三十封 逃げないで、向き合って。
母の呼び声で目が覚める。夜ご飯だという声。
帰ってきてからすぐに寝たんだろう、カーテンの隙間から差し込む光はなくなっていた。
布団もかぶらず、身を守るは布数枚。ドアの隙間から光が差し込む、母が階段を上る音が聞こえる。ドアのノック、名前を呼ぶ声に反応をする。
頬を伝うその雫を拭い、見て見ぬふりをした。何事も無かったかのように、平然と、自然に。
其の日から感情に蓋をして、考えまいと探し物に徹した。
「あ。あそこなんか光ってる!」
「おわ‼」
「あはは、指環ゲット!」
「フューレン、そこの上、なんかない?」
「やるー! また一個、集まったね」
「うげ、なにこれ、気持ち悪い……」
「とりあえず、一個ゲット……」
順調に探し物を見つけていった。ように見えたが――。
「探し物、順調そうですね」
ふと会話の流れ、せっせこお館を歩き回る私を、ずっと見ていた魔女さん。
「いやー、それが……」
「最後の一つが見当たらない?」
「そうなんです……庭とか、ないですよね?」最悪で信じたくない可能性を問いかける。
「いえ、それはないと思いますよ。今まで一度もなかったですし」
「そう、ですか」
ひとまずは安心だろう。いやそれでも、もう一度広いこのお館を、一から探し回らないといけない。庭よりまし、なんてこと言ってしまえばそうだが。――これはこれで骨が折れる。
ただ、私には気がかりなことがあった。
それは「彼女が何も話さないこと」
ここ数か月と一緒に居て、飽きるように長くお話して。
それなのに、彼女が私の問いに答えてくれた日なんて、一日たりとも無い。
何度聞いても、訪ねても、いつも誤魔化されてばかり。
書庫のことを忘れたわけじゃない。考えないように、とはいえど、あんなものを忘れられるわけがなかった。
だから彼女の口から、真相を知りたかっただけなのに。
少しどころじゃない寂しさを覚える。私は所詮その程度なのだと、聞くたびに胸に刺さる。
そして私はもう一つ、可能性を信じていた。
最後の一つが――あの地下室に眠っている、ということ。
深淵に立ち入る勇気? 度胸? 対価? そんなもの、持ち合わせていないよ。
でも、其の日《儀式の日》は刻一刻と迫っている。立ち止まってる暇なんて、私にはないから。ましてや寂しいだなんて感情を抱いてる暇も。
先に、ずっと気になっていた階段の先の扉を開けた。
地下室があることが分かってしまった手前、ここはそんなに重要なものは置いていないだろうと、すぐ開けることが出来た。
答えは掃除道具入れ。
――勝手に勘違いしていたのは私だけど。嘘を用意されてたみたいで、少しムカッとしてしまう私がいた。
念のため少し漁ってみると、探し物リストの、最後の一つを見つけた。
ということは、これで全部? あとはもう儀式の日を待つだけ?
なんとも呆気ない。もう一度お館を走り回る必要もないし、庭に赴くこともない。ただ、もうこれで、あと少しで、全てことが終わってしまうことに、やっぱりやるせなさを感じる。
――いや待てよ? なんで儀式を終えたら、そこで終わりなんだ?
儀式っていったい何。それが終わったら、魔女さんはどうなるの。なんでもう会えないって、決めつけていたんだろう。
魔女さんがそう言ったから? だから儀式の後そうなるって、そう思っていたの?
そこに一つ、脳裏の焼き付く、忘れたかった記憶が浮かび上がってきた。
――まぁその日になれば、ここに辿り着くことはおろか。君、存在してないだろうから。
覚悟が決まったらとか、その時が来るまでとか。そんなこと言って、わざと目を背けていたんだ。
予知された、自分の死から。
あぁ、なんてことだ。自分にずっと嘘をついていたんだ。信じたくないから、我が身が可愛いから。そんなの嘘だ、まやかしだって。
なんで逃げるのかな。本当に弱いな――私。
知りたくないと叫ぶ自分と、知らなきゃいけないと囁く自分が、共存している。
ここで逃げてしまえばいいのに、諦めてしまえばいいのに、なんでそれすらも出来ないのだろう。
見て見ぬふりをすればいい、最初からこんな日々はなかったと、そう言ってしまえばいいのに。
「だってまだ私、貴方を助けたいって気持ち、消えてないんだもん」




