六月二十日 放課後その一
倉敷舞那
・オタク。
「じゃあな黒澤君! また明日会おう!!」
「お前のおかげで不知火会長のお声を聞くことが出来たぜ……この恩は一生忘れん!!」
「あ、ああ……」
放課後。朝とは打って変わって拝みながら去っていくクラスメートに軽く引きつつも、僕は職員室に呼ばれた花憐を待つついでに宿題を片付けていた。あんな物残しておいても良いことなんて何もない。それならさっさと片付けるべきじゃないか。そうは思わんかね……って何を考えているのやら。
「ねえねえ、黒澤君」
「……どうしたのかな、倉敷さん」
「あれ、警戒されてる?」
「警戒はしてないよ。警戒は、ね」
目の前で物凄い勢いでルーズリーフに同人誌のプロットを書き上げる様子を見て引かない人間がいるとすれば、凄く奇特な人物か、聖人のように清らかな精神をお持ちな方のどちらかだろう。少なくとも僕はどちらも持ち合わせていないので、普通に引いているだけなのだが。
「で、どうしたの?」
「うん、実は今次のイベント用の本のプロットが出来上がったんだけど……ちょっと読んでみてくれないかな」
「ちょうど宿題も一段落したし別にいいよ。内容に嫌な予感しかしないけど」
「大丈夫、大丈夫! はい、これ」
これだけ言うのなら大丈夫だろうと思い、僕はシャーペンを机の上に置き、その文面を軽く読んで。
「ぶっ!!」
盛大に、吹いた。
「どういうことかな、倉敷さん?」
「え、何が?」
「どうして僕がいきなり花憐にキスされてそのままアウトな展開に至ってるんだ! それより驚いたのはいくら誰もいないとは言えよくこんな物を学校で書けるな!」
その文面の内容は、少なくとも十八歳未満の方が本来は知ってはいけない要素を多分に内包しており、少なくとも良識がある人物であれば公然の場で読まそうとはしないような物であり、それを普通に書いていた彼女の精神に僕は旋律しながらも彼女に突っ込まざるをえなかった。
「どうしてその努力をそんな間違った方向に向けるんだ。頼むからもう少しマシな方向に向けてくれ。頼むから」
「だが断るッ!!」
「断るな!!」
「ふふふ……そんな言葉で私を止めようだなんて、無駄無駄無駄ァッ!!」
一見格好いいような事を言っているように見えるが、ただエロい事を書いているのは止められないとカミングアウトしているだけなので、格好いいどころか情けない。元ネタのように太陽で消えない所が非常に腹が立つ。
「いや〜、実を言うと花憐ちゃんから詳しい話を聞いてたら、こういう話が思いついちゃってさ。ついうっかり☆」
「ついうっかり、じゃない! ☆をつけて誤魔化そうとするな! 後花憐は一体何を話したんだ!」
「おお〜。凄い、一息で三回もの突っ込みを入れるなんて。かのアーララギ君も真っ青だね」
「……もうどこから突っ込んでいいかわからないよ」
「てへぺろ☆」
ついに話す気力すら完全に無くなった。倉敷さんがオタクだというのは知っていたが、まさかこれほど末期だとは。なぜかはわからないがこれ以上付き合っていると何か大切な物まで無くしてしまう気がする。ああ、お願いだから早く戻ってきて花憐。僕はもう心労で倒れそ――
「お兄ちゃん……ごめん、待たせちゃって……」
「よっす、昇陽」
「花憐……と、大輝? どうしてお前らが一緒に?」
声がしたので振り向いてみたらそこには心配したような表情をした花憐と苦笑した高橋が並んで立っていた。とりあえず高橋、花憐に何か手を出していたら……わかってるよな?
「うぐ、殺気が……俺は何もしてないよ。な、黒澤妹?」
「うん……さっき、歩いてたら一緒になったの……後、どうして頭かかえてたの……?」
「いや、ちょっと、疲れただけだよ……」
話していただけでこれほど疲れたのは久し振りだ。不知火先輩と、それとあの人とも普通に並べる。いや、自分の趣味に引き込もうとする分こっちのほうが厄介だ。
「……倉敷、お前……」
「い、いや私のせいじゃないよ? だから、お願いだからそんな可哀想な物を見るような目をしないで高橋君!!」
まあ、兎にも角にも花憐が帰ってきてくれて凄く安心した。これで、漸く――
「さ、行こうか花憐。約束通り、この学校を案内するよ」
「……ありがと、お兄ちゃん……」
――この教室から離れられる。
「あ、黒澤妹、俺も一緒についてっていいか?」
「……ごめん、今は、ちょっと……」
「そっか。じゃ、また後で連絡してくれ。それまで俺は、こいつの相手しながら適当に過ごしてるよ」
「にゃ!?」
二人が何かこそこそやっているが全く話が見えない。もしかしたら僕が男子共と命賭けの鬼ごっこをしている間に約束でもしたのだろうか。不純異性交遊は兄として絶対に許せないが、普通の約束なら僕は特に何も言わない。最も、今日は花憐と一緒に帰る約束をしているから特に問題は無いとは思うのだけど。
「じゃ、行こう、お兄ちゃん……」
「ああ。悪い高橋、そいつの処理はまかせた」
「遠まわしにゴミって言われた!!」
「ああ任せろ。この生ゴミの相手はしといてやるから、早く行ってこい」
「悪化した! ゴミはいいけど生ゴミは酷すぎないかな高橋君!!」
ゴミはいいのか。
「ああ後、俺もちょこっと用事があるから、抑えてられるのは十分程度だ。悪いな」
「気にするな。僕としては抑えていてくれるだけでよっぽど有り難い」
倉敷さん(生ゴミ)を今解放したら僕らに付きまとってきそうで怖い。それを考えたら、十分だけだろうと縛り付けていてくれるのが非常に有り難い。
「むー、なんか私邪魔者扱いされてる気がする」
「「事実だろ」」
「断言された!!」
さて。うまいこと倉敷さん(生ゴミ)が現実に打ちひしがれていてくれる事だし、さっさと行きますか。
「じゃ、行こうか花憐」
「うん、お兄ちゃん……」
こうして僕は、うまいこと邪魔者二人をクラスに放置して、花憐と学校案内に行く事に成功したのであった。




