、沿岸ァすぐに山だらけ。でけェ港町なんざ、到底作れたもんじゃねェ。

 で、はじめて大きく山地が開けてくんのが番禺、南のはて。もっともそっから、更に西に進めたりもするわけだが。

 くくっ、と桓脩ァ苦笑する。

「してやられたな。我々の視野に、長駆はなかった」

「水陸どっちで行くにしたって、番禺攻めの軍を編もうってんなら、なんやかやで半年っすね」

「その期間で、奴らは十分に態勢を整え直せような。ともなれば、もはや追撃とは呼べん――なるほど、劉牢之殿が振り回されるわけよ。よほど五斗米道共のほうが、天下を広く見ている」

「厄介きわまりねえっすね」

 劉牢之、の名前に変に反応しすぎねェよう、寄奴は抑えた声で返事した。


 それから間もなくして、寄奴んとこにしらせが届いた。

 驚きだぜ。

 いわく、孫恩を捕らえた、ときやがった。

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