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私は優秀な騎士を輩出する家門に女性として生まれた。
当然、女性であろうと嗜む程度に剣を扱えるように訓練された。ところが私は嗜む程度では収まらなかった。剣を持たせたら負けなし、作戦を立てさせたら勝利をもたらした。まさに戦の天才であった。気がつけば、国の騎士のトップに立っていたし、誰もが私を戦神と崇めた。
そうして戦い、後進を育て、世界で屈指の騎士団に育て上げた頃。ついに私にも寿命が来た。国のために尽くしてきたおかげか、国中が大将軍の私の死を悲しんだ。そんな生き方を私自身誇りに思っているし、こんなにもたくさんの人々の心に残れたことが誇らしくも思える。
でも、なぜだろうか。死に際にふと思った事がある。
もっと女の子らしいこともしてみたかった…と。
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私、ベロニカ・ティムスは優秀な騎士を輩出する家門に生まれた女の子だった。当然、女の子だろうと嗜む程度に剣を習い始めるときだった。剣を持ったときに突然思い出した。前世、どこかの国の大将軍だったことを。このとき私は決意した。そう、死に際にふと思った『女の子らしいこと』をしてみたいと。
「お父様。私はもっとみんなが着てるみたいなふわふわでキラキラのドレスが着てみたいです」
思い立ったが即行動。父にお願いをしてみる事にした。
「何を言っているのだ!そんな服装では即座に動けずやられてしまうだろう。だから動きやすく、最低限失礼のない装いになさい」
「なら、ふわふわでキラキラのドレスでも動けるようにすれば良いではないですか!!」
どうしても着てみたかった私はとにかく食い下がった。そこへ第三者の大笑いする声が響き渡った。
「ははは。ふわふわでキラキラのドレスで戦うって?無理にきまってんだろ!」
「まったくだ!」
兄2人だ。上の兄、バージルはもう間もなく騎士団の見習いとして王城に上がる予定で、下の兄エゼルはお父様にバシバシ鍛えられている最中だ。この家門に生まれたのだから2人とも優秀で周りから将来を期待されていた。
「どうして決めつけるのですか?」
「訓練服で俺たちにも勝てないのにか?」
「ならお兄様に勝てたら良いのですか?」
まさに売り言葉に買い言葉。両者は一歩も譲らなかった。
「わかった。そこまで言うのならまずは兄2人に勝ってみなさい。そうしたら考えてやろう」
白熱する兄妹による口喧嘩に終止符を打ったのは父だった。
「本当ですか!?お父様!約束ですよ!!」
父は「まぁ無理だろうが…」なんて呟いていたがきっと後で後悔するだろう。なぜなら私には前世の記憶がある。か弱い女子供でも使える護身術から屈強な戦士を叩きのめす方法まで、数多の知識と経験がある。あとはこの身体にどれだけ早く落とし込めるかだろう。
「ま、せいぜい頑張りな〜」
今に見ていろ兄たちよとまずは打倒兄を目標に掲げた。
この口喧嘩の後すぐバージルは王城へと旅立った。私はすぐさま己の今の状況を知るべく鍛錬に入った。やはり10歳の子供の身体を使いこなすのは難しかった。それでも今の自分が最高の力を発揮できる方法を探った。なんせ前世で他者を散々鍛えたのだから知識はバッチリだった。
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あれから約一年がたった。
今、目の前にはボロボロの2番目の兄、エゼルが転がっていた。
私はたったの一年でエゼルを完膚なきまでに叩きのめす事に成功した。これには父は口をあんぐり開けて言葉を失い、母は卒倒した。
「バージルお兄様、早く帰ってこないかしら。楽しみだわー」
周りの気も知らず私はルンルン気分だった。
その後もエゼルは何かの間違いだと何度も戦いを挑んできたがその度に返り討ちにしてあげた。その甲斐あってかエゼルは私の「ふわふわキラキラのドレスで戦う」と言った事を馬鹿にしまくっていたのに、今では私に教えを乞うようになった。
さらに半年後、ついにバージルが帰ってくる事になった。なんとたったの一年半で正式な騎士へと昇格を果たしたとのことでその報告に里帰りしてくるらしい。
「まさか、正式な騎士となった兄にまで勝つなんて事はないよな…」
「父上…わかりませんよ。まさかがあるかもしれません。念には念を入れて対策を考えておくべきかと」
父とエゼルがそんな会話をしているなどとつゆ知らず、私は念入りに鍛錬に励んでいた。
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ついにその日がやってきた。王から賜った騎士の剣を手に俺は報告のために里帰りにやってきた。
「お兄様!お帰りなさいませ。正式な騎士への叙任おめでとうございます」
「ありがとう。お前も鍛錬は順調か?」
「はい。半年ほど前にエゼルお兄様には勝ちましたので、あとはバージルお兄様に勝つだけです」
ベロニカが嬉しそうにニコニコ話を進めると同時にエゼルの顔が曇って行く。
「なんだ。エゼルは鍛錬を怠っていたのか?」
何をやっているんだと呆れ顔でエゼルに目を向けるとそこには少々顔色の悪いエゼルが縮こまって首を振っている。
「違います。ちゃんと鍛錬はしていました!戦ってみればわかります!」
「はぁ…。まぁいい、約束だからな手合わせをしよう」
たった一年半いなかっただけで何やらだいぶ様子が変わっているようだ。どう言うことなのかさっぱりわからないが騎士たるもの約束は守らねばなるまい。そのまま訓練場に向けて移動を始める。
「嬉しいです。お兄様!」
ベロニカがニコニコと嬉しそうに俺の後に続く。そんな俺にエゼルが駆け寄り耳打ちをする。
「兄上。本当に油断はしないでください…」
「くだらないな」
本当に何を言っているのやら…エゼルの親切をたった一言で切って捨てる。その様子に渋い顔はしていたがエゼルはそれ以上は何も言ってこなかった。
「さぁ、構えろ。お前から打ち込んできていいぞ」
訓練場に着くなり模擬刀を手に構える。ベロニカは所詮は小さな子供だ。正式騎士となった俺が本気を出すなど大人気がない。
「まぁ、よろしいんですの?ではお言葉に甘えて…」
それはほんの一瞬の出来事だった。一瞬すぎて周りの人間も俺でさえも理解が追いつかないほどだった。
俺の手から模擬刀が消えていた。弾き飛ばされたと理解するまでにかなりの時間を要した。
「あら、お兄様ったら手加減してくださったの?」
周りの空気が凍てつく中。ベロニカは変わらずにニコニコと笑って立っている。
「はは、すまんすまん。ちょっとぼんやりしすぎてしまったな」
そんなはずはない。まぐれに決まっている。そう思えば思うほど身体に力が入っていく。なんなのだろうか、この不安感は…。
「ではここからが本番ですねお兄様。ぜひ楽しませてください」
ゾクゾクと背筋に悪寒が走る。変わらぬ笑顔で立っているベロニカが何故かとてつもなく恐ろしいものに見えたのだった。
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結果から言おう。我が娘は長男に勝った。それも次男の時と同じように何度も立ち向かって行く長男を完膚なきまでに叩きのめした。
「お父様!お兄様たちに勝ちました。約束を守ってくださいませ」
長男はボロボロで立ち上がってこないと言うのにどうしてこの子は笑顔を絶やさずかつ涼しい顔をしているのだろう。
「約束だ。好きになさい」
「ありがとうございます!早速明日おでかけしてきてもよろしいですか?」
「必ず侍女と護衛はつけなさい」
「はーい」
いや、護衛などいらないのではないだろうか…。などと嬉しそうに走って行く娘の背中を見ながら考え込んでしまった。
「バージルよ。いつまで転がっているつもりだ?そろそろ立ち上がってきなさい」
「…」
完全に茫然自失状態で起き上がれなくなっている。このままではいかん。せっかく騎士になってこれからだというのに。
「父上…。俺は今回の叙任を辞退すべきなのでしょうか…」
「何を言っているか!敗れたのなら勝てるまで努力を重ねれば良い!!だがな、よく考えてみろ。ベロニカが何故お前たちに勝ちたかったのかを…」
そうだ。まだ希望がある。はっきり言って兄2人に12歳になったばかりの妹が勝ったなど外聞が悪いにも程がある。あと、嫁入りにも問題が生まれる事は間違いない。
「それは流行りのドレスが着たかったから…」
「その通りだ!!つまり、流行りのドレスに気が向けば鍛錬になど興味が無くなるはずだ!!!」
すでに使用人たちには口止めをしてある。ありがたいことに使用人たちは口の固い信頼できるもの達ばかりである。
しかし、この時の私は目の前の惨状にすっかり忘れていたのだ。娘の目的がこれだけでは無かったことを。
後々、多少の恩恵に預かる事ができるが大変に後悔する事になるのだった…。
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