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無希望転生物語。  作者: 翡翠しおん
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5.変わり目に祟り目

 金曜日の午後。

 冴えない我が職場の定休だ。

 社員二人だけど。

 そろそろ新しい風が吹いても良いと思う。


 米とか

 肉とか

 魚とか

 シナチクとか

 イナゴの佃煮とか

 とりあえずリコピン以外の何かの風が。


「先生、顔色悪いわね。どうしたの?」


 くすくす肩を揺らして笑うキャリアウーマン。

 オレンジ色のフレームで可愛らしさを演出したレイラだ。


 約束通り、俺はレイラとのランチデートに赴いていた。

 俺は軽く肩を竦めて、レイラに返す。


「真っ赤な太陽の妖精しか摂取してないのにな」


 反比例して、俺の顔色は白いらしい。

 悪魔め、俺の血の色さえ奪って赤みを増そうとは。

 実に恐ろしい相手だな。


 レイラは呆気に取られた表情を浮かべ、次いで苦笑する。


「やだ先生。受付の子に言っちゃったの?」


「ん? だって言わないとエコデの手料理一人分無駄になるし」


 食料自給率をあげるために一番必要なのは、廃棄量を減らすこと。

 俺はちゃんと社会にも目を向けている。

 社会人の勤めだ。


「あの門番に譲ればいいのに」


 ビクサムに?

 エコデの手料理を食わせてやると?


「……確かにっ!」


 毎日懲りもせずにやって来るビクサムへのせめてものプレゼント。

 俺はそれを潰してしまったのか。


 食料自給率も減らせるチャンスに、俺は何て間違いを……。


 肩を落とさずにはいられなかった。


 まぁ、次回以降の課題にするか……。

 さっさと思考を諦めて、俺はレイラのくれたチラシに視線を落とす。


 新装開店したばかりの洒落たカフェ。

 今日はそこへ連れていってくれるらしい。


 ……もっとガッツリ肉とか行けると思ったのが甘かった。


 考えてみれば、レイラは午後も仕事だ。

 長時間休みが取れる訳じゃない。


 抜かった。


 だけどまぁ、リコピン地獄よりはマシか。

 何か前提が狂ってる気もするけど、きっと栄養不足で三半規管が聴覚情報を上手く脳へ伝えられていないに違いない。

 そう言うことにする。


 じゃなきゃ、俺の数日間の悪魔との聖戦が穢れてしまうからな……。


「でも、何でここなんだ?」


 抱いていた疑問をレイラへぶつける。

 するとレイラは、見る間に顔色を変えた。


 リコピンの悪魔色に。

 思わず戦闘態勢をとりそうになった。


「あの、あ……新しい、彼のお店なの……」


 消え入りそうな声で、レイラが言った。

 真っ赤な顔を俯かせたレイラ。


 どうやら、人並みに照れているらしい。


「一人じゃ、恥ずかしくて行けなくて」


「なるほど。でも俺と一緒もまずくないか?」


 俺、一応男なんだが。

 彼氏的には嫌じゃないか?


 だが俺の心配をよそに、レイラは満面の笑顔を見せる。


「大丈夫よ! だって先生はただの医者だもの」


 ただの医者って何なんだ。

 普通に男のプライドが粉砕されたわ。


◇◇◇


 日光が多く注ぐようにガラス範囲の広いカフェ。

 食器はシンプルなホワイト無地をベースにナチュラルテイスト。


 いかにも女子向けの作りだった。

 乙女心をよくわかってるんだな、レイラの彼氏は。


 今回はレイラも当たりを引いたのかもしれない。

 それは正直、主治医として嬉しい。


 これで泣き女のレイラともさよならかと思うと、少し物寂しい気もするけど。


「ねぇ先生」


「ん? 何だ?」


 正面にいるレイラは、アイスティーの氷をストローでつつきながら、俺に苦笑を向ける。


「ランチなんだから、何もカフェメニューを制覇しなくてもいいんじゃない?」


「ランチだから、逆にカフェメニューを攻める醍醐味があるんだ」


 胸を張って言い返す俺の前には、ずらりとスイーツが並んでいる。


 白の中に赤が鮮やかに光る苺とヨーグルトのトライフル。ホイップクリームの絨毯の上にマンゴーがうず高く積まれたパンケーキ。

 ほろ苦さが大人の味わいのティラミス。


 とりあえず皿にまだ残ってるのはこの三つだけ。

 全12種あったけど、後はもう俺の胃の中にすっぽり納まってる。


 この三つが俺のお楽しみベスト3。

 ちなみに、俺は好きなものは最後に食べるタイプ。

 つまり、これからが本番だ。


「さて、どれから攻め落とすかなぁ」


 食卓の武器・ケーキスプーンをその手に取って俺は口元に笑みを浮かべた。


「あっ……」


 俺がティラミスを口に入れた瞬間、レイラが声を上げた。


 何だ?

 食べたかったのか?

 最初からそういえば良いのに。


 レイラを窺うと、口を半開きで、目はぼんやりと焦点が定まっていない。


 ……これは……まさか脳疾患か?

 小発作の可能性があるな。まぁ、すぐに意識は戻るだろ。

 欠神発作だし。


 それより、このティラミスいい感じに苦いな。

 レシピ教えてくれたらエコデに作ってもらえるんだけどなぁ。

 レイラに頼んでもらうか。


 再度レイラを見やるも、相変わらず魂が抜けている。

 視線の先に何かあるのか?


 それとなく視線を巡らせると、白い服に身を包み、赤いスカーフでアクセントをつけているパティシエが入口の傍にあるレジ前にいた。

 見た目40歳くらいの、口ひげを蓄えた男だ。


 俺はそれに、ピンと来た。


「もしかして、レイラの……」


「パパぁー!」


 ……パパ?


 駆け寄る長いツインテールの女の子。

 ピンクのワンピースを翻し、ぱたぱたとパティシエの男へ駆け寄っていく。


 ……って、パパって! レイラの彼氏って!


 俺がレイラにその真偽を問い質す前に、更に一人の若い女が現れる。


 ぱっと見た印象では、俺と同じくらいだ。

 20代に差し掛かったばかり、という感じのウエーブしたロングヘアを風に遊ばせる女性。


 嫌な予感しかしない。

 無関係な筈の俺だというのに、何故か冷や汗がだらだらと流れ落ちる。


 会話は聞こうと思えば聞こえなくもないが、聞いたら俺は発狂しそうなのでやめておく。

 良かった、チート能力垂れ流しじゃなくて。

 要らんことは知りたくな……


「もうすぐ離婚するから、待っててほしいって言われたの」


 そんな昼ドラの台詞を言うなレイラッ!!


 親に結婚相手を紹介するような、恥じらいの表情を浮かべてるし。


 大体俺、親じゃないし。

 ただの医者なんで、関わりたくないんだが。


 ていうか、あれ絶対別れない。

 だって人目も憚らず、店員が引くくらいべたべたしてるじゃねーか。


「私、ずっと待つわ」


「あぁ……そうだな……」


 今回は不倫か、レイラ。

 切な過ぎて俺の食欲がなくなったよ。


 ほろ苦いティラミスが、激苦い紙粘土に感じるくらいにな。


「……出るか、レイラ」


「あら、いいの? 残ってるわよ、先生」


 ああ、食料自給率を下げるためにエコデの手料理を辞退したのに。

 俺は結局、食料自給率をダウンさせてしまった。


 こんな自分が恨めしい……。


◇◇◇


「ただいまぁ……」


「あ、先生。おかえりなさい。早かった……ですね?」


 迎えたエコデはしげしげと俺を観察する。

 何かを探す様に。


「あ!」


 思わず声を上げた俺に、エコデは身を竦め、獣耳を押さえた。

 可愛い。あ、違う。


 まずい。

 俺としたことが、土産を忘れてしまった。

 地獄の日々がさらに過酷な日々になってしまう。


 まずい。

 どうしよう。


 だらだらと冷や汗が流れる。

 水分摂取量が、圧倒的に足りなくなりそうな勢いで。


「先生? どうしたんですか?」


 あどけない瞳で問いかけるエコデ。

 ここで正直に土産を忘れたと、伝えるべきか否か。

 俺は今、究極の選択を迫られている。


「……あ、あのなエコデ」


「先生、顔色が悪いですよ。汗も出てますし、風邪じゃないですか?」


 それはない。俺の肉体最強に設定されてるらしく、基本的には新種ウイルスもさくっと体内で抗体を作れる。

 ……これはもしかして、抗体で一儲けできるかもしれない。


 いや、そんな事は今大事じゃないんだが。


 ぐっと拳を握りしめ、俺は決意を固めた。


「すまん、エコデっ! 土産忘れた! さっぱり忘れてましたぁっ!」


 全身全霊の服従のポーズ。

 日本人の魂、土下座。


 ずしゃぁっ、と地面を擦る音を立てて、俺はエコデの前にひれ伏した。

 もう煮るなる焼くなり踏むなり蹴るなりしてください。


 ああもう、今頭をあげたらどんな冷たい眼差しで俺を見下ろしているのか。

 想像するだけでテンション上がる……じゃなかった。

 申し訳なくなる。


「……先生、まだ出かける気力、ありますか?」


 振ってきた声は、俺の予想を斜め右上38度くらいからやってきた。

 恐る恐る顔を上げると、目の前に膝をついていたエコデ。


 その目はマジだった。

 頷かなかったら、俺の明日の食事はトマトさえ出てこないかもしれない。


「あるけど、……なんで」


 何でもできるはずの俺だが、震え声でエコデに問いかける。

 拒否権なんてあるわけないじゃないかっ!


 俺の恐怖を他所に、エコデはぱぁっと表情を輝かせた。


「僕も先生と一緒に出掛けたいんです!」


 ……なんだろう。


 今日は俺の思考が周囲の発言について行けてない日のようだ。


◇◇◇


 オートモード、と勝手に俺が名付けている魔法がある。

 周囲の環境に合わせて適当な相槌を、外部刺激に対する反射として処理するのだ。


 つまり、俺が別の事を考えてても、

 俺の肉体は勝手に動いてくれるという優れものの魔法。


 たまに仕事中に使ってて、カルテを後で見返す羽目になることがある。

 大体そういう時は、夜中に深夜番組見過ぎた結果なんだけど。


 今はそのオートモードでエコデと外出していた。

 余程寂しかったのか。


「先生、今日のランチ、美味しかったですか?」


 そう笑顔で問いかけたエコデ。

 輝いてるなぁ。太陽の光みたいだよ、ほんとにな。


 でもランチは苦かった。

 インスタントコーヒーをそのままご飯にかけたくらい苦かったな。


「普通」


「えぇ、普通じゃ分かりませんよー。特別なメニューとかなかったんですか?」


「普通」


「……じゃあ値段は?」


 普通です。

 オートモードは基本『平均的な』回答しかできないのがネックだ。

 もう少し改良が必要だな。

 ダミーの意識を作るかぁ。便利そうだし。


 ていうか、そろそろエコデに怪しまれそうだな。

 俺の思考も落ち着いたし、魔法切……ん?


「エコデ、それって……」


 魔法を切断し、俺は息を飲んで口を開く。

 エコデの手に握られたチラシ……!


「あ。レイラさんが新しく出来たお店を紹介してくれたんですよー」


 さらっと俺の悪寒を導いた。


 胃が熱い!

 マジ胃が熱くなるから。

 突発的に逆流性食道炎が発症したわ。


 俺、あの店にはしばらく近寄りたくないと思ってたのに!


 でもエコデはにこにこと楽しそうだし。

 あぁ、俺はどうすれば……。


「先生? 顔色悪いですよ? 大丈夫ですか?」


「そそそんな事ないぞ?!」


 ヤバい。

 声が裏返った。

 怪しまれたらお仕舞いだってのに。


 エコデは心配そうにじっと俺を見ている。

 完全に俺の嘘を見抜こうとするハンターの目だ……!


「折角のエコデとの外出なんだからさっ!」


 俺の低スペックの脳で絞り出した言葉に、エコデは目を丸くした。

 そしてそそくさと目を伏せる。


 やっばー……間違えたっぽい。

 さよなら俺の食生活。

 今日から俺は睡眠だけを楽しみに生きていこう。


「帰りましょ、先生」


「へ?」


「夜は栄養つくもの作ってあげますね」


 にこっと可愛らしさを前面に押し出した笑顔が向けられる。


 正直俺は……急展開過ぎて戸惑った。

 でも危機は回避できたようだ。


 ほっと胸を撫で下ろしながら、帰路につく。



 ホントにヤバい時は、エコデは何も言わずとも察知してくれるらしい。


 そう思えば、良い居候見つけたよなぁ、俺って。


 たまに超怖いし、

 怒りのポイントが不明だけど。

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