02-10 逆鱗
崔宏の草どもが動いてた、って事もあるんだろう。臧愛親は割とすぐに見つかった。臧熹と二人で幌を建ててたところから少し離れた、ひと気のねぇ路地の片隅。
愛親ァ、そこにひっそりと転がされてた。
「あ、姉上!」
悲痛、と言っていい臧熹の叫び。
草どもが掛けた布の下、呼吸は、ある。
だが、目にゃ痣、頬にゃ砂利の交じったひっかき傷。近くにゃ明らかに愛親のモンだってわかる髪の毛の束が散り、そこに、四、五枚の銭が投げ落とされてる。
「熹! 下手に触るな!」
縋り付こうとした臧熹に、寄奴が怒声で待ったを掛けた。
びくっと止まった後、臧熹ァ恨めしそうに寄奴を睨んで来る。
だが、そんなんに構ってる暇なんざねェ。
臧熹を脇にどけ、少しずつ布をはだける。
腕、肩、胸、腹、腰、股、腿、脛、足、と調べて回る。
そして、ぎり、と歯を食いしばった。
「怒鳴っちまって悪かったな。だが、下手にお前が縋り付いてたら、愛親の肋が飛び出てたとこだ」
臧熹が息を飲んだ。そのまま力尽き、へたり込む。
「な、なんで――」
なんでもクソもねぇ。意趣返し、って奴だ。
うっすらと、愛親の目が開いた。
「愛親!」
「うっせえ、傷に、響く、んだよ」
あんだけ圧のあった声が、何ともか細く、切れ切れになっちまってた。
「熹。あんたにも、怪我、させちゃった、みたい、だね」
「私は大したこともありません、それよりも姉上が――」
「いいんだよ。アンタが、無事なら、……臧家は、」
愛親が口に出来たのァそこまでだった。ふたたび意識を失う。
いつの間にやら、臧熹の顔ァ涙でぐちゃぐちゃになってた。「こっちなら大丈夫だ」って寄奴が布の下から愛親の右手を引っ張り出すと、おずおずと握り締める。
「――項将軍」
「何だ」
「どうすれば、強くなれますか」
吐き出すような、ひねり出すような。さっきまでいた、姉貴の後ろで引っ込んでたちびガキは、どうやら死んじまったらしい。
「戦う、しかねえな」
「はい」
臧熹の懐から、銅環が転がり落ちる。
そいつは、薄汚れ、ひしゃげちまってた。
途端、寄奴の中に殺意が荒れ狂う。戦働きン時たァ、まるっきり違う。どす黒く、ヘドみてェな奴だ。
愛親がしきりに口にしてた言葉、臧家。
手前ェにどんだけの災難が降りかかったとしても、臧家を再興する。その旗印を失わねェでいたからこそ、愛親ァ強くあれたんだろう。
先だって蹴散らしたチンピラどもの、ゲスな笑いが寄奴ン中で響いた。愛親をさらったのが奴らだってのァ、臧熹自身から聞き出したことだった。家宝でも抱えるかのように飾られてた銅環が、いま、散々な有様となり果ててる。
たまらず剣を握り、立ち上がる。
だが、
「おや、どこに赴かれる?」
背後からの、落ち着き払った声が水を差す。
「――邪魔すんのか、崔宏」
「さて、如何したものか」
振り向きざま、崔宏に切っ先を突き付ける。
するとほぼ間を置かず、草たちの刃が寄奴に向いた。突き付けられた当人ァ微動だにしねェ。
「止められるとでも思ってんのか? 安く見られたもんだな」
「どちらかと申さば、諫める、であろうな」
「あン?」
しばし睨みつけた後、剣を下ろす。だが、収めァしねェ。
だから、草どもも刃を下げるこたァねェ。
「おおよその話は聞いている。なるほど、義は御身にあろう。それで、如何様にして裁くお積りか?」
「知らねえよ、ぶち殺す」
「そうか」
崔宏の目が愛親と、側に居る熹に向いた。
「御身なら容易く成し遂げような。だが、結果として晋兵同士の私闘となる。御身にも罰は下ろうが、まぁ、概ね問題あるまい。だがな、そこな二人は死ぬぞ」
びく、と寄奴の肩が揺れた。
そもそも私闘なんてな、両成敗が妥当なお裁きだ。だが、いま寄奴が私闘を引き起こしたことについちゃ、おそらく上が揉み消しに掛かってくるだろう。別に寄奴を上がどう思ってるか、なんてことじゃねェ。チンピラどもと寄奴とじゃ、値段があまりにも釣り合わねェんだ。
だから、釣り合う値段の奴ァ誰か、って話になる。
寄奴は怒りに口元をわななかせた。だが、どうしようもねェ。英雄だのなんだのと持てはやされたところで、所詮はこんなもんだ。白を黒とするにゃ、あんまりにも、そん時の寄奴の力はちっぽけなもんだった。
だから、天を仰ぎ、深呼吸する。
剣もしまう。
「なら崔宏、教えてくれ。己は、どうすればいい?」
その言葉を聞いて、崔宏が微笑んだ。気のせいだろうか、そいつァ初めて温度の伴った微笑みだったような気がした。
草を下げさせると、まずは改めて拱手をする。
「恐れながら、言上仕る。先にも指摘した通り、此度の障害は、このままでは御身と下手人とのいざこざが私闘となることにある。であるならば、私闘、とならねば良い」
「簡単に言うじゃねえか」
「無論、手立てを持つが故に申し上げている。もとよりこの広陵へは、野暮用を果たしに来ておったのでな。そのついでよ」
実感せざるを得ねェ。崔宏ンとこに招かれたって時点で、もう始めっから蜘蛛の巣に飛び込んじまってたようなもんだったんだ。いきさつはどうあれ、崔宏ァとっくに寄奴にゃ考え付かねェような根っこを、この広陵で張り巡らしてる。
不用心にもほどがあったって臍を噛んだが、後の祭りだ。
なら、今は崔宏に乗るっかねェ。
「己は何すりゃいい?」
「二つ。臧愛親の看護、そして、五斗米道掃討部隊の編成」
「五斗米道、だと?」
崔宏が顔を上げた。その顔に浮かぶ笑みは、もう、さっきまで浮かべてたような、うすら冷たいシロモンだった。
その三日後、夕刻。
広陵府の中庭に、おさむれぇどもが並ぶ。五人をひと固まりにして、五小隊。
「結局はこうなるのですね」
盛大にため息をつきながら、孟昶が言う。
は、って寄奴が笑った。
「そういう巡りあわせなのかも知んねえな」
「諦めるより他ないのでしょうね。ではせめて、近侍を付けることくらいはお許し願えますでしょうか」
「ああ」
「ありがとうございます。――龍符!」
「オウ!」
孟昶の招きに応じて姿を現した男、いや、男ってのもアレだな。動く小山とか、そう呼んじまったほうがいい気もした。顔つきゃ孟昶と似てる、ように、見えなくもねェ。が、体つきがまるで違う。
「へえ」思わず寄奴が感心の声を漏らした。
「すげえな。俺よりでけえ奴にゃ会わねぇでもねえが、ここまで厳つい奴ぁそうそうお目に掛かれねえ」
ぎろり、と龍符が寄奴を見た。
「そりゃどうも。アンタの噂は嫌ってほど聞いてる。なるほどとも思ったぜ。だが、己のが強えぇからよ。安心して己のケツにひっついてろ」
「無礼だぞ、龍符!」
泡食った孟昶が、寄奴と龍符の間に割って入った。
「失礼致しました、項将軍。こちら私のいとこ、孟龍符と申します。いとこのひいき目を抜きにしても、その武は冠絶しており、将軍の助けとなってくれることでしょう。――とは申せ、この通り、いささか軽率ではありますが」
「いいってことよ。頼りにしてっからよ」
寄奴ァ孟昶の頭を飛び越え、龍符の胸甲に軽く拳をぶつける。龍符ァにやり、って笑った。
そっから改めて、寄奴ァ顔を引き締める。
演壇に上り、改めて、この任務のためにつけられた兵どもを見回す。
「振威参軍、蕩難将軍。項裕より申し伝える」
おさむれぇどもが姿勢を正した。
「五斗米道が、餌に食いついた。今晩、この町西部の蔵に奴らが押し入ってくる。段取りを確認する。奴らが蔵に押し入ったところで、入り口を抑え、潰す。ただし阮佃夫、朱幼、申伯宗の三名は生け捕りにしろ」
三人の名前を挙げると、そんだけで寄奴の奥でちり、と焦げるもんがある。そいつァ他でもねェ、例のチンピラどもの名前だった。崔宏が、あっちゅう間に調べ上げやがったんだ。
だから寄奴ァ、吐き捨てるように、言う。
「五斗米道なんぞに身売りしたらどうなんのか、奴らの首に教えてやれ」




