10-14 北へ
「こうなんのかよ……」
「な? だから言ったろ」
別に得意になるわけでもねェ。胡藩ァさっそく、燃えさし見ての銭勘定だ。「うっひょ! こりゃうめえや!」って叫び声についちゃいらっとくるが、まァどうしようもねェ。
胡藩が戦の場になるって言った、竹里。寄奴の目の前にゃ、建康で寄奴の前に迫ってきやがった大船団――の、消し炭が転がってやがる。
しかもご丁寧なことに、すべての船が東岸にめり込む形だ。人と物とを問わず、残りを引っ張り出すのに楽なことこの上ねェ。
どんくれェの西風が来るか、あらかじめわかってたんだ。寄奴の率いた船団ァ多少流されこそしたが、踏みとどまれた。むしろ目の前の五斗米道どもが勝手に道を開けてくれた、ってなもんで、そのまま南下した。
あたァこの先、どんだけ奴らを追い込めるか。これで孫季高らも首尾よく番禺を落してくれてりゃ御の字だが、そのへんァ変に期待しすぎねェほうがいい。竹里での後片付けが住んだとこで、追撃の後発を組む必要がある。
「……これが、胡将軍の戦果ですか」
胡藩の隣で、徐逵之がつばを飲む。
「気にすんなよ婿殿、戦の勝敗なんざめぐり合わせだ。今日、たまたま俺の庭で奴らが燃えやすいとこにいた。そんだけだ」
しれっと答える胡藩に、徐逵之ァ律儀にも「まだ婿と認められたわけではありません」って返してから、言う。
「戦は勝敗こそが全てでありましょう。めぐり合わせも、また勲功の元手。それを過たず用いれるかどうか、が求められるものです」
胡藩ァ寄奴を見て、苦笑してみせる。
寄奴も、思わず笑いかけた。たァ言え徐逵之ァ建康での大ゴケをどう挽回するか、で頭がいっぱいだろう。ヘタに茶化すわけにもいかねェ。わざとしかつめらしい顔を作って、徐逵之を見る。
「言ったな? なら、やってみろ。五斗米道どもぁ、ここで息の根を止めとく必要がある」
言うと、寄奴ァ蒯恩を呼ぶ。こっから先のやりかたについちゃ、もう一通りこの朴訥で、けどやれって言われたことについちゃ間違いなくこなすやつに伝えといた。あたァ徐逵之がその器で、どう蒯恩らを使えるか。
ぬっと出てきた蒯恩に、徐逵之ァややたじろいだふうじゃあった。っが、すぐに気を取り直して拱手する。
「将軍のお側に常にいらっしゃるべきであるはずの、あなた様の手を煩わせてしまうとは! このご恩、なんとしてでも功にてお返しせねば!」
力みばっかが先走っちゃいたが、ま、悪かねェ。一隻を任し、南下してった船団を追わせる。そいつを見送ってから、寄奴ァつい、ため息を漏らす。
「このまま行方をくらましちまいてえな」
「やめてくれ、儲け口がなくなる」
「……っとに手前、銭しか頭にねえな」
「おうともよ」
あっけらかんと言い切る胡藩ァ、だからこそいまの寄奴に取っちゃ気の紛れる相手でもある。
ムロン・ジアを潰した。五斗米道ァこっから先どうなるかもわかんねェが、まァほぼほぼ潰せたろう。受けた損害も小さかねェが、まずまず引いた絵図通りに転がせてたって言える。
っが、外に気が向きすぎてた。
建康に戻りゃ、陛下と皇弟殿下に労われるんだろう。司馬休之どのじゃなく。
殿下の後ろに、王弘がいた。やつの目論見がどこにあんのか。どうすりゃそいつを拾い上げ、利用するなり、叩き潰すなりが出来んのか。そいつァこんなとこでいくらうだうだ考えたとこで、決してわかりゃしねェ。
「藩。後片付けは任せる。いい加減己ぁ魑魅魍魎どもと向かい合わにゃなんねえからよ」
「おう、任せときな。戦功調べる際、たっぷり俺に色つけてやるからよ」
「死にたきゃやっても構わねえぞ」
軽口叩いてられんのも、ここまでだ。
寄奴ァ北に戻る船に乗る。
とにもかくにも、何が起こってんのかを見届けにゃなんねェからな。
いちど予章、盧循どもが何無忌を殺した上で攻め立てた町に寄る。余った兵糧だなんだを焼け焦げた役所にいる臨時の長官代理に預け、合わせて何無忌が殺されたっていう場所に案内してもらった。
聞きゃ、死ぬまで晋の旗を手放さず、「俺から晋の国を奪ってみるがいい!」って叫んだんだとか。
そいつを知り、寄奴ァ思わず呟いちまった。
「孟昶といい、ここで死んどけたんなぁ、もしかしたら幸せなのかもな」
北に向く。
見りゃ、建康のほうにゃどんよりと雲が垂れ込めてやがった。




