六月二十日 昼休み
不知火朧
・生徒会長。
「黒澤の奴はどこ行ったーーーっ!!」
「隊長、二階の廊下にはいません!」
「C隊から連絡が入りました! 別館の一階にも姿を見せないようです!」
「隊長、B隊からの連絡が入りました! 三階にも姿を見せないようです!」
「……くそっ、一体どこにいったんだ、黒澤の奴は!!」
「ふう……」
昼休み。屋上にまで逃げ切った僕は、弁当を開いて軽く息を吐いた。全く、どうしてこういう時だけ一気に連携を取るんだうちのクラスメートは。本当に止めて貰いたいんだが。
HRが終わった瞬間、嫌な予感に従って机を飛び出した僕と、僕への憎しみがたまっていたらしいクラスの男子共が僕を追って来たタイミングは全く同じだった。そのまま嬉しくも恥ずかしくも何ともなくただ僕が生きるか死ぬかどうかをかけた鬼ごっこを休み時間の間ずっと、それも休み時間の度にやっていて、そのせいでかなり疲れたのだ。せめて昼休みの間くらい静かに過ごしたいものだが……あの人がいる以上、それは叶わぬ夢だろう。
「ふ、屋上への侵入は禁止だぞ、黒澤君?」
後ろから響く艶やかな声。それにげんなりとしながらも、僕は静かに返答を放った。
「……貴女に言われたくないですよ、不知火先輩。そもそも僕に此処まで辿り着く方法を教えてくれたのは貴女じゃないですか」
おや、そうだったっけな、と彼女、不知火朧は不敵に微笑む。普段は彼女に弄られたく無いからここを利用してないのだが、命が懸かった今日は別だ。背に腹は替えられない、とも言うし、今日はここで昼をとらせて貰おう。
「それにしても珍しいな、君がここに来るなんて。あ、悪い唐揚げ一個くれ」
「今日はここでもないとクラスメートに殺されるんですよ。後、唐揚げ勝手にとってかないで下さい」
「キミは毎日コンビニのパンと珈琲だけですごす私にたまにはお袋の味というものを食べさせてあげようという心配りはないのか」
「料理が全く出来ないはずの先輩がたまに弁当箱を持ってきている理由を答えて下さったら、貴女が今持っている唐揚げを謙譲してもいいでしょう。で……?」
「………………」
ぱく。もぎゅもぎゅもぎゅ、ごっくん。
「ワルイクロサワクン。ワタシノテガカッテニウゴイテシマッタ」
「誰がどう見たって故意でしょうが!! 片言で話したって誤魔化そうとしても限度って物があるでしょう!」
「はっはっは。まあ、過ぎた事は忘れようじゃないか」
「どの口がそれを言ってるんですかーーっ!!」
結局、唐揚げの代償としてパン一個を奪い取った僕を怒る者を罵るような人間は、恐らく誰一人として存在しないだろう。
「うう、横暴だ横暴だ、後輩のくせに」
「……まだ言いますか、この先輩は」
「先輩は後輩からご飯をもらっていいという法律があってもいいと思わないか黒澤君!? これは世界の歪みだぞ!」
「……まずはそんな事を考える貴女の脳内を変革した方がいいと思いますよ。と言うより、そんな貴女の姿をファンが見たら、絶対に失望しますよ、いいんですか?」
こんなに大々的に校則を破っているが、なんとこの先輩はこの学校の現生徒会長である。しかも誰もが認め、僕ですら唸る程の美貌や、その表の言動に無駄なカリスマで、学年全体から圧倒的な指示、それこそかの黒神家のご令嬢に比肩する程ののそれを誇り、男女問わず様々なファンクラブが作られているほどのまさに天がニ物も三物も与えたような人間――であるのだが。
「表には必ず裏があるものさ。私にだってたまには息抜きの時間が必要なんだよ」
格好良いことを言いながら、屋上の上でゴロゴロと転がる彼女を見ていると、威厳とか尊敬とかいったものが、跡形も無く灰になっていくのは気のせいでもなんでもないのだろう。全く、黙って静かに座っていれば格好良いのに、勿体無い。
「さて。少々不当とは言え、物々交換に応じてくれた礼をしなくてはな」
「まだ引っ張りますか」
「何を言うのか、キミにとって有益な事をしてあげようというのに」
「ほう、例えば?」
「――今日、キミの妹が転校して来た事で、色々と慌ただしい事になっているんだってな」
一陣の、それでいて激しい風が吹いた気がした。
「……何が目的ですか」
「心外だな。私に下心があってそんな事を言っていると思っていると思っているだなんて」
「貴女は油断出来ない人ですから」
普段はこんなぐーたらした姿しかみせていないため忘れがちになりそうだがこの人は凄く、いや、異常なまでに有能だ。以前軽い気持ちで彼女の助けを受けたら、後になって非常に後悔するような事態に陥る事もざらだ。要するに不知火朧という人物は、とてつもなく人を操る術、利用する術に長けているということ。安全に学園生活を送りたければ絶対に仲良くなってはいけない人物、それが、僕が不知火朧という人物と今まで付き合ってきて感じたただ一つの絶対的な真実だった。
「……心外だな、もしかして以前のことをまだ根にもっているのかい?」
「そう思うのでしたら自らの行動を改めるべきですね。とは言え僕が今本当に困っているのも事実です。じゃあこうしましょう、貴女が今日本当に僕を助けてくれるのなら、明日生徒会の仕事を手伝いましょう。貸し借りはこれでチャラ、それでいいでしょう?」
僕の威嚇するような視線と先輩の艶やかな微笑みが交錯する。数秒後、降参だ、とばかりに視線を逸らし、呆れたように手を振った。
「……ふ、まあいいさ。キミがそれで満足するのであれば、私は何も言わないよ。では明日、生徒会室で待ってるよ。仕事を大量に水増しして、な」
「もう単なる嫌がらせですよね、どうしてわざわざ仕事を増やすんですか」
「せっかくキミのような有能な人物が手伝いに来てるんだ、少しばかり仕事を先取りしても、バチは当たらないだろう?」
罠にかかった獲物を嘲笑うかのような先輩の笑みを見て、漸く僕は彼女の思い通りに動かされたのだと知った。常に言葉の裏を読み、気配に敏感に気を配り、それでも最終的にはこうだ。本当に、適わないな、と思う。
「もう好きにして下さい」
「そうか、じゃあ御言葉に甘えて明日も何かつまませて貰うとしよう。では、今日はこのへんでお暇するよ」
緩やかにこちらに手を振り、僕が開けた窓を華麗に飛び越えて去っていく先輩の姿を確認して、漸く僕は息を吐いた。
やはり不知火朧は格が違う。どれだけ言葉を交わしても、どれだけ彼女を警戒したつもりでも。
「……勝てない、な」
全く追いつくどころか背中すら見えない。先輩は僕の事を有能だといったが、とんだ過大評価だ。どちらが本当に有能だなんて、赤子でも分かるくらい明白だ。それでも先輩が評価してくれる理由、それは、一体――。
「おや、チャイムだ」
結局、昼食と先輩と話しているだけで昼休みが終わってしまった。いつもならこの時間は今日出た宿題を終わらす為に費やしていたため、少々心残りではあるが、クラスメートに殺されるよりははるかにマシだ。そろそろほとぼりも冷めたころだと思うし、クラスで静かに授業の開始を待とう。そう決めた僕は、先輩と同じように窓を飛び越え、バレないように再び鍵を閉め、クラスまで全力で疾駆するのであった。
オマケ
「お兄ちゃん……」
「ん、どうした花憐?」
教室に急いで戻って一息ついた刹那、なぜか花憐にジト目で睨まれた。おかしいな、学校の案内は放課後すると言っておいたし、約束を破った覚えもない。睨まれる理由なんてどこにもない筈なのだが。
「……どこかで女の人と話してきた、って事はない、よね……?」
「……どうしてわかったんだ?」
僕は今ここについたばかりであり、勿論花憐に先輩に絡まれたなどとは一言も言っていない。一体何故――
「女の、勘……」
「ああ、そうか」
女の勘というものは非常に怖い。これからはもう少し花憐の動向には気を配ろうと思わせるには十分すぎる授業前の一幕だった。




