04-13 うねり
こっから寄奴ァ五斗米道との再戦、そっから宮中のいざこざに巻き込まれてくんだが、その前に、己のほうについて話しとこう。
先生、覚えてるか? ムロン・チュイとトゥバ・ギがぶつかり合った後に、桓玄のとこにちまっとした使節団が来たじゃねェか。で、何故か己が、そいつらに呼び出された。
特訓邪魔された先生はえらく不機嫌、己ァ逃げれて大喜び、そんなんなってた、あの日のことだ。
だがあん時ゃよ、逃げだせたと思った先にも、結局ひでェ地獄が待ってやがったんだ。
そん時のことだ。
「ごきげんよう、丁旿殿。貴公とは、淝水以来かな」
呼び出された一室にゃ、草どもに囲まれて、崔宏がいた。
なんてこった、己ァ一も二もなく逃げ出そうとする。っが、あっちゅう間に草どもが部屋の出口をふさいできやがった。
「残念だ」
卓の向こう、崔宏が悲しげな顔を浮かべる。疑うまでもねェ。とことんまでに芝居がかっていやがる。
「貴公と友誼を結ぶ、又となき機と思い、ご招待申し上げたのだが。こうも嫌われておるとは」
ほんと、よく言うぜ。
確かに、こん時ゃ一応トゥバ・ギと寄奴ァぶっかってねェ。なら敵同士、たァ言えねェことにゃなる。
泡喰った己ン中で、寄奴がさんざん「落ち着け」って繰り返す。いいから深呼吸しろ、どうせ逃げれねえんだ。
草どものツラを見る。つってもどいつもが鼻から下を布で隠してやがるから、その妙に冷め切った目しか見えねェんだが。
が、そこでふと思い出す。寄奴づてで見る孫季高の目も、やっぱりそんな感じだった。
あいつァあいつで、悪い奴じゃねェ。いい奴かって聞かれたら、正直迷うが。そう考えりゃ、どいつもこいつも、話の通じねェ虎でも狼でもねェんだ。
寄奴の声に従って、大きく息を吐く。それから、改めて崔宏を見る。
「先に言っとくがよ、己りゃ、何も話さねェからな?」
ぴしゃりと叩きつける。たァ言え、そうなるのも踏まえちゃいたらしい。崔宏ァ、例のまったく笑ってねェ笑みを浮かべた。
「なに、聞く耳さえ拝領できれば重畳よ」
そう言って、崔宏が席を示す。
己が座ると、崔宏も合わせるように座った。
「報告致そう。主上はムロン・チュイに決戦を挑み、勝利なされた。此度西府に赴きたるは、桓玄殿へ感謝を伝えんが為である。我らにとりての今ひとつの険敵、ヤオ・チャンを、桓玄殿に牽制して頂いた故な」
ヤオ・チャン。
トゥバ・ギから見りゃ、ムロン・チュイは南東に、ヤオ・チャンは南西に貼り付いて来やがる敵だ。ろくに考えもなしでどっちかと戦かや、もう片方に押し込まれんのは明らかだ。
なら、そいつらに押し込まれねェ為にゃ、何をすべきか? そいつらの敵を焚きつけて、トゥバ・ギどころじゃなくしちまやいい。
考えつくのと実際にやれんのとじゃ、天地ほどの開きがある。っが、こう言っちまうんなァアレだが、奴ならやれるんだろう、たァ思わされちまう。
「併せて、貴公が西府入りしたとも報せを受けた故な。こうして挨拶にまかり越したる次第よ」
へェへェ、そいつァありがたいこって。
聞き流すふうでいた己に、崔宏ァ特に気を損ねたふうもねェ。
「此度の戦、勝利したは我らであったが、損害的な面で言えば、ほぼ痛み分けにも等しい。とは言え、この敗戦を受け、ムロン・チュイは陣中にて歿した。あとを継ぐは甥のムロン・ジアとなろうが、大いなる主を失ったムロン部は、この先大いに荒れよう。我々は、ムロン部を適度に掻き乱しつつ、ヤオ・チャンの攻略に取りかかる」
寄奴に軍権がありゃ、今こそがムロン・チュイにかっぱがれた辺りを取り返す、絶好の機会じゃあった。が、動けねェ。五斗米道が改めて会稽を狙うって宣言してる以上、ほいほい北に大軍向けるわけにもいかねェからな。
それに、司馬元顕ァ劉牢之将軍を便利な護衛、みてェに扱ってた。その劉牢之将軍以外に、敵国ぶんどるだけの大軍動かせる将軍ァいねェ。
トゥバ・ギの野郎がぐんぐん力をつけてんのに、寄奴ァまだまだ誰が敵か味方かもろくろく見出せちゃねェ。まァ、苛立つな、って方が無理だろうな。
「――あァ、思い出した」
だから、寄奴ァ己に伝言を言いつけた。
「おや、何も話さぬのではなかったのかね?」
「言ってろよ。己ァあくまで寄奴からの話を伝えるだけのオウムだ――いいか、トゥバ・ギ、崔宏。手前ェらにゃ、建康でこっちの酒を振る舞ってやる。北人の腹にゃちとキツいだろうけどな」
ったく、なんてこと言わせんだかな。
奴らを建康に来させるってな、言ってみりゃ亡国の将として、だ。
ぶちのめして、建康でさらしもんにして、殺す。そう、寄奴ァ叩き付けた。
ふ、と崔宏が笑う。
「伝言、ありがたく承った。ならば、あらためて主上の言葉も伝えおこう」
崔宏が指を鳴らす。
いきなり、草が数人がかりで己に躍り掛かって来やがった。
気配ァ、読めなくもねェ。が、人数が違いすぎる。ろくろく抵抗もできねェまま、己ァ草どもに組み敷かれ、うつぶせに床にたたきつけられた。
「――っがっ!」
何ごとか、なんてろくろく考える暇もねェ。己の首筋に、ひんやりした痛みが走る。
剣だ。
足元しか見えねェが、 ひとり豪華な靴。
崔宏が、剣を突き付けて来やがった。
「こちらは、貴様が贄ならずとも一向に構わぬ。精々、失望だけはさせてくれるな――と」
先生に殺されかけてたとこに、崔宏にまで殺されかけんだ。
まったく、どんな厄日だ、って思ったね。




