3.殿堂入り天使降臨
「いやぁ、最近咳がひどくてねぇ」
「じいさん年なんだから、無理すんな?」
「ふぉふぉふぉ、まだ若いもんには負けとらんわい」
俺は苦笑して、いつもの薬を処方する。
咳止めと、後は血圧の薬だ。
どの世界に行っても老化と共に血管が弱るのは共通らしい。
下手すると、前世の世界よりもひどいかもしれないな。
魔法使いほど血管が早く痛むらしいし。
このギフォーレ爺さんも、若い頃は魔導士として名を馳せていたらしい。
この間、街で若い魔導士が爺さんに対してガチガチになってたし。
人間、わかんないもんだよな。
まぁ、爺さんの寿命もあと少しなんだけど。
要らん能力で、たまに俺は人の余命が分かる。
医者としては致命的に要らない能力だ。
それがたまに、きつい時がある。
「はぁ……」
今日最後の患者は、ギフォーレ爺さんだった。
深いため息をついて、俺は背もたれに体重を預け、目を閉じた。
爺さんとの付き合いは、そこそこ長いからなぁ。
割と、きついんだよなぁ。
余命を知らず抵抗だけ続けてきた前世の俺。
周りの決断が正しい選択だったのかは、今でもよく、分かってない。
爺さんとの出会いは、俺がこの街へふらっと現れたときだ。
医師免許だけさっさととった俺は、あてもなくこの街を訪れた。
その時出会ったのが、ギフォーレ爺さん。
「若造、それはわしが最初から狙っとったもんじゃぁ!」
「じーさん、若くないんだ。若者に道を譲ることも年長者の務めだろ」
「何を生意気なッ!!」
ぎゃあぎゃあ言い争ったのも懐かしい思い出の一つ。
最後の一点を争った、爺さんとのあの眩しい激戦。
何度も繰り返して、俺たちはいつしか戦友になった。
……ああ、思い出したら急に恋しくなった。
期間・数量限定『スイーツショップ イフェリア特製』シトラスシフォン。
今の時期売り出しが始まってるな。
今度エコデに頼んで注文してもらおう。
「……先生、涎出てます。汚いですよ」
「やべ、思い出したらつい」
エコデの冷たい声に我に返った俺は、白衣の裾で口元を拭った。
呆れたように息を吐き、そしてくすっとエコデが笑った。
「でも、先生がそんなに夕飯を楽しみにしてくれてるなんて、嬉しいです」
あ、うん。違うけど。
言ったらまた昼飯抜きの刑が再発しそうなので、俺は曖昧に笑って誤魔化した。
◇◇◇
また別のある日。
左腕を骨折しながら、匍匐前進で受診に来たどっかの警備員をさらっと受け流し、
今日は初デートなんです、先生今日の私はどうでしょうと問いかけるレイラを軽くあしらったりしながら、時間は過ぎていた。
いや、実に平和だな。
「エコデ、もう終わりかー?」
診察室から出て声をかけると、エコデは受付でこくんと頷いた。
受付終わりまではまだ5分ほどある。
でもまぁ、閉めてもいいよな。
どうせ来ないし。
「よし、じゃあ俺外の戸閉めて来るから。エコデは飯よろしく」
「先生、まだ早いですよ?」
「俺は早くエコデの飯が食いたいんだよ」
そう反論すると、エコデはぴくんと耳が動いた。
おお、獣耳が動くと一層可愛いな。
女子なら危ないところだ。
エコデはそそくさと立ち上がると、ぱっと背中を見せた。
「しょーがない先生ですねっ!」
空腹には勝てないからな!
人間、やっぱり睡眠と食事が一番必要だと思うよ、俺は。
そうして、ドアノブを捻って扉を開け……
からんかどっしゃぁっ!
唐突に、扉の鐘と何かがセッションを奏でた。
「……あー……」
外に転がる、謎の白い奴。
見てはいけないものを見てしまった気がする。
よし、ここは目を閉じて。
ばん!
思いっきり扉を閉めた。
「エコデ、飯はまだかなー?」
「先生何言ってるんですかっ! 倒れてましたよ! 思いっきり! 人が!」
現実逃避を妨げられた。
エコデは慌てて駆け寄って、折角俺が閉ざした心の壁をあっさりと開放してしまう。
酷い奴だ……!
「大丈夫ですか? しっかりしてください?」
白衣の天使よろしく、エコデは献身的に声をかける。
やれやれ。仕方ないな。
俺も転がる白い奴の傍へしゃがみこんだ。
見事なブロンドに、真っ白なスーツ。白い靴。でもって、白い羽が背中にわっさと生えている。
おー、本物か、これ。
ふわふわするな。
「先生、何してんですか」
「エコデも触ってみろ。意外とふわふわで気持ちいいぞ」
「そんな場合ですか!」
「俺、動物って好きなんだよ」
何か口元が緩む。前世では触れなかったからなぁ。
凄い楽しい。今人生で最高かもしれない。
安っ、俺の人生。
不意に、がしっとエコデの細くて綺麗な指が俺の手首を掴んだ。
俺が顔を上げると、正面にいたエコデが怖い笑顔を向けていた。
「……人ですから。ね、先生」
「あはは、分かってるって。しょーがないな、後で撫でてやるから」
「ふぇっ!?」
頓狂な声をあげて手を離したエコデに俺は首を傾げる。
エコデ犬っぽいから撫でられるの好きだと思ったんだけど。
外れか。残念。
「とりあえず、息してるし、おい。起きろ」
白い羽の人物を揺すると、小さなうめき声が返った。
そして、うつ伏せていた体を起こす。
「大丈夫か? 痛むところは?」
「いや、問題ないよ。少し足を滑らせただけのようだ」
……うわ。
金髪美形が爽やかな笑顔で俺に答えた。
前身総毛立つ。
完璧すぎて気持ち悪い。
血の色をした夕日が沈む世界で、こんな吹き抜けの青空のような爽やかな笑顔を向けられた俺は本気でぞっとした。
「本当に、大丈夫です? 怪我してるなら、先生が診てくれますよ」
余計な事を言うなエコデッ!
俺、こいつの爽やかさ生理的に受け付けない!
「そうなんだね。人を救う医者とは」
「先生はとっても立派ですよっ」
嬉しそうに同意するな、エコデ。
こいつと関わりが深くなるのは、飯を抜かれるのと同じくらいおぞましく感じる俺がいるんだ。
◇◇◇
……なのに、どーして俺は今、仲良く3人で食卓についてるんだろうな……?
意識が飛びそうだ。
「手当に食事まで、全く感謝してもし足りないくらいだ」
「いいですよ。困った人を助けるのが、先生の役目ですから。ね、先生!」
「あ……ああ、そうだな……」
エコデ以外をなるべく視界に入れないようにしながら俺は頷く。
輝かしいオーラが、俺のめんどくさいことを避ける性格を批難するようで痛い。
手当もエコデがしたし(ちょっと擦りむいただけだった)、
食事もエコデが用意したし、
正直俺はいなくていいはず。
いいはずだけど。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕は、天使サタナスエイルス。周囲のみんなはサタンって呼ぶよ」
「思いっきり悪魔だなお前の名前?!」
思わず突っ込みを入れてしまった自分を、俺は心底呪いたくなった。
天使サタンは、ははっ、と軽く笑うだけで気にした様子もない。
もうマジで無理かもしれない。
こういう天然系、どうやって扱えばいいのかさっぱり分からん。
「サタンさんですか。あ、僕はエコデです。で、先生はリリバスって言います」
エコデ、丁寧に紹介しないでいいから。
早く追い返そう。
「エコデさんに、リリバスさん。改めて、よろしく」
よろしくされなくない。
だが何だか打ち解けているらしいエコデの前ではとても言えない。
また睨まれてしまう。
睨まれるのは悪くないけど、後が怖い。
「ところで、サタンさんは何をしてたんですか?」
「待っていたのさ。ほら、僕は天使だからね」
ひらっと羽根を広げるサタン。
ああ、触り心地は抜群だったな。
しかし、天使が診療所の上から降ってくるって、どんなコメディーだよ。
美少女の天使だったら、悪くな……
ふと、正面のエコデが怖い笑顔を浮かべていることに気づく。
「先生? 何か今、良からぬこと考えませんでした?」
「え? いや別に。サタンみたいな美形天使じゃなくて、美少女天使だったら診療所の名物にもな……」
エコデの視線が一層鋭さと冷たさを増し、ヤバいと思った瞬間……
「あはは、それは済まなかったね」
全てをぶち壊す初夏の風を思わせる笑顔をサタンがぶちまけた。
エコデがちらっとサタンを見やって、小さく息を吐く。
何か、諦めた様に。
……なんか俺、今助かったかもしれない?
サタンの存在に、ちょっとだけ感謝したくなった。
少しだけ拒絶反応が収まった俺は、意を決してサタンへ問いかける。
「待ってたって、誰を」
「ギフォーレという老人さ」
……何?
エコデも表情を凍り付かせた。
サタンの爽やかな笑顔がどこか作り物めいて見えて来る。
「……エコデ」
「は、はいっ」
硬い声で呼んだ俺に、エコデは背筋を正す。
「飯抜きでいいから、邪魔するなよ」
エコデが何か言葉を紡ぐ前に、俺はサタンを椅子ごと拘束した。
ずっしり重量感満載の鎖で椅子に縛り付け、多重結界でもって行動制限。
「リリバスさん、これはどういうことだい?」
「爺さんは連れて行かせないってことだよ」
「連れて行く?」
疑問符を頭に躍らせるサタンを、俺は冷たく見下ろす。
エコデが唖然とした表情のまま、固まっていた。
天使の基本的役割については、俺も知っている。
死者の魂を連れて行くのが役目だ。
つまり、ギフォーレ爺さんが、死ぬってことだ。
そんなわけない。
まだ爺さんの余命は残ってる。
俺は、残された人生をさらっと持っていくことだけは、許容できない。
全力て生きてこそ意味がある。それが俺の持論だから。
困ったように形の良い眉をひそめるサタン。
美形だからって何しても許されるわけじゃねーからな。
重苦しい沈黙が広がる食卓に、診療所の扉にぶら下がった鐘の音が来客を知らせた。
「あ……はいっ」
エコデが慌てて応対に飛び出していく。
この空気に耐えかねたに違いない。
あー……エコデ、マジで怯えてたなぁ。
そうだよなぁ。
目の前でこれだけ危険レベルの高い魔法使ったことないもんな。
地味に傷ついたけど、まぁ。
「……どうしたものかなぁ」
思考を巡らせる、ぼけっとした天使から爺さんの命を守れるなら安いもんだ。
さて、どうやって拘束を続けるかな。
「先生、先生っ!」
「エコデ?」
また酷く慌てふためいた様子で戻ってきたエコデは、勢い余って俺にぶつかった。
「あう」
「落ち着け」
ぽん、とエコデの頭を軽く叩く。
エコデはぱっと顔を上げて、しわになりそうなくらい強く俺の服を掴む。
「ぎぎ、ギフォーレおじいちゃんが来ちゃいましたっ!」
は?
マジで言ってるのか?
それって……。
「ふぉふぉふぉ、大騒ぎじゃのう」
「爺さんッ?!」
ゆっくりと杖を使いながら現れたギフォーレ爺さん。
俺の頑張りすべて無駄にされたような感じ。
結局それが運命か?
「……おぉ、サタンじゃないか。新しい遊びかの?」
「やぁギフォーレ。僕にもよくわからないんだ」
「大方きちんと説明せんかったのじゃろ。お前は昔からそそっかしいからの」
……なんか、おかしくないか?
「じ、爺さん……? 知り合いか?」
恐る恐る問いかけると、ギフォーレ爺さんは首を傾げる。
「そうじゃ。今日はサタンにお使いを頼んどったのじゃ」
「おおお、お使いぃぃっ?!」
思わず声がひっくり返る。ひゃっ、と胸元でエコデが悲鳴を上げた。
あ、ちょっと可愛い。
「だから、それを渡したくて僕は待ってたのさ。ギフォーレは、ここに通っているからね」
「ふぉふぉふぉ。自宅に天使など来たら、家族が卒倒するじゃろ。わしが死ぬーって」
俺も思ったよ。
俺も思ったからな、爺さん。
診療所に天使なんて、まさしくそれ以外ないだろ……。
「俺の、心配が」
脱力と同時に、サタンに施していた拘束結界が全て消失した。
◇◇◇
「すまんのぉ、先生。心配かけて」
「いや……俺も思い込んでて、……悪いな、サタン」
夜間でもぼんやりと光を放つような羽根を広げて、サタンは首を振る。
「行動に、リリバスさんの優しさを感じたよ。僕も美麗天使殿堂入りで満足せず、もっと天使として上を目指そう」
苦笑いが零れる。
ていうか、美麗天使殿堂入りってなんだよ。まぁ、サタン美形だから何となくわかるけど。
そんなコンテストを天使がやってるのが衝撃だよ、俺は。
「現役時代のわしの最高のパートナーじゃったサタンが、美麗天使殿堂入りとは。わしも鼻が高いのぅ」
爺さん分かるんだな。
やっぱ脳内汚染されてる。
あんま関わらないのが正解だ。俺の本能は、正しい。
「じゃあ、僕はギフォーレを送っていくよ。もちろん上空から」
「……電柱に引っかかんなよ。お前素でやりそうだし」
「はは、ご忠告ありがとう」
「ではの、先生」
去っていく爺さんとサタン。
何か、嵐が過ぎ去ったあとの感覚によく似ている。
緊張感から解き放たれた、この無駄な脱力感。
……マジ疲れた。
「……先生」
傍らに立っていたエコデに呼ばれ、視線を落とす。
出て行く、とか言うかな。
まぁ、嫌だよな。こんな危ない人間は。
俺だったら即行逃げる。
だけど、エコデはふわっといつもみたいに笑った。
「冷えますから、早く入りましょう」
……それだけ?
呆気にとられた俺に、エコデは微かに目を細めて、笑みの種類を変える。
「言ったじゃないですか。僕は、先生と一緒じゃないと、嫌です」
無性にくすぐったくなって、俺はエコデの頭を撫でる。
ふふっと嬉しそうに笑ったエコデには、どうも敵わない。
それにエコデを撫でると、俺は和むし。
「美少女天使なら診療所の目玉になるとか思いませんでした?」
「あ、エコデも思う? だよな。美形よりは美少女だよな」
サタンのあの無駄に爽やかなスマイルは、軽く俺の心を抉るし。
やっぱりふんわりはんなり系の美少女が良いよな。
うんうん。
「しかもスタイル抜群な美少女だといいよなぁ」
「先生の馬鹿ぁぁっ!!」
ばっと手を振りほどいてエコデは診療所へと消えて行った。
えぇぇ……分っかんないなぁ……
俺はいつになったらエコデの心理状態をまともに読み取れるようになるんだろ。
……どうせなら、そういう能力を与えろよ神様!




