05-06 向、沈、両王
新品の鎧を着込み、儀礼用の剣と、将軍の証になる銀環を佩く。苻堅から寄越された剣ァ、さすがにまだ持ち出さねェ。司馬休之どのから返しちゃもらってたが、さすがにいまの寄奴の官位にゃ不釣り合いにも程がある。
「ほんに甲冑って奴あ邪魔くせえな。矢でも槍でも、当たらなきゃいいだけだろうに」
ぼやく寄奴を、四人の男が呆れたようなツラで眺めてる――どいつもズタボロ、包帯まみれだ。ついさっきまで、散々寄奴に可愛がられてやがったんだ。
「あのな、寄奴。そんなんお前にしかできねえよ」
四人のうちひとり、向弥が言う。
幼なじみなだけあり、いくらぼてこかされまくっても、変に寄奴におもねったり、怯えたりもしねェ。
もっとも、他の三人だってそうそう寄奴に縮こまり上がるようなタマじゃねェが。
十何人もいた庭番候補も、寄奴が絞るうちに一人抜け、二人、三人。気付きゃァこいつらにまで減ってた。もっとも、変な数の庭番抱えちまや、それこそ私兵を飼おう、みてェな振る舞いにも見えてくる。こんくれェが塩梅、ってもんなんだろう。
寄奴ァ、三人の中でもとくに年若い、うつむいた奴を見る。
沈田子。
臧熹からの話を聞いて、寄奴ァ即孟昶に渡りをつけた。そしたら孟昶の動きもまた速かった。沈田子のオヤジが五斗米道に関わってること、孟昶も気にゃ掛けてたんだろう。すぐさま沈田子を、京口に送り出してきた。
なにせ広陵、一度ァ五斗米道のせいでえらいことになりかけたことがある。
そいつァ寄奴、いや、正確にゃァ偵察に出向いてた崔宏が、寄奴を使って叩き潰したわけだが、そんなこんなもありゃ、その名前にぴりぴり来る奴も少なかねェ。
ひとァ噂だけでも、ひとを殺す。
「沈穆夫だったな、お前の親父」
沈田子が顔を上げた。
「先に言っとくがよ、戦だ。殺すかも知んねえからな」
このへん、寄奴ァ容赦なく言う。もちろん沈田子も、覚悟っくれェ決めてたろう。寄奴みてェな、五斗米道をさんざボテコかしてる奴の懐に収まるってな、もともとそうもなり得る、って事じゃある。
「孝と、忠。どちらが重きものか、図りかねております」
沈田子が言う。
思い詰めたようなツラ。なにもかもを投げ出して寄奴に従う、そんなことすら言いかねねェよそおいだ。
寄奴ァ苦笑しながら、沈田子の肩を軽く叩く。
「忠なんざ考えるな。孝は、銭とだけで比べろ。お前らを従えたつもりはねえ。お前らの身体を借りてるだけだ」
沈田子ァきょとんとする。
王さまどものやり取りを繰り返し見てりゃ、忠義、なんてモンがどんだけ危ういかってないやってほど感じちまう。いや、そいつがあるに越したこたァねェ。っが、そいつに甘えたせいでコケた王さまの、なんて多いことか。
だから寄奴ァ、まずは銭の繋がりを重んじることにした。そこの筋をきっちりと抑えた上で義だ忠だって話になるんなら、それでもいいだろう。
沈璞と出会ったんなら、敵だ。殺す。
そうなったら沈田子にとって、寄奴ァ親の仇になる。そいつが孝の道に従うってことだ。当たり前の話だ。
そんかし、寄奴だって黙って斬られるわけにゃいかねェ。刃向かってくんなら、返り討ちにする。事情がどうだろうが、敵。そんだけだ。
元服したばっかの沈田子にゃ、あんまりにも酷な話だろう。そのツラにゃ、どうしても迷いがある。
それでいい。
こっから先、数限りなく無体な二択を突き付けられる事になんだろう。必要なんなァ、覚悟を持って選ぶこと。あっちが良かった、なんて振り返ったところで取り返せるわけでもねェし、っつーかよそ見すりゃ、斬り殺されて、しめェだ。
沈田子が改めて寄奴を見る。
まだ、迷いと苦みァ、ある。けど、さっきよりゃァ多少マシな面構えだ。
「よし、――元徳、仲徳!」
二人ァ、秦から流れてきた兄弟。そこそこの家の出じゃあったみてェだが、逃げるにあたっちゃ、手前ェらの子供すら見殺しにしなきゃなんなかった、って言う。はじめの頃に較べりゃだいぶんマシなツラになっちゃ来てたが、それでもちょくちょく、奴らの顔ァ、沈む。
だからこそ寄奴ァ、奴らを盛大にぼてこかしてきた。余計なことなんぞ考えねェで済むように。
「悪りいな、まだお前らを戦場にゃ連れてけねえ。積もるもんはあんだろう、今は田子と林子とで晴らしてくれ。もちろん、弥でもいい」
げ、って、今度ァ向弥が顔を引きつらせた。
「ちょ、寄奴テメエ、殺す気か!」
そう言って食いかかってくりゃ、寄奴ァニヤリと言い返す。
「そうだな。こいつらに殺されたほうが、まだいろいろマシかもだぜ?」
「――この野郎!」
ひとしきり笑ったあと、寄奴ァツラを引き締める。
いつまでも遊んじゃいらんねェ。この出陣で、今度こそ五斗米道どもをぶっ叩かなきゃなんねェ。
「頼んだぜ、家のこと。こっちゃこっちで、でけえ手柄立ててくんからよ」
改めて寄奴が言や、緩みかけてた奴らの顔も、すぐさま引き締まる。寄奴が拱手すりゃ、奴らもすばやく拱手を返す。
「よし」
寄奴ァうなずき、道和のほうを見た。
そしたら道和ァ、懐から一本の竹簡を取り出し、寄奴に押しつけてきた。
目元を見てみりゃ、うっすらとくまがついてやがる。
「手間かけさしちまったみてえだな」
寄奴ァ竹簡を受け取ると、ろくすっぽ中身を改めようともせずに仕舞い込む。
「締めるなら早いほうがいい。こういうの、後々になればなるほど面倒だしね」
「違いねえ。――で、お前のお薦めはよ」
「王道隆」
言うと、道和ァ傍らの竹簡を引っ張り出す。開いてみりゃ、ずらずらと並ぶ文字、文字、文字。
「こいつらが軒並み、王道隆に対する恨み言だ。いやはや、見事なもんさ」
京口から出立すると、寄奴ァ劉牢之将軍に依頼、真っ先に王道隆を配下に加えてもらうことにした。
すごかったぜ。あいつの鼻息。




