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無希望転生物語。  作者: 翡翠しおん
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4.悪夢、再び

 一年の半分は寒いこの街。

 ちなみに海まで馬車か車かドラゴンで30分くらい。

 テレポートだと大体一瞬。


 だけど寒いもんだからマトモな感性で生きてる奴らは、海水浴なんてしない。

 ちょっと暖かくなった頃、馬鹿な若者が飛び込んで行くが、大体翌日以降に風邪でダウンする。


 若いっていいよなぁ。

 俺には無理だ。

 トラウマ的に寒いのは無理!

 でも。


「あー……スイカ割りしたいなぁ」


 昼食のトマトをつつきながら、ぼやく。

 正面にいる空からの妖精男子エコデが顔を上げて、綺麗な顔にしわをつくる。


 不愉快そうに。


「先生、子供じゃないんですから! トマト残すの辞めてください!」


「ななな、何を突然。俺は二十歳越えた大人だぞ? 好き嫌いなどあるわけないだろ」


「じゃあ残さず食べてください」


 言い切ってジト目で俺を見るエコデ。

 可愛いなー。

 妹にしたいなぁー。


 なんて余所事を考えていると、おもむろにエコデはフォークを掴み……


 赤い悪魔に突き刺した。


 どろりと悪魔の内蔵が零れる。


 それをすっと俺の眼前に突き付けたエコデは。


「はい、先生。あーんしてください」


 まさに、行くも帰るも地獄とはこの事だ。


 いや、天国かもしれないけど。

 パラダイスじゃあなかった。


 しかしこれはご褒美と取るべきか?

 それとも罰ゲームと受け止めるべきか?


 悩む。

 滅茶苦茶悩む。


 綿菓子みたいなオーラで凶器を突き付けるのに、可愛いから許す!

 と言わしめるのは恐らくエコデくらいだろう。


 まぁ俺は、引っ掛からないけどな!


「あ、エコデ後ろ」


「えっ?」


 ぱっと後ろを振り替えるエコデ。


 チャンス!


 指揮棒を振るように指を空中で滑らせる。

 眼前に迫っていた赤い悪魔がすうっと消失した。


 悪魔払い成功。

 あぁ、良かった。


「あ、悪いエコデ。気のせいだった」


「もー……驚かせないでください」


 ふうっと息を吐いて、エコデは気づく。

 野菜に擬態したフルーツの悪魔が消えていることに。


「むぅ……食べれるなら最初から食べてください。怒り損です」


 むくれたエコデはフォークを皿の上に戻し、片付けを始めた。

 俺の悪魔払いに気付いた気配は微塵もない。


 うんうん、これで良しと。


 全く、安心して昼飯も食えやしないな。

 明日からも俺の万全な警備が必要だろう。


 安心していいぞ、エコデ。

 お前の食卓もきっちり守ってやるからな。


 時計を見上げれば、時刻は間もなく午後一時。


 さてと、そろそろ午後の診療の準備をするかな。


◇◇◇


 街の片隅にある、こじんまりした診療所。

 それが俺の城だ。

 財布は握られてるけど、エコデはあくまで居候。


 上下関係が逆なんてことはない。

 絶対にない。

 家主に楯突くなんてことは……たまに、なくもない。


 病院もあるし、

 ベテラン医師も大通りにはいるし。


 俺は気ままに、のんびりと診療している。


 ん?

 だから変なのしか来ないのか?


 でも目立ちたくないしなぁ。

 今が丁度いい。


「こんにちは、先生!」


 明るい声に我に返ると、


 ある時はキャリアウーマン、

 ある時は泣き女、

 ある時は駄目男キラーという、

 様々な顔を使いこなすレイラがいた。


 今日は明るいメイクに、爽やかな装い。


「デートか?」


「うーん、微妙に外れね」


 それは当たりでいいんじゃないか?

 むしろハズレでもいいけど。


 くすっと笑って、パーマを当てた髪を指でくるくると絡めとるレイラ。

 よほどくるくるパーマが好きなんだな。


 パンチパーマでも勧めるべきか?

 エコデなら良い美容院が分かるだろう。


 まぁ、エコデは男だけど。


「ほら、約束したでしょ、先生!」


 満面の笑顔が輝くレイラに、俺は首を傾げる。


 したっけ?


 そしてレイラは嬉しそうな笑顔で、言った。


「デートの日取りを決めましょう、先生!」


 ……はい?

 デートデート……そーいえば前にエコデが言ってたな。

 てっきり彼氏が出来たから忘れたと思ってた。


 レイラ変な所で真面目だから、駄目男専なんだろうな……。


 いや……待て。

 もしかして、デートに誘われた俺も駄目男ってことか?


 き、傷つくな……。

 俺は老衰で死ぬのを夢見る平凡男だって言うのに!


「明後日金曜日は午後休診ですよね? ランチでもどうですか?」


 ランチかぁ。

 エコデの昼飯美味しいから別に食い付くほどでも……


「日頃お世話になってますし、奢りますよ」


「分かった、空けとく」


 間髪空けずに即答。


 楽しみだわ、と微笑むレイラ。

 俺も楽しみだ。


 日頃はエコデに倹約を迫られて、外食ほとんどないし。


 ここはレイラに高いところへ連れてってもらおう。

 俺の方が年も稼ぎも下だしな!


 いやー、食費を浮かす選択をした俺って家計思いだよなぁ。


「じゃあ、先生。12時半に、噴水広場で待ち合わせよ」


「あぁ、分かった」


 レイラは頷き、椅子から立ち上がると軽やかにターンする。

 余程今日のデート相手はいい男なんだろう。

 良かったな、レイラ……。


「あ、それと……一応デートよ? 先生」


 感動の涙を心で流していた俺に、レイラが振り返る。

 くすっと黒い女の笑みを浮かべていた。


「デートは、二人でするからデートって言うの。忘れないでね?」


 何でそんな当たり前の事について、レイラは念を押すんだ?


 女は良く分からない……。


◇◇◇


 今日の夕飯はオムライス。

 ケチャップでエコデが『ドンカン』と謎の擬音を書いてくれた。

 凄く意味が知りたい。


 あ、そうだ。


「エコデ、今週の金曜の午後なんだけどさ」


「はいっ!」


 おぉ、凄く嬉しそうな顔で、期待度MAXを全身で示したエコデ可愛い。


 ビクサムに見せてやりたいくらいだ。

 ついでに真実を伝えられたら、俺の任務は終了。

 後はビクサムが自爆するかを決めればいい。


 って、そうじゃなかった。


「昼、用意しなくていいぞ」


「え? でも」


「レイラが飯奢ってくれるらしいから行ってくる!」


 びしっと敬礼を決めてやった。

 食費を浮かす為に身を粉にした俺を誉めるんだ、エコデっ!


 エコデは唖然としたのち、ぽつっと言う。


「僕は……お留守番ですか?」


「一人分食費が浮くぞ! 外食資金に役立て……」


「抜きです」


 ん?

 エコデ、今何か言ったか?


 がたんっ、と席を立って、エコデは俺の目の前からオムライスを拐った。


「ちょ! 俺の夕飯が誘拐された?!」


「先生今日から三食抜きですっ!」


「むむ、無理! 流石に死ぬよエコデさん?!」


「いいですっ。僕も一緒に我慢しますから、二人で餓死すればいーですっ!」


 そんな馬鹿な?!

 俺は再びあの地獄をさ迷わねばならないのか?


 ていうか、何でそんなに怒るんだ……エコデよ。


 どう説得するか。

 俺は良いけど、エコデは空腹消去なんて変態魔法使えないし。

 流石にさせたくないよなぁ。


 俺は仮にも医者だし。


 見れば、そっぽを向きながら瞳を潤ませている。


「エコデ……」


 そうだよな……飯抜きはきついよな。

 俺は身をもって教えられたから、良く分かる。うん。


「いいですっ。分かってますっ! 先生が巨乳で人妻が好みなのは知ってますっ」


 あ、ばれてたのか。

 もしかして、秘蔵コレクションが見付かったか? ……隠し場所変えないと。

 エコデには目の毒……いや、逆に見せないと駄目だな。

 男の娘でも、一応は男の子だし。


 エコデはぎゅっと目を瞑って、どうやら涙を堪えているようだった。


 かーわーいーいー。


 見ているだけで保護欲が半端なく働く。

 しかしまぁ……。


「くはっ、あははっ」


 俺は思わず笑ってしまった。

 エコデは吃驚した様に視線を寄越す。

 全く、本当に。


「ホントにエコデは寂しがりやだなぁ」


「さび、寂しくなんて、ないですよ!」


 顔を赤くして反論するエコデに、俺はにやっと笑う。


「じゃあ大人しく留守番な? 飯抜きもなしだ!」


「う、でも、だって」


 また泣きそうになるエコデ。

 うーん、参ったなぁ。

 男に二言はないと言うことか。


 折角悪夢の再来は防げそうなのに。

 どうしたもんか……。


「行ってきて、いいですよ。先生」


 思い悩んでいた俺に、エコデがそっと呟く。

 いやいや、それは飯抜きと同意なんじゃあ……


「ご飯も作ってあげます。気にせず行ってきてください!」


 ぱっと笑ってみせたエコデだけど、やっぱりちょっと寂しそうだ。


 でも、折角の厚意を無下には出来ない。

 高級フルコースのために!


「安心していいぞ、エコデ。お土産は忘れない!」


 せめて安心させたくて、俺は断言する。

 一人で美味しい思いはしない。


 転生者の誇りにかけて!


 エコデはくすっと笑う。

 ちょっとだけ気配が和らいだ。

 機嫌が直ったらしい。


 あぁ、これで何とか断食生活は避けられたな。


 食事を削られたら、俺の人生の楽しみは睡眠しかなくなってしまう。


 実に危ない橋を渡りきったようだ。

 良かった。

 チートな能力に初めて感謝するよ、神様。







――そう思った翌日の朝食が。


「エコデさん? 俺の皿が血の色なんだが」


 赤い悪魔による侵略によって、俺の皿はさながら屠殺場の有り様だった。


「先生、リコピンは体に良いと仰ってたじゃないですか」


 にっこりと微笑む、エコデの皮を被った悪魔が俺の前に鎮座している。

 ……くっ、必ずお前を取り戻してみせるからな、エコデ。


 そして、頬杖をついて、無邪気に笑う悪魔が囁く。


「残したら駄目ですからね? 先生」


 悪夢は過ぎ去ってなど、いなかったのだ……。

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