6 そばにはいられない
その日、ウルは魘されて目が覚めた。
そして目を覚ました時、一瞬そこがどこだか分からなかった。
ゴロゴロという大きな音。たまに四角い窓からのぞく稲光。
目の前には、心配そうに顔を覗きこんでくるヒースの顔があった。
ウルは必死で、ヒースの体にしがみついた。
あれは夢。でも夢じゃない。本当にあったこと。
ウルの父親と母親が、野犬の群れに囲まれむざむざと食い殺された日の事。
その日も、こんな風に酷い雷雨だった。
高い木の上に乗せられたウルは、絶対にそこから降りてはいけないと言い含められていた。
高いところが恐くて、カクカクと足がすくんだ。
何より怖かったのは、足元から聞える両親の悲鳴。肉の避ける音、野犬の唸り。
怖くて、寒くて、ウルは必死になって耳を塞いだ。
獲物を失った野犬たちは、ウルを狙って何度も木に登ろうとしたが、強い豪雨の中でいつしか彼らは諦め、遠くへと去って行った。
夜が明けて、次の日は快晴だった。
ウルがどうにか木から降りると、そこには既に形を失くした両親が散らばっていた。
血の気の失せた、腕や足。血が綺麗に洗い流された静かな野原で。
泣きもせずに途方に暮れていたウルを迎えに来てくれたのは、当時の群れの長だった。
「おちつけ、ウル」
「ヒース、こわい…こわいよ。ヒース。一人にしないで…ッ」
「わかった。わかったから」
必死になって、ウルはヒースにしがみついた。
目を開ければ今にも、あの日見た景色が広がっていそうで。
こんなに頑丈な家の中にいれば、野犬に囲まれたってどうってことないと分かっているのに。
寝汗でべたつく体が、カタカタと震える。
一人にしないで。一人にしないで。ウルはそればかり繰り返した。
ヒースは黙って彼女の体を受け止めながら、苦い顔をしていた。
まるで、彼女を置いて国に帰ろうとしていたのを、見透かされたような気分だ。
今の自分に、果たして彼女を抱きしめる資格があるのか。ヒースは苦悩していた。
いつまでも、一緒にいてやれるわけじゃない。ならば、早く手を離してあげるべきなのかもしれない。
ウルがこれ以上、ヒースに依存してしまう前に。
大丈夫、大丈夫だと繰り返しながら、ヒースもまた、決断を迫られていた。
話がある。そう言われて、ウルはびくびくしていた。
夜中に騒がしくしたからか、ヒースは朝からずっと難しい顔ばかりしていて、ウルが何を言っても上の空だ。
今日のヒースは、山ほどのニンジングラッセを作らなかったし、ウルが捕まえてきたネズミのお墓も作らなかった。
どんなお叱りがあるのだろうかと、ウルは促されるままヒースの向かいの椅子に座った。
「ウル、よく聞いてくれ」
コクン
「俺は、自分の国に帰ることになった」
?
「森の外にある、兎族の国だ」
ガタン
「…座って」
ストン
「…俺は、休暇で森の中に来ていた。だから休暇が終わったら、国に帰らなくちゃならないんだ」
コクコク
「だから、明朝発とうと思う。…ウル、この家はお前にやる」
…?
「俺は、もう多分二度と戻ってこれないが、この家さえあればお前だって…」
ガタンガタン!…バタン!!!
「ウル!待てウル!」
話が終わるのも待たずに何も言わず家の外に飛び出したウルを、ヒースは追った。
しかしそこは流石狼族だけあって、兎族のヒースが追いつけるスピードではない。
やっぱり、もっとウルを傷つけないような言い方があったんじゃないか。
ヒースは自分を責めた。
しかし、今は自己嫌悪に浸っている場合ではない。
森の中に飛び出した少女を、どうにか連れ戻さなくては。
ヒースもまた、安全な山小屋を飛び出した。
先ほどまでは綺麗に晴れていたというのに、雲が再び陰り出している。




