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第二章

第二章



 誠は三人と組織内の食堂で合流し、全員で桝たちサポート員の了承を貰いに行く。ゲートを組織内から使うときには絶対に許可が必要であった。少しの調整でどうなるかも分からない、毎日見ている彼らの判断が一番正しいからだ。全員の身を守るためでもある。

 ちょうど桝がいたので、確認を取れば快く承諾してくれた。

「今から調べに行くんですか? 大変ですね」

「情報が少なくて……。少し見に行ってみようと思ったんです。すみません、無理を言ってしまって」

「いえ、大丈夫ですよ。気を付けてくださいね」

 桝と数人のサポート員に見送られ、異空間(アウトランド)へ四人は乗り込んだ。


 着いた場所は、銀座の大通りを模した青い空間だった。町は見たことある銀座の通りなのに、色はすべて青く塗られている。海の中に街が沈んでしまったかのように思えた。

「今回は銀座、か……」

「そういや、今日は銀座で何か起こっていたな。大きなものではなかったはずだが」

 狼牙が上を見る。すべてが青いこの世界では、辺りを見回しても背景が少しずつ違うだけで何も変わらない気がした。

 異空間――。誠たちは「アウトランド」と呼んでいる。現実世界と切り離された空間。この場所で本の住人たちは本から抜け出した後、大暴れするのだ。現実世界と切り離されてはいるのだが、彼らが大暴れすれば現実世界にも大なり小なり影響が出る。今誠たちが来た異空間(アウトランド)は現実世界をそのまま反映した景色だ。しかし、これが本の住人たちが現れ暴れれば暴れるほどこの世界は物語の世界に景色が近くなっていく。そうなれば、現実世界へも物語にも影響が出ることになる。

 そうなる前に阻止するのが、誠たち「鍵の管理者(キーマスター)」の仕事だ。

 今の場所は影響が出ていないことが分かる。誠は辺りをぐるりと見渡した。

「……確か、今日の銀座では交通事故が起きたんでしたよね」

「そう。大きな事故ではなかったけど、一時騒然としたみたい」

 誠の言葉に泰人が静かに返す。狼牙も「ああ」と頷き、沙羅は世界を見渡しながら「うんうん」と頷いて見せた。しかし、その後沙羅は首を傾げた。

「けど、銀座って人が多いし、事故が大きくなくても騒ぎが大きくなることもあると思うんだよね。その騒ぎに彼らが便乗していたら――」

「大きな影響が出ていてもおかしくない、ということですね」

 誠の言葉に三人は頷く。

 大通りに集まることにして、二人一組で別れることにした。誠と狼牙、泰人と沙羅の組み合わせだ。泰人はむくれている。

「俺が誠と組みたかったー……」

「そこは一応年長者と組まないとなあ。なー、まっこ」

「まあ、何かあったときにはそのほうがいいでしょうしね。それよりも新しいあだ名がだんだん雑になっていることのが気になるんですが……」

「まあまあ、気にするな。ほんじゃあ、お二人さん後でな」

「はーい、気を付けてね! やっちゃん行くよー!」

 二人と別れた誠と狼牙は街中へ進んでいく。誰もいないこの空間は、静かで落ち着く。誠はいつもそう思っていた。あまり賑やかなのを好まないからだろう。

「……それにしても、静かすぎねえか」

「それは僕も思いました。いつもは何かしらの動きがあるはずなんですが、どうにも動きが見えない。気配もない。……僕は、今日の事故のこと、彼らのせいだろうと考えていたんです」

「……どうしてだ」

 狼牙は怪訝そうな顔をした。それからゆっくりと誠を追い越し、向かい合う。じっと見つめてくる彼の瞳は静かに煌めいていた。誠はその視線を受け、静かに告げる。

「あの事故は確かに大きいものではなかった。両者ともが怪我もなく、車自体もかすったぐらいだった。けど、一つだけ不確かなことがあるんです」

「不確かなこと、だと?」

 狼牙は誠の言葉を静かに繰り返す。眉が寄って、眉間の皺がいつもよりも深くなる。

 誠は苦笑した。狼牙はいつもこんな風に気になることを言われると結論が出されるまで難しい顔をしている。普段目つきが悪く見えるため、怖い印象を与えている顔がさらに怖く見えるのだ。

 せっかく整った顔をしているのに、もったいないよね。

 誠はそう思いつつ、話を続けることにした。なんといっても、向かいに立っている年長者の顔が、「さっさと続きを話せ」と言っているのだ。言葉で急かされるより、よっぽど質が悪いと思う。

「ネットでそのニュースを見た時、加害者側はこう言ったんですよ、『自分の視界が暗くなって何も分からなかった。気がついたらぶつかっていた』と」

 狼牙が息をのむ音が聞こえた。それからにやりと笑う。もう眉間の皺は最初の状態に戻っていた。

「なるほどな。それは可能性が高い。絶対に見つけてから帰ってやる!」

「熱くならないでください、本当にそうかは分からないんですから。……それでも、彼らが動きを止めることはないと思います。ずっと動いていて急に止まるとも思えませんし」

「けど、まこ。それならあの交差点を見張っていたほうが早いんじゃねえのか?」

「それも考えたんですけど、同じ場所にずっといるとも思えないんですよね。ただ銀座で騒ぎを大きくしているなら、もしかしたら銀座で探し物があるのかもしれない、と思いまして。まあ、逆に銀座を囮にしている場合もあるので、確実とは言えませんけどね」

 誠が歩を進めると、狼牙も後を追いかけてくる。狼牙は何かを考えているようでしばらく黙っていた。誠も問い詰めずに、じっと耳に全集中することにした。かすかな音も聞き逃したくないからだ。

「なあ、まこ――」

 狼牙が言いかけた時、交差点のほうから大きな音がした。爆発音のような音。勢いよく二人は振り返る。よく見れば煙も上がっていた。

「狼牙さん!」

「とりあえず行くぞ!」

 二人は走り出す。そんなに歩いていない気がしていたのに、交差点からはだいぶ離れていた。十分近く走ってやっと辿り着く。息を整えながら目の前の光景を見れば、何かから火が出ていた。

「まこちゃん、ガロさん!」

「沙羅さん、泰人! 無事ですか!」

 二人の元に沙羅と泰人が駆け寄ってくる。どうやら二人も慌てて戻ってきたようだ。

「これは一体どういうこと?」

「分からない。僕たちも今来たところなんだ。大きな音がしたからここに戻ってきたんだよ」

 状況を確認したが、全員何が起こったのかが分からない。見た者が一人もいないのだ。

 誠は目を凝らした。それから何から火が出ているのかを理解する。

「あれは――!」

「誠?」

「間違いない、昼の事故の車だ! でも、あんなに大きな事故じゃなかったはず……」

 誠の言葉に全員が驚きを隠せない。しかし、すぐに我に返ったのは狼牙だ。

「とりあえず消火だ。状況確認は後にするぞ。このままだと現実世界に影響が出るかもしれねえ」

「水、か……。なら」

 誠はそう言って真っ白な仮面を取り出す。目と鼻、口の部分のみ穴が開いているつるんとした仮面。それをはめて左手を翳す。左手が離れれば仮面は消えており、誠はというと黒いローブをかぶり、杖を構えている。

「良かった、使えた」

 ホッと胸をなでおろした誠は杖を構えた。それから杖を大きく掲げる。

「雨よ、大火を消したまえ!」

 瞬間、滝のように雨が降り注ぐ。誠は三人と自分に傘を出すと、差してあげる。何十分かすればやっと火が消えた。誠は雨を止ませ、傘も消す。

「やるな、誠」

「それは、やっぱり魔法使い?」

「一応ね。あんまりイメージが湧かなくて、魔女なのか魔法使いなのか分からなくなっちゃったけど。シンデレラと白雪姫の話があるなら使えると思って。まあ、今逃げているから一種の賭けだったんですけど」

「さっすがまこちゃん!」

 沙羅が勢いよく誠へ抱き着く。誠は赤面しつつ、「沙羅さん、ダメですよ!」と窘めていた。

 ちなみに、誠が使用した白い仮面は、組織の一員であり戦闘員である者には配布される。これは本の登場人物の力を宿し、自分の力にして戦うことができる優れものだ。欠点としては、同じ作品の登場人物の力しか使えないということだ。つまり、今回で言えば、逃げ出している住人は、シンデレラ、桃太郎、白雪姫、シャーロック・ホームズの四作品なため、この中の登場人物の力しか使用することはできない。

 狼牙は火が消えた車に近づく。爆発する感じはない。慎重に確認し、一つある物を見つけた。

「これは……」

「狼牙さん、何かありましたか?」

 誠たち三人も近づくと、狼牙が見せてくれる掌の中を見る。そこには、見慣れたものがあった。

「これって……」

「間違いねえな。こいつは、おそらくホームズのだ」

 掌にあったのは、パイプだ。煙草を吸うためのものだった。ホームズの話では煙草を吸う人物だったはずだ。それが落ちているということは、彼の物で間違いないだろう。

「しかし、パイプ煙草でどうにかできる事故ではないと思うんですが……。そこは名探偵だから、ということでしょうか」

「分からねえな。ホームズの案なのか、はたまた他の奴の力なのか、断言できねえ」

「とりあえず、それ持って帰らない? 本当にホームズのなのか調べてもらお!」

 沙羅の言葉に、泰人も頷く。狼牙も頷いて見せた。誠はそれを見て、全員が同じことを考えていることが分かった。

 おそらく、ここにはもう誰もいない――。

 そらされた気がしているが、今は次に進むしかない。

 誠も頷き、異空間(アウトランド)から出ることにした。


 白い空間を通って帰ってきた四人は、いまだに待っていてくれた桝を見つける。

「おかえりなさい」

「ただいまです。すみません、お待たせして」

「問題ないですよ。何か収穫はありましたか?」

 桝の言葉に狼牙は掌の物を見せる。桝は顔を近づけて、「これは」と呟いた。

「おそらく、ホームズの物だと思うんだが、一度調べてくれねえか」

「分かりました。すぐに調べます」

「ありがとー、桝さん!」

「さすが、頼りになる……」

 四人は桝に頼んで、その場を後にする。食堂へ向かって歩き始めたが、すぐに誠は足を止めた。狼牙たちは振り返って誠を呼ぶが、誠は前方を睨んだままだ。狼牙たちも前方へ視線を戻し、気がついて視線を鋭くする。前方から来るのは、好きになれない団体だった。

「どけ」

「これはどうも、粋がっている浜様じゃないか。毎度毎度そんなにぞろぞろと嫌にならねえのかよ?」

「……貴様は相変わらず口の利き方がなっていないようだ、狼牙」

「俺はあんたみたいな人間を尊敬できるほど、できて無くてな。悪い(わりい)な」

「今ここで叩きのめしてやろうか」

「泣きを見るのはあんただぜ?」

 一触即発の狼牙と浜と呼ばれた男。誠は狼牙を制する。

「……狼牙さん、そこまでに。浜さん、こんなところで暴れないでください。システムに影響が出たらどうするんですか」

「……撰閑」

 ギロリと睨んでくる彼に、睨み返す。無言で睨み続けること、一分。浜は興味が無くなったように、誠たちの横を通り過ぎる。誠は通り過ぎる前に告げる。

「……彼らに手を出さないでくださいよ。あなたの奴隷じゃない」

「……ふん」

 浜はそのまま通り過ぎる。後ろにいた仲間たちが睨んでくるが、全員睨み返す。通り過ぎた後、沙羅はべーと舌を出した。

「……狼牙さん、すぐに喧嘩吹っ掛けるんですから」

「チッ、やっぱあいつは気に入らねえな」

「……そんなの、ここにいる全員そうでしょう」

「ほんと、偉そう! ガロさん、殴っちゃえばよかったのに!」

「俺だってそうしたかったわ!」

「誠に対してあれはない。殴ってくる……」

「はあ……。どうして、皆そうなるのかな……。血気盛んすぎ」

 誠はため息をついた。三人を宥めつつ、遠目で桝たちが無事なことを確認すると、当初の予定通り食堂へ向かう。

 浜悟(はまさとる)。彼も戦闘員である。年齢は沙羅と一緒の二十五。戦闘員の中では確かに実力があったが、その実力をひけらかし、おまけにすぐに手が出る。態度に問題があり、なかでも困っているのは桝たちサポート側への態度だ。彼はサポートの人間を差別し始めた最初の人間だった。戦闘員より下、そんなことを言い始めたのだ。しかし、それに賛同する者も多くいた。命を懸けて戦う戦闘員を敬え、と彼らは言うのだ。逆らえば下手したら殺されてしまう。

 実は、誠たちのような差別しない人間のが、この組織の中では少数派である。そして、誠はそれを変えようとしていた。

 いわば、浜は誠の敵なのである――。

 しかし――。

「全員、落ち着いてください。今ここで喧嘩したって何も変わらないんですから」

「けど――!」

「沙羅さん、僕だって殴りたいですよ。桝さんたちがどんな目に遭っているかなんて知ってます。けど、今ここで喧嘩をしたって解決しない。僕たちはまず彼らより実力をつける必要がある。そうしたら、桝さんたちを守ることができる。だから、今はとどまってください」

「誠……」

「絶対に変える、この組織を。このままでいていいわけがないんだ……!」

 誠はぐんぐんと進んでいく。三人は、そんな誠の背を見て笑いあう。やっぱり、頼りになるのは、誠なんだと再認識した。

 三人は追いかける。自分たちが着いていくべき人間の背中を――。



 その後、食堂で話し合った彼らは、結論を出せずに解散することとなった。結局、手掛かりはあのパイプだけだったからだ。あの事故が奴らが起こしたことなのかどうかも分からない。

「もう少し、日々の事件を見守る必要がありそうですね」

「そうだな」

 四人は分かれる。


 次に彼らが見るのは、どの景色か——。それは彼らにもいまは知ることのない。

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