最終話 瞬きの中で始まるストーリー
最終話です。
レイの止まっていた人生が、ここから始まります。
目が覚めると、自分の部屋だった。
カーテンの隙間から朝日が差している。
机の上の懐中時計は、動いていた。
カチ、カチ、と。
当たり前みたいに。
俺はしばらく、その音を聞いていた。
過去は消えていない。
裏切られた記憶も。
部屋に閉じこもった日々も。
誰も信じられなかった夜も。
全部、俺の中にある。
でも、それだけじゃない。
面談で震えたこと。
採用通知を見て泣きそうになったこと。
ミオとカフェで笑ったこと。
ラビに背筋を注意されたこと。
それも、俺の中にある。
スマホが鳴った。
仕事先からの連絡だった。
――本日から正式勤務です。
――よろしくお願いします。
俺は深呼吸する。
怖い。
でも、行ける。
玄関を開けると、白い影がいた。
ラビだった。
「背筋」
「朝一番にそれか」
「社会人は姿勢から」
「白兎に社会人を語られたくない」
駅へ向かう道。
横断歩道の前で、俺は足を止めた。
向こう側に、白いワンピースの少女が立っていた。
銀色の髪。
赤い瞳。
ミオだった。
夢じゃない。
幻でもない。
彼女は少し照れたように笑った。
「迷子?」
俺も笑った。
「いや。今度はちゃんと、行き先がある」
信号が青に変わる。
俺たちは歩き出した。
ミオが隣に並ぶ。
ラビが懐中時計を見ながら言う。
「急がないと、仕事に遅れるよ」
「恋じゃないのか」
「恋も仕事も、遅刻は減点」
「急に現実的になるな」
ミオが笑う。
俺も笑う。
止まっていた時計は、もう動いている。
傷は消えない。
たぶん、これからも怖くなる日はある。
それでも。
誰かと手を繋いで歩く朝は、思っていたより悪くない。
俺の物語は、終わったんじゃない。
ようやく始まったのだ。
瞬きの中で。
白兎の急かす声と。
アリスみたいな彼女の笑顔と共に。
完結です。
この物語は、壊れた心が一瞬で治る話ではありません。
それでも、誰かと出会い、自分の弱さを抱えたまま一歩ずつ進むことで、止まっていた時間は再び動き始める――そんな思いを込めて書きました。
レイ、ミオ、そして白兎のラビが歩き出した物語を、最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました。
現在、『小説家になろう』では新しい物語も連載しています。
『風林火山 ~甲府に還る日~』
東京で心をすり減らした三十二歳の望月志乃が、故郷・甲府へ帰り、武田信玄の「風林火山」にまつわる一幅の掛け軸と出会う物語です。
現代を生きる志乃と、戦国時代を生きた先祖の女性。
二つの時代をつなぐ記憶が、止まっていた人生を再び動かしていきます。
こちらもお読みいただけましたら、とてもうれしいです。
▼『風林火山 ~甲府に還る日~』作品ページ
https://ncode.syosetu.com/n5084mr/
これからも、音楽と物語を通して、心に残る作品をお届けしていきたいと思います。
最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。




